第4話 誕生日


 家に帰ると、昼食を摂る事になった。

 そりゃそうだ。朝の七時に家を出たのでもうかれこれ昼の一時である。

 この世界の時間の概念は前世界のものとほとんど変わらない。

 一日二十四時間、六日で一週間、五週間で一か月、十二か月で一年三六〇日

 うむ。計算がしやくて良い。

 時間に関しては、この世の仕組みなんてどうでも良い。時間なんてものは計算しやすいに越したことはない。


 テーブルに料理が並べられてゆく。

 まぁ料理と言うほどのものでもない。

 パンと野菜スープだけだ。昼は軽食で済ませる事が多いようであった。

 例によってお祈りを捧げてからの食事である。

 あっさりと食事を平らげると、グレンは取ってきたゴレナス草を調合するようだ。すぐに作業室へと引きこもった。

 リリナは洗濯などの家事を片付けるようで、今は土間で食器を洗っている。


(それにしても調合か、職業クラスが薬師じゃなくてもできるってことはいったいどういうことなんだろ?)


 疑問は次から次へと頭に浮かんでは消えてゆく。

 レヴィンはまだまだ安定しない記憶の確認とヘルプ君の理解に努める必要があると思っていた。

 また、せっかく冒険者になったのだから資料室の資料も漁ってみたいとも思った。


 今日は休日でまだ午後から時間もあるため、冒険者ギルドへ行くことに決め、すぐに席を立ってギルドへと向かった。

 受付嬢に挨拶をして二階にあるという資料室へとやってきたのであった。


 キョロキョロと周囲を見てまわる。

 本棚には色々な資料が並んでいる。これまで取り扱って来た依頼の完了報告書が一番多いだろうか。

 

(魔法……魔法……、うーん、魔法関連の資料がないなぁ。こりゃ図書館の方が良いのかな?)


 資料を一冊一冊手に取って、パラパラとチラ見しながら魔法に関する記述がないかを確認してゆく。

 

 ん。魔物大発生? ちょっと見てみるかとチラ見していた報告書を開く。

 アウステリア王国の王都ヴィエナから東にある魔の森で虫のような魔物が大量発生したという案件であった。

 応援として王都からも多くの冒険者が狩り出されたようである。

 何十人もの冒険者が死亡したようだ。王国騎士団も派遣され、その多くが死亡するほどの国家を揺るがす大事件だったとの記述がある。

 空間が断絶したかのような亀裂が走っており、結局、時魔導士が時空魔法でその亀裂をふさいで解決したそうだ。

 その時魔導士は男爵に叙爵されたようである。


(ふーん。英雄だな。どういう時空魔法なんだろ? えっと起こったのはルニソリス歴一五〇三年か。今から八年前だな。割かし最近じゃないか!)


 確か冒険者ギルドができたのが一四一四年だったはずであるからギルドは設立九十七年か。思ったより歴史があるんだな。

 

 レヴィンはその報告書を棚に戻すと、今日はもういいやと一階に降りて行った。

 次は依頼掲示板を見に行く。

 結構常時依頼って多いのだな、というのが最初の感想だ。

 はぐれ小鬼ゴブリン豚人オークの討伐依頼、鉱山の労働補助の依頼、武器や防具の素材採集依頼、薬草採取依頼、盗賊の討伐依頼、王国から西に向かった海の先への冒険依頼、etc……。

 これは興奮が抑えられない。冒険者とは斯くも魅力的なものなんだなと痛切に感じた。


(オラ、ワクワクしてきたぞ!)


 こんなにある依頼なのだし、せっかく冒険者になったのだから、何か依頼を受けてみたいと思うのも無理のない話であった。


「はぐれ小鬼ゴブリンの討伐くらいなら大丈夫かな?」


 レヴィンは掲示板のその依頼書に注目した。

 最近、王都周辺ではぐれ小鬼と思われる一団(およそ三匹)が出没するようになった。

 依頼はその一団の討伐というもので、報酬は、銀貨六枚だ。


 午前中に倒した感覚だと三匹でも苦戦するような事はないと思われた。

 しかし、現在十二歳で小学校に通っている身としては休日一日のみで発見して殲滅までするのは無理なようにも思えた。

 小学校は王国では義務教育である。今期卒業と言っても現在、魔導士のレヴィンとしては専門を修めるための中学校にも行ってみたいような気もしている。

 しかし、学生という身分は冒険者のネックになってしまう。

 ジレンマに陥るレヴィンであった。


(中学に行くかどうかは別として依頼を受けるとしたら春休みの時期だな……)


 レヴィンはあっさり諦めて、外に出る事にした。

 次は図書館だ。図書館は家を挟んで冒険者ギルドとは逆の方向にある。家から二十分と言ったところか。

 こちらは通いなれてはいる。それに、魔法であれ、なんであれ調べものをするには丁度良いように思われた。


 


 ほどなくしてレヴィンは図書館に到着した。

 技術は秘匿されるものという印象をレヴィンは持っている。

 おそらく、図書館で得られる知識は限定的な初心者向けのものだけなのであろう。

 重要だったり、核心の技術や知識は貴族や王族、神殿と言った勢力に入り込まないと得られないと考えている。

 神様の願いを叶えるにしても自分が強くなるにしても結構困難な道なのだなと感じる。


(やれやれ……先が思いやられるよ……)

 

 果たして自分が生きているうちにどこまで自分自身を高める事ができるのだろうか?

 レヴィンは今後の人生の選択を間違えないようにしないとなと心にメモしておく。

 図書館に入ったレヴィンは十八時まで魔法関連の書を読みまくった。




 家に帰るとアリシアとその家族が既に来ていた。

 アリシアの家は四人家族だ。

 父親である、アントニーは赤い髪に、茶色の瞳でがっしりとした体格である。職業は王都の戦士隊で主に治安維持や警備などを担当しているらしい。

 母親である、ベネッタは栗色の髪をポニーテールにした若々しい人だ。王都の田畑区画にわずかな土地を買い、そこで畑をしている。家族の食べる分だけでも野菜を作ろうと土地を持っている平民は多い。

 家も野菜のおすそ分けをよく頂いている。なお、レヴィンの家は平民には珍しい庭付きであり、そこでグレンが薬草の栽培を行っている。

 そしてアリシアとその弟である、フィルがいる。フィルは現在十歳で父親譲りの赤髪に十歳にしては大きな体格をしている。レヴィンやアリシアと同じく小学校に通っている。


「レヴィン! お帰り!」


「お邪魔してるよ」


 アリシアとベネッタが帰宅したレヴィンを出迎えてくれた。

 アントニーもいようとばかりに手を上げてこちらに挨拶してくれる。

 リリナとベネッタは夕食の準備をしており、それをアリシアも手伝っているようである。グレンはアントニーとなにやら話込んでいる。


「遅いよ兄ちゃん!」


 フィルのブーたれた声が聞こえる。


「ごめんごめん。冒険者ギルドと図書館に行ってたんだよ」


「冒険者かぁーー。いいなー。冒険者いいなー。僕も早くなりたいよ!」


 腕白ざかりの年頃である。フィルはその溢れ出る力を持て余しているのだろう。


「兄ちゃん、冒険者登録したんでしょ? 見せて見せて」


 レヴィンは作ってもらったタグをフィルに見せる。

 フィルは目を輝かせてそれを手に取り裏返してみたり、横から見てみたりと忙しそうだ。


「そう言えばフィル。お前の職業クラスってなんだっけ?」


「なんだ。また職業クラスの話題か?」


 グレンはアントニーとの話を止めて会話に割り込んできた。

 アントニーはなんだなんだとこちらに視線を向けてくる。


「いや、あまり人に聞くことじゃないって解ってる。だけど冒険者になるにあたって色々気になり出しちゃったんだよ……」


「グレンいいじゃねぇか。これくらい。レヴィン、俺の職業クラスは戦士だぜ。今の仕事にぴったりだな」


 それを聞いてフィルも乗ってくる。


「僕は海賊戦士キャプテンだよ! 将来東の果ての海を冒険するんだッ!」


(ヘルプ君起動。海賊戦士キャプテン


 ほう。上級職業クラスか。レアだな。レヴィンの目がキラリと光る。


「アリシアは何だっけ?」


「もう……昔言ったじゃない? あたしは付与術士だって」


「ごめんごめん。なんだか最近物忘れがひどいんだよ」


「なぁにそれ? クスクスクス」


 アリシアは冗談だと思ったのかクスクス笑い出した。


 やがて食事の支度が終わり、皆で食卓を囲んだ。

 このような家族団欒なんて久しぶりだ。前世での事を思い出しながら幸せを噛みしめる。しばらく他愛のない話が続いたが、グレンが受験の話を切り出した。


「レヴィン、今期で小学校は卒業だが受験はどうするんだ? 中学校に行く事を考えているのか?」


「そうだね。僕は黒魔導士だから、より専門性が強い中学校に行きたいと思っているよ。図書館で魔法を調べるのにも限界があるしね。でも冒険者としての時間が取れないのは痛いなぁ」


 レヴィンは昼間考えていた事をグレンに話した。


「でもお金の問題もあるから……」

 

 レヴィンが申し訳なさそうに口を開くとグレンは目を瞑って言った。


「子供がお金の心配をするな。中学校に行けるだけのお金はある」


「あ、ありがとう。受験頑張るよ!」


「あ、あたしも頑張るッ!」


 アリシアはレヴィンに負けじと言った。


「そうだ。今日はお前に渡す物がある。受け取れ。誕生日おめでとう」


 リリナが何かをグレンに手渡す。

 そしてグレンからレヴィンへとそれは渡された。

 それはダガーであった。


「ロッドにしようか迷ったんだけどな」


「ありがとう!大事にするよ」


 レヴィンは満面の笑みを浮かべて感謝の意を表した。


「じゃ次は家だね。レヴィン、受け取りな」


 ベネッタはレヴィンに一着のローブを手渡した。


「これはシルフのローブだよ。攻撃から身をかわし易くなるっていうものさね」


 レヴィンはベネッタとアントニーにお礼を言ってローブを身につけてみた。

 似合っているよと皆に言われ、照れてしまう。


「あたしからはこれ、手作りでごめんね」


 はい。と手渡されたのはお守りであった。

 心のこもったその一品にレヴィンは気づいたら大粒の涙を流していた。

 こんなに心が温かくなったのはいつ以来であろうか?

 レヴィンは思わずアリシアを抱きしめる。


「ふえッ!?」


 変な声を出してアリシアは驚き戸惑っている。

 その後も色々な話に華が咲いた。


 しかし、娯楽の少ないこの世界。子供達は暇を持て余しつつあった。


「そうだ。フィル、腕相撲をやらないか?」


「腕相撲?」


「いいか? こうやってな……」


 レヴィンはフィルにやり方を教える。

 アリシアも興味深げに耳を傾けている。

 何故、腕相撲を提案したかと言えば簡単だ。

 レヴィンはおそらくLv1とかLv2とかそれくらいだろう。グレンと薬草採取に行った時に何回か小鬼ゴブリンを倒した事があるからだ。

 そしてフィルはおそらくLv1だと思われた。経験値なんて入る機会はないだろうからな。とレヴィンは考えている。

 職業クラスだがレヴィンは黒魔導士でフィルは海賊戦士キャプテンである。

 おそらく補正のかかり具合は職業クラスによって大きく異なるだろうと当たりをつけて、それを確認するべくの提案であった。


「じゃあ、行くよ! よーい! はいッ!」


 アリシアが合図するとレヴィンとフィルはお互いの拳に力を込める。

 

(強ッ!Lv1でこれはパラメータで負けてるんじゃないか?)


「うおおおお!負けたーーー!」


 結果はレヴィンの完敗であった。

 海賊戦士キャプテン強い。このまま黒魔導士でレベルアップしていくと力は全然上がらないんじゃないかと思う。

 今は魔法を覚える事が最優先だが将来の事(職業変更クラスチェンジ)を考えると、力や体力と言った項目が上がるようにもしていきたい。

 ちなみに、詳しい補正値までは教えてくれなかったが、職業クラスごとにきっちり特徴が出てくる事はヘルプ君に確認済みだ。

 思考に潜入ダイブしているレヴィンを尻目にアリシアが横で何か喚いている。

 おそらくあたしもやりたいとかそういう事だろうが、レヴィンは考える事を止める気はなかった。


 そしてお祝いは夜遅くまで続き、夜は更けてゆくのであった。

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