わたしのモノローグ

 ──とでも思っているのでしょうね。

 わたしは笑いだしそうになるのをこらえます。駅で突然大笑いするのはわたしの性格キャラじゃありませんから。

 それにしても愉快な想像でした。

 でも、こんなに冷静に自らを省みる力は彼女にはないでしょうか? それに果たして、小学校の頃を覚えているかどうか。

 まったく、うんざりします。


 まあ、表情の判りやすい人ですから。

 遠くからは憧れの目で見ている癖に、わたしが親しげにするほど顔が蒼褪め、表情がひきつって行くのですから。

 概ね合っているでしょうけど。


 教室にいるうちに顔色が変わりすぎると周囲の目が厄介ですから本当にドキドキしましたよ。

 にしても、気づかないものですかね。

 わたしと相合傘で帰らざるを得なくなったのは、わたしが誘導したからなのですけど。

 だって、校舎で雨宿りしたって叱られやしないのですから。教室に居場所がないわけでもなし、待っていれば良かったのです。天気予報では、夜までにはやむはずでしたし。

 わたしが彼女以外の傘を忘れた人とと相合傘をしようとしたことなどありませんでしたから、単なる博愛ではないと気づきそうなものです。

 その上、折り畳み傘がないのはわたしがったからだとさえ気づかないとは、油断しすぎです。


 わたしが傘を差し出さなければ、彼女は待っていたはずでした。

 わたしが、彼女が傷つくことを知っていて相合傘に誘わなければ。


 まったく、それなのに。

 わたしを博愛の人だと思い込んで。わたしを優しいと思い込んで。わたしを雲の上の人と思い込んで。

 わたしと高校で初めて会ったのだと思い込んで。


 本っ当に腹立たしい。


 判りやすくて御しやすくて、勝手に気後れして自分で傷つく愚かな彼女は──、

 彼女はきっと忘れているのでしょう。

 わたしたちが小学校の頃から知り合っていたことを。


 確かに親が富豪と再婚して姓が変わり、昔より背が伸びて身長が彼女と反対になって、顔立ちも変わりました。

 でも、昔はあんなに一緒だったのに気づかないのなんて、酷いじゃありませんか。


 いつも一緒に遊んでいたのに。


 あの頃、教室の中心は彼女でした。

 陽光を思う存分浴びることができる明るい子でした。太陽のような子でした。

 彼女は断じて、自分がされて嫌なことを人にするような悪童ではありませんでした。

 しかし、彼女は自分が楽しいことは他人にとっても楽しいと無邪気に考える子どもでした。


 あの遊びはわたしには痛かったのです。わたしは雑草を食べたくはなかったのです。わたしは虫を食べたくはなかったのです。わたしは公共の場に落書きなんてしたくなかったのです。わたしは卑猥な冗談を言いたくなかったのです。わたしは犬が苦手だったのです。わたしは罰当たりなことはしたくなかったのです。わたしは蛙を苛めたくなかったのです。

 わたしは雨の日に外で遊びたくなかったのです。

 わたしが体調を崩したことと、雨に濡れて遊んだことの因果関係に、ついに彼女は気づきませんでした。

 悪意など欠片もなくどこまでも愚かな彼女が、わたしは嫌いでした。

 でも愚かな彼女でもなければ、わたしに遊んでくれる友人はいませんでした。他に嫌えるだけ親しい人はいなかったのです。


 親が再婚してわたしは引っ越し、わたしたちは別れました。

 それから環境が変わり、わたしは成長しました。

 彼女より強く。


 わたしは雨雲の下から抜け出したのです。


 再会したとき、わたしはすぐ気づいたのに彼女は気づきませんでした。

 別に良いと思いました。

 許す気はありませんが、今さら復讐するのも馬鹿らしいと思っていました。


 でも。

 彼女がわたしを尊敬しているらしいと気づきました。

 わたしの冗談が滑ったことにも気づかず、わたしが教室で浮いていることにも気づかずに、わたしの表層だけを見て、わたしを雲の上の人だと見なして──、

 わたしを畏れているのだと、気づいたのです。

 わたしなんて、大した人間でもないのに。

 相変わらず彼女は愚かでした。


 わたしが近くで親しげにすると、小動物のように彼女は怯えます。

 わたしが遠くで何かすると彼女の目は輝きます。


 可愛らしいと。

 小学校の頃には決して抱かなかった思いが湧いてきました。


 少し親しげにしてやれば、それだけで彼女は傷ついていくのです。

 これは復讐としても効率的でした。

 面罵しても、逆恨みされるかもしれません。贖罪した気分にさせてしまうかもしれません。

 でも、この方法なら、そうはなりません。


 わたしを散々傷つけた彼女はもはや、わたしの掌の中にありました。

 これから、もっと仲良くなりたいと願います。彼女が、わたしだけを比較の対象とするくらいに。


 わたしはもう、太陽に怯える子どもではありません。

 そして、雲の上の存在になったわけでもありません。

 わたしは雨雲です。

 彼女が溺れてしまわないように注意しながら、 だけれど、二度と太陽を見ることが叶わないように。

 彼女は永久にわたしの下にいれば良い。


 とはいえ。

 やまない雨はありません。

 いつか、わたしは雨雲として彼女を覆い続けることができなくなるのかもしれません。

 それでも降りやむまでの間、楽しみましょうね。

 一緒に、相合傘を。

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雨雲の下の相合傘 舞川秋 @falltoshi

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