スカベンジャーズ

イマジンカイザー

このどうしようもないくそったれな世界に


 ――本件に関して、エフ議員は何も関わっていないと、断言できますか。

 ――勿論。総て私の指示でやったことでございます。


 フレーム内には、二人の大人が証言台を挟んで向かい合う絵面が並び、『ざわざわ』や『嘘やろ』、『あっそう』などのコメントが右から左に過ぎって消える。


 ――では、エス幹事長は。秘書のビー氏までも無関係だと仰るのですか。

 ――はい。先程から申し上げています通り、総て私の一存に依るものでございます。


 ――成る程、良く解りました。ジー文部科学大臣、何故貴方は斯様な問題を起こしたのですか。理由をお聞かせ願いたい。

 ――本件は現在捜査中であり、刑事訴追に抵抗するため、返答は差し控えさせて頂きます。


 何もかも反故にする発言と、呆れ顔で食い下がる相手方の姿を見、フレーム内を『W』の文字が埋め尽くす。これは数日前国会で中継された、政治汚職の当事者を呼び付けた証人喚問の映像である。

 だが、こんな話を気にするのは相当な富裕層か同じ衆参議員くらいだ。国会は四季折々何らかのスキャンダルで荒れに荒れ、国民のための政治など二の次三の次。

 誰も、その先で法案可決を待つ人民のことなど、考えていない。


 会話内容自体真っ当で、両者共に至極真剣なのだが、環境音声として笑い声を足すことでお笑いコントに早変わり。転載動画にも関わらず閲覧数デイリー一位を獲得し、投稿者には唸るほどのカネが舞い込むことだろう。



「こォら、仕事中にクスクス笑ってんじゃねえ」

「へーへー。スミマセン」

 小型トラックの助手席で運転手に叱咤されたこの少女も閲覧者のひとりだ。手のひらに収まる古ぼけた携帯端末をツナギの中にしまい、灰色に澱んだ空を見やる。肉付きの悪い貧相な腕で、ぱさついた紫の髪を無造作に撫でながら。

「というかお前、それが何だが解かるのか」

「知らない。けど、みんな笑ってるから」

「左様で……」


 かつて、空は抜けるような蒼であり、お日様の暖かさが心地良い場所だったという。

 けれど生きて来てこの方、青空にお目にかかったことはない。四六時中曇天に覆われ、地への施しは湿気をはらんだ雨ばかり。眺めていても嫌になるだけ。

 幾重にも連なる曇天に小指で×を作り、視線を戻す。半自動運転に切り替えた運転手が身を乗り出し、彼女の真横に迫っていた。


「同じ動画でも、観るんならアレにしろよ。な、な。もっかい。もっかいだけ見せてくれって」

「もう、これで何度目ですか。あたし、もう飽きちゃったんだけど」

「良いモンは何度観たっていいんだよ。ちゃんと由来がある名前ってのが、このご時世どれだけ大事なことか」

 少女は押しの強い雇い主に根負けし、使い古された端末を指でなぞり、『あたしのなまえ』と書かれたファイルをタップする。


 若者と高齢者の人口ピラミッドが完全に逆転してから、一体どれだけの年月が過ぎただろうか。

 このような時世では、子どもが産まれたと言うだけでニュースになり、赤子とその親は一時だけ街中で人気者となる。

 彼女が再生した映像は、そんな浮き世を切り取った当時の報道番組のひと幕だ。記録媒体の劣化か、所持する端末のせいか、画像には終始ノイズが走り、人物の顔すらはっきりしない。



『――”千歳ちとせ”。それが、この子の名前です』


 ――宜しければ、その意味をお教えいただけますでしょうか。


『――子が産まれただけでちやほやし、碌に育てられぬまま死んでしまうこのご時世、少しでも永く、生き永らえてほしい、という意味を・込めました』



 棘のある返答を受けてカメラを向けていた者たちが閉口し、そこで映像は終い。

 子育てのノウハウを識る人材が著しく数を減らした今日、己が身かわいさに子を捨てる親など珍しくもない。

 千歳と名乗る少女もその口だ。物心付く頃肉親に棄てられ、安宿染みた劣悪な児童養護施設が以降の育ての親。

 本来ならそのまま学校に通い、勉学に励む筈だった。しかし少子高齢化が加速したこの時世、受け入れる学校は全国に数えるほどしかなく、行けたとしても孤児の彼女には先立つものが無い。

 故に彼女は齢十五になってなお、ひらがなとカタカナを読む程度の知識しか持っていない。千歳だけではない、日本中の約九割の子どもが同じ境遇にある。


(今更そんなこと言われても、ぴんと来ないんだよな)

 かく言う千歳も、昨日この動画を発掘するまでは名無しの権兵衛であり、雇い主からは"なお坊"と呼ばれ、不満なくそれを受け入れていた。

 拒む理屈も、嫌がる理由も彼女にない。学の無い千歳には、そう考える発想すらないのだ。


「そこへ来て俺なんかどうよ。『ジロチョー』だぜ、ジロチョー。昔親に由来を聞いたが、再放送のジダイゲキの主人公だとよ、へっ」

「ジダイゲキって、なんですか?」

「ドラマの一種さ。物珍しい着物を纏ってよ。髷を結って、カタナぁぶらさげ、気に入らない輩をぶった斬る……」


 視聴人口の激減に依り制作の立ち行かなくなったテレビ業界は、スポンサーの付いた過去のドラマやバラエティーの再放送を連日連夜流すことで糊口を凌いでいた。

 中でも、単純明快・一話完結・前後の繋がりが気にならない時代劇は格好のお題目である。今や地上波と呼ばれる放送電波は、政治経済ニュースと時代劇、ひな壇に並ぶ芸能人を映す薄型の置物となり下がった。


「マゲ? カタナ? キモノ……?」

「あぁ、ああ。お前にゃ難しすぎたな。知らんでもいい」

 だが、学校教育に格差の有るこの時勢、自分たちと異なる文化を持った人間はそもそも理解の範疇を超えている。

 ろくに歴史も知らぬ千歳にとって、江戸の町を闊歩する侍たちは如何なカタチに映るのか。あの時代、異人に出くわした市井の人々と同じ感覚だろう。


「おっと、見えたぜ。あれが今日の仕事場だ」

 トラックは塵溜めを掻き分け、幅の広い大通りへと躍り出る。

 煤にまみれた電柱に綴られているのは『新宿二丁目』の文字。性行為や薬物の坩堝であり、ネオンライトが休み無く夜空を照らしたこの街も、過疎化が進んだ今となっては、決まった居を持てぬ貧困者が最後に行きつく掃き溜めでしかない。

 ジロチョーは車内から左右を見回した後、降車して更に油断なく周囲を見やる。


「商売敵の気配ナシ。喜べ千歳、今日も俺たちが一番乗りだ」

「ほんとに。オヤブンってば鼻だけはいいんだから」

 千歳は呆れ顔で独り言ち、トラックの荷台へ滑り込む。そこから長方形のキャスター付きボックスと、口の広い掃除機ノズルを取り出して、紐で縛って担ぎ上げた。

「さ、チャッチャと片付けっぞ。俺の後ろを付いて来ォい」

「へー・へ」

 彼らは重き荷を背負い、傾斜のきつい階段を一段一段登って行く。

 裸体の躍る猥雑なポスターは乱暴に剥がされ、その痕跡を残すのみ。

 表札が無いので分かりにくいが、ここにはヒトが住んでいる。何らかの斡旋事務所を家屋として流用したのだろう。


 こんな雑居ビルでなお、居住する人間のバイタルサインは常に管理者に把握されている。家賃の未払い、唐突な夜逃げ、犯罪の防止。理由は幾らでも思い付く。

 今朝、この場所でバイタルサインが赤に変わった。他に親戚も居ない独り身の女。

 雨露をしのぐ部屋を欲しがるのは彼女だけではない。放って置いても損を被るだけだ。


「ゆえに俺たち『M・C・S』が居る訳なのよ。おわかり?」

「その話ももう飽きた。それくらいあたしにも解りますよーだ」

 死者の位にも依るが、居住者のサイン消失は、警察よりも先に清掃会社へと告げられるのが通例となっている。片付け手のいない”荷物”を処理し、真っ新な状態で次の借り手を募る。

 非・人道的と思われるだろうか。しかし、出生よりも逝去の方が圧倒的に多い今、それを咎め、がなり立てる人間など居ない。

 ミヤタ・クリーニング・サービス。都内の数ある清掃業者の中で、とりわけ位の低い部署を担当するのが彼らだ。学があり、収入も安定している者たちは、そもそも彼らなどに頼らず、カネを掛けて死者を見送ることだろう。


「ひゃあ、此処もひでェな」

「カビの臭いと汗の臭い。ついでに腐り切った生ごみ。イヤになるね」

 十坪の敷地を安い木板でふたつに仕切り、辛うじて部屋としての体裁を保った空間。

 出入り口から封の開いたゴミ袋で溢れ、窓は閉め切られて天井は茶に変色。

 生活ごみを掻き分け、真中のちゃぶ台をどかし、窓の傍に横たわる人影あり。

 この惨状を、隣に住むであろう住民はどう思うだろう。反応が無いのは外出中か、向こうも同じ目に遭っているか――。


「居た居た。白目剥いて倒れてる」

「いつ見ても薄気味悪いぜ。くわばら・くわばら」

 部屋の主は、窓の傍で大の字を作り、動かない。

 相応に歳を重ねた老人らしい。解れの目立つ赤いセーターを着、鼠色の眼は瞳孔は開いたまま。筋ばった身体と、分不相応に膨らんだ腹からは、思わず顔を覆うほどの悪臭を放っている。


「おっきいお腹だねオヤブン。子持ち・だったのかな」

「馬ぁ鹿」ジロチョーは千歳の頭を軽く小突き。

「この歳で子どもなんか産めるもんか。喰ったもんが未消化で、胃袋の中で発酵してんのさ」

 言って、彼はちゃぶ台の周囲を見やる。封が開いて久しいポテトチップス、成型クッキー、干乾びてそば立つビーフジャーキー。どれも、店で安価に購入できるジャンクフードだ。

「俺たち貧乏人に野菜や肉を買う金なんざあるもんか。となるとどうなる? 駄菓子で食い繋ぐしかないってこと」

「虚しいね」

 千歳は数度手を叩いてそれを合わせ、平の手で瞼を閉じる。以前テレビでやっていた死者送りの作法だ。細かく間違っているが、咎める程良識を持った人間が、果たして此の世にどれだけ残っているか。

「そうならないために、俺たちは汗水垂らして働くわけよ」

 ジロチョーは死者を無視して持ち込んだ箱の封を解き、ホースとノズルを手早くセット。

 幼稚園児程もある大型の掃除機を組み立て、コンセントに差し入れる。

「準備完了。手順は分かるな」

「つまみを捻ってスイッチ・オン、でしょ。何度も聞いたぁ」

 千歳は箱側部のつまみを『清掃』まで回し、起動スイッチを押し込んだ。

 その大きさに違わぬけたたましい騒音を轟かせ、足元のゴミを呑み込んで行く。


 がこん、がこん、ぷしゅう。ホースの中で気味の悪い咀嚼音が鳴り響く。作業効率化の為、業務用『掃除機』には強力なミキシング機能が搭載されている。

 ポテチの袋も、食べかけのビーフジャーキーも、木製の古びた置物でさえも、原型を留めず粉塵と化す。誤って生者が呑み込まれれば、新鮮なハンバーグダネの出来上がりだ。

「よぉし、良し良し。どんどん続けよォ」

 千歳が”塵”を吸い取って行く中、ジロチョーは鉈を振るってちゃぶ台の脚を割って行く。手ごろな大きさになれば掃除機が吸い、粉末へと早変わり。これを接着・成型しなおして、再度家具として売り付ける。リサイクルの輪が淀みなく循環し、無駄がない。

 そうして出来た家具が、半年と保たず不全を起こすことを除けば、だが。



「OK・OK。ゴミは粗方片付いたな」

 粉末を別口の袋に詰めて部屋の外に置き、残るは最後の大荷物。くすんだ鳩羽色はとばいろの髪をした老婆の死体。これも、彼らMPSが処理しなくてはならない。

「手早く済ませよう。千歳、抜かるなよ」

「へーい」

 死せる人間を見てもなお、彼女の澱んだ瞳にぶれはない。無感情に掃除機のつまみを回し、機能を『清掃』から『分別』へと切り替える。

 同時に、ノズルを外して別種に交換。ホースの四倍近くはあらんかという四角四面の吸入口を備えた、専用のものだ。


「はい、せーのっ」

 ぎりぎりまで近付け、一息にスイッチオン。耳をつんざく爆音と共に、老婆の死体が部屋から消えた。

 先程までとは比較にならぬ発破音がホースの中を埋め尽くし、排気口から肉の焼ける匂いが立ち込める。とても、まともな人間の所業ではない。


 やがて、箱の後部から糸束めいた固まりが吐き出される。骨身を砕いて滅却し、小分けされた最期のカケラ。腐食していない部分を取り分け、整形した彼女の衣服『だったもの』だ。

 ジロチョーはそれを指で摘んで繁々と眺め、うんざりとした顔でそれを出口に放る。

「けっ、全部合成繊維かよ。びた一文にもなりゃしねえ」

 ここで言う合成繊維とは、ナイロンやポリエステルのようなものではなく、読んで字の如く、数十種近い繊維を無理やりに混ぜ込んだ粗悪品のことだ。

 人口減少が加速し、食料や衣服でさえもリュース品で賄われる現代。絹や綿で出来た衣服を纏えるのは一握り。他の人民は寄せ集めで接ぎだらけの服しか着られない。

 粗悪な服を使い倒し、新しい服を買って、また使い潰す。オシャレや着合わせといった要素はそこにはない。ファッションを気にし、服を選ぶことが出来ること自体、富める者にのみ許された特権なのだ。


「駆け付け仕事で損したね」千歳は興味なさげに雇い主を見、「そんな簡単に稼げるんじゃ、みんな商売上がったりだよ」

「知ったような口利きやがってこのムスメはッ」

 何もかもがどん詰まりに向かうこの世界に於いて、貸家清掃は特に貰いの少ない職業だ。依頼は多いが、貰える給金は雀の涙。

 故に彼らは、現場の物色を雇い主たちから半ば黙認されている。遺品からカネになるものを掠め取り、リュースショップで売り捌く。そうしてやっと『とんとん』と言うのだから、彼らの暮らしぶりは推して知るべしである。

「俺ァ諦めねぇぞ。何かある。隠しているに違いねえ」

 このままじゃ電気代と石油代で足が出る。ジロチョーは狩人めいた油断ない目付きで、壊す予定の家財道具を何度も、何度も検める。


(ヨクバリだなぁ、相変わらず)

 千歳はまだ熱い箱の上に腰掛け、欲をかいた雇い主を冷えた目付きで眺めるばかり。自分は彼に拾われ、一生を小間使いとして過ごす身だ。稼ごうが稼げまいが、続く人生に変化はない。無駄に汗をかき、腹を減らすなど愚の骨頂。

「でも……」本当に、それだけか?

 雨露をしのげる暮らしが出来るなら、仕事に就いてさえいれば。時々は肉や野菜を口に出来た筈。

 だのに、此処にはまともな食料も、薬や嗜好品に頼った形跡すらない。

 貧乏人の主食が駄菓子や乾燥麺であることには同意する。しかし、死の間際に立ってなお、食事を無視する理由は何だ。学の無い千歳にはさっぱりわからない。


「おお。おほほっ。やったぜ、やったぞこの野郎。やっぱり何か隠してやがったなッ」

 千歳は思案を巡らす中、その雇い主は洋服箪笥が二重底になっているのに気が付いた。彼は喜々として鉈を振るい、底に隠れた『何か』を掴み取る。


「ちょっ、おい……まじかよ。すげェ、すげェぞこいつは!」

 木くずを払い、ジロチョーが箪笥から引きずり出したのは、つや消し濃紺のセーラー服だ。

 襟に引かれた二本の白線。シンプルな赤のリボンタイ。ウエストを絞ったパネルラインの上衣と、着崩れしにくい親子ひだのプリーツスカート。派手さは無いが、シックに纏まっており、とても可愛らしい。

 だが、ジロチョーの興味を惹いたのはその材質だ。無理矢理への字に折ってなお、袖には一本の皺すら残らない。

「マジだ。おいこれマジか?! 純ポリエステル製のセーラー服じゃねえか! こんな、こんな街外れのごみ溜めになな、なんでっ!?」

 リュースの合成繊維が一般的となった今日、混ぜ物のない純粋種は服と言えど金ほどの価値がある。

 校章が無い為判別できないが、相当に裕福な学校であることは想像に難くない。

 これを質屋に出せば今月分、いや半年ほどは遊んで暮らせる。正真正銘の『お宝』だ。

「なあ、おい見ろよ千歳。やっぱ急いで来て良かっただろ? 俺たち一攫千金だ。肉も野菜も喰い放題だ! ああ、長生きってのは、するもんだなあ」

「ふぅ、ん」

 等の千歳は今もなお冷淡な態度を崩さない。これで更に分からなくなった。

 これが、食費を切り詰めて死んだ理由? 自分で着るのでないのなら、誰の為の服なのか。


「あ、あれ」注意深く制服を見やる千歳の目に、胸元から覗く三角の白紙が留まる。

「ねえ、オヤブン。それ、胸のとこ。なんか挟まってる」

「知らん、知らん。欲しけりゃお前にくれてやる」

「あっ、そ」

 目先のカネに眼がくらみ、此方の言葉は上の空。

 ならばお言葉に甘えてと、千歳は紙を奪い大きく広げる。


「ええ、と……。ええと。なんだこれ」

 敢えて、もう一度言う。孤児・千歳はこれまで教育という教育を受けたことがなく、ひらがなとカタカナを読むのがやっと。

 そんな彼女にとって、漢字が織り交ぜられた手紙など、歯抜けになった暗号文でしかない。

 当然、意味不明の単語の羅列に首を傾げてしまうだろう。仕方のないことだ。



 手紙の中身は、こう読めた。


”親愛なる千歳へ。


 長い間、放っておいてごめんなさい。

 今の私の給金では、貴方を養うことが出来ません。

 だから、施設に預け、お金を稼ぎ、準備を重ねて来たのです。

 これは、東京の学校で使う学生服です。

 育児を投げ出した私に、貴方を育てる資格はありません。

 けれどせめてあなたには。まともな教育を受けて、立派な暮らしをしてもらいたいのです。


 私は、もうじき死ぬでしょう。仕方のないことです。

 貴方には親などいなかったと、そう思ってくれて構いません。

 満開の桜の木の下で、貴方がこのセーラー服を纏う日を夢見て――。


 萩原 千草”



「ワケ、わかんない」

 想いは、時として正しく伝わらない。親の顔を知らず、字も読めぬ千歳にとって、母の遺した手紙など、先程処理した塵と何ら変わらない。

 こんな歯抜け、読んだところで意味が分からぬ。お宝に浮かれる雇い主も、恐らく似たような反応を返すだろう。

「でも……」

 それでも、千歳はそれを捨てる気にはなれなかった。

 食費を削って浮かせたこれに、何の意味があったのか。

 何故文頭から謝る必要があったのか。

 きっと、この手紙にはその理由が書かれている。歯抜けだが何となく想像は出来る。

 読めぬなら勉強をすればいい。職場に並んだ本を取り、似た言葉から意味を探り出してやる。


 想いは、時として正しく伝わらない。

 あの制服は、もう間も無く質屋に奪われ、別の誰かの元へ送られるのだろう。

 だが、しかし。手紙を得た千歳の目は、生きた光を取り戻し、明るく輝いていた。

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