第2話 記憶


 レヴィンは天界(仮)で起こった事を全て思い出していた。

 神様とのやり取りも含めて全部だ。

 という事は……。ちょっと現状を確認しておこうとレヴィンは思考の波に身を委ねた。


 名前はレヴィン、十二歳で平民の子は平民、職業クラスは黒魔導士である。

 この世界で十二歳と言えば成人の年齢である。

 ちょっと早いと思うが、前世の戦国時代の武士の元服はこれ位の年齢だというからまぁ特に思うところはない。


 前世の記憶がやっと今戻ったので魔法についての記憶をたどってみる。

 現在使用できる魔法は、火炎矢フレイムアロー電撃ライトニング水刃ウォーターエッジ狂風ゲイル疾風ウインドの五つのようだ。

 魔法陣も問題なく思い浮かべる事ができる。

 しかし、黒魔導士初心者で四つも覚えているって事はないだろう。

 という事は、前世の記憶のない時期でも魔法は使っていて、職業点クラスポイントが入っていたのだろうと推測できる。

 もしかしたらレベルも上がっているのかも知れない。

 そこで、レヴィンは異世界と言えばコレというものを試してみようと思った。


「ステータスオープンッ!」

 

 しかし何も起こらなかった。

 

(恥ずッ!呼び方が違うのか?)


「ウィンドウオープンッ!」


 しかし何も起こらなかった。


 やばいこれはアホやと思いつつ、レヴィンは毒づいた。


「ヘルプくーん……」


『呼ばれて飛び出て~! 何を聞きたいんだい?』


 そんなここで装備していくかい? みたいに言われてもと思いつつ、出てきたイルカに質問を投げかける。イルカなんだ……。


「あのーステータスを確認したいんだけど、どうすればいいの?」


『ステータス? そんなものは確認できないよ。ゲームじゃないんだから』


 至極まっとうな回答にレヴィンは頭を抱えた。


『あと、心の中で呼びかけてくれても構わないよ。一人でしゃべってる変人だと思われちゃうからね』


 これまた至極まっとうなツッコミに再び頭を抱えた。

 お蔭で次の質問は心の中で試してみる。


(黒魔導士が覚える魔法をクラスレベルごとに教えて)


 すると、頭の中に一覧がサーっと波のように押し寄せてくる。

 なんだか不思議な感じがする。

 やはり想像の通り、最初は魔法など何も覚えてはいないようだ。

 

(次は魔法を習得する条件は何?)

 

 再び情報が頭の中を流れてゆく。

 条件は覚えるための職業点クラスポイントの量と魔法陣の知識のようである。

 ちなみに魔法陣はレヴィンが住んでいる都市で、ここ王都ヴィエナにある図書館で見たという記憶がある。

 しかし、職業点クラスポイントとかここら辺はゲームみたいなんだなという思いが頭をもたげる。もしかしたら、先人が願いを叶えた結果なのかも知れない。


 知りたい事は解ったので、ヘルプ君を消す。

 やはり十二歳になって前世の記憶が戻るにあたって、今の世界の今までの記憶を整理してゆく作業が必要だなと痛感する。

 さて次は……と考えていると、「そろそろ起きなさーい」と隣りの部屋から母親の声が聞こえた。


 「はーい」と返事をしつつ、掛け布団をどけて半身を起こす。

 そしていそいそとベッドから抜け出すと自分がいた部屋をぐるりと見渡した。

 殺風景な部屋だ。あるのは机と椅子、そして小さな箪笥に今寝ていたベッドである。特に目を引くものはない。レヴィンは部屋のドアを開けて隣の部屋へと移動した。

 

 そこは広さにして八畳くらいの部屋であった。居室である。

 何もかも初めてのはずなのに、記憶がある。そういう奇妙な感覚に襲われながら居室に隣接する土間に移動する。

 そして水瓶から水をくんで顔を洗う。

 目の前には小さな鏡が取り付けてある。鏡もあるのかと少し驚く。

 ちなみに髪の色は黒、目の色は茶色だった。特に不細工な顔でもなかったので少し安心する。

 

「おはよう」

 

 不意に隣りから声がかかる。母親のリリナである。記憶によれば確か二十八歳のはずだ。茶髪を後ろで一つに束ねている。目の色も茶色だ。よく見るとお腹が大きい。記憶をたどってみるとどうやら妊娠しているようだ。自分に弟か妹ができるのかと思いつつ、レヴィンは「おはよう」と挨拶を返してリリナの様子を窺う。


 朝食の準備をしているようだ。じっと見ていると不審がられるかと思い目をそらすと、慣れた動作でいつもの席に座る。ここが自分のいつも座っている席なんだな。と実感する。体が覚えているのだろう。


 すると、隣りの部屋から父親がやってきた。名前はグレン。お互いに挨拶を交わすとグレンも席についた。おそらく隣りの部屋では薬草などのチェックをしていたのだろうと記憶が教えてくれる。


 家は薬屋のはずである。職業クラスはアイテム士だったか。

 しかし、アイテム士が職業クラスなら薬屋はなんなのだろうと疑問に思う。

 これはごっちゃになるな。神様はどういう規則ルールを定めているんだとおかしく思う。職業はおそらく転生者の願いによるものなのだろうが、実際、運用するにあたってその辺はうまく創れよと思ってしまう。


 リリナが食卓に料理を並べてゆく。パンに野菜スープ、目玉焼きにソーセージが添えられている。この献立を見ると、うちは割と裕福な方なのかも知れないとなんとなく思う。他の家の食事を見た事がないから本当のところは解らないのだが。


 全員分の料理を並べると、リリナも席に着く。

 

「それじゃあ、お祈りをして頂きましょう」


 ああお祈りね。とレヴィンは思い出す。

 この国は多神教国家だ。豊穣の神アシュタロト、戦の神ライオト、そして創造神ソリス等が一般的なようだ。食前のお祈りは豊穣神アシュタロトに捧げるものでそう堅苦しいものではない。

 「豊穣神アシュタロトよ。大地の実りに感謝します。いただきます」みたいな感じだ。長ったらしい定型文を暗唱するような事はしない。


 お祈りが終わり食事が始まった。


 食事中はあまり会話はしない慣習のようだと記憶にあるが、まだまだ解らない事が多いのでレヴィンはいくつか質問をしてみる事にした。


「今日って父さんと母さんは、何するの?」


「うん? なんだ突然だな。日曜日は父さんと薬草採取に出かけてるじゃないか。お前も来るんだろ?」


 当然行くみたいな感じであっさり言われたものだから返事に窮していると、リリナが言葉を挟む。


「あなた、今日はレヴィンの誕生日なんだから、今日くらい危険なところに連れて行かないでもいいんじゃない?」


「そうか? でも魔物が出ても、魔法があるから俺よりも安全なんだがなぁ……。レヴィン、今日は大人しくしているか?」


 記憶と言っても結構あいまいなのか、いつもの予定などは頭から抜け落ちてしまっていたようだ。


「うーん。いや着いていくよ、どこら辺に行くの?」


「取りに行くのは、栽培できない薬草なんだから、いつもと一緒のところさ」


「あ、そっか解ったよ」


 まぁ着いていけば解るだろうとこれ以上の追及はやめておいた。


「あぁ誕生日と言えば、今日でお前も十二歳なんだ。冒険者ギルドで登録ができるな。おめでとう。」


「あ、ありがとう」

 

 少し歯切れの悪い返しであったのかグレンは不審気に問いかける。 


「どうした? あんなに楽しみにしていたじゃないか。薬草採取の前に冒険者ギルドに寄って登録していこう」


「そうだね。やったぁ!」

 

 レヴィンは大仰に喜んで見せた。ちょっと露骨だったかも知れない。

 この辺はうまく自然な感じでやらないと……と少し反省する。今後の課題だ。


「ところで母さんの職業クラスってなんだっけ?」


「なあに? 藪から棒に」


「いや父さんはアイテム士だったよね? 母さんのは知らないなぁとふと思ったんだ」


「あらそう? 母さんは狩人よ。父さんとは同じパーティを組んでいた仲間だったのよ」


(ヘルプ君起動。狩人について)


「へぇそうだったんだ。必殺技とかあるの?」


「何よ必殺技って。能力は『精神統一』、『強弓』、『引き絞るLv3』、『追跡』くらいね」

 

 リリナは微笑みを浮かべながらそう言った。


(狩人は弓使いの上級職業で、と。『精神統一』は何々……命中率100%か。『強弓』は威力の上がった弓攻撃……と、『引き絞る』は弓の威力を上げる溜めのようなもの、『追跡』はそのままの意味で、魔物や獣の行動を探査サーチできたり、居場所が解ったりするのか)


(弓使いについて)


「すごいね!なんだか強そう!」

 

 レヴィンははしゃいだ振りをしながら考えを巡らす。


(能力を聞いた感じ、弓使いのスキルを全て極めた訳じゃないな。職業変更クラスチェンジした訳じゃないのか? 最初から上級職業クラスとかあるのか?)


 様々な疑問が浮かんでは消えてゆく。


「強そうじゃなく強かったんだぞ!」


 グレンがフォローを入れる。

 このバカップルめ。とレヴィンは心の中でツッコミを入れつつ、別の質問をしてごまかす。


「そ、そうだね。じゃあ父さんは何でアイテム士になったの?」


「なったの?って何言ってんだ。職業クラスは生まれた時に神様から与えられるものだろう? お前だって生まれた時、鑑定を受けたんだぞ。それに父さんもアイテム士としてパーティでちゃんと活躍してたんだぞ!」


(そうなのか。もしかして職業変更クラスチェンジできないのか!?)


「そうよ。アイテム士がいないと大変なんだから……」


「そうなんだね。でも父さん薬屋なんだら薬師とかに職業は変更しないの?」


「たいていの国は、職業変更クラスチェンジの自由がないんだぞ」


「!?」


(ええ……、この場合の職業ってどっちの意味なんだ?神様の言ってた事とさっきから結構違う件について……。いや、説明不足なだけか……)


 ここでちょうど皆の食事が終わったので会話はいったん終了した。

 色々収穫はあったのだが、まだまだ解らない事だらけだなとレヴィンはそっとため息をついた。

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