第3話
恋愛小説の申し子(1/6)
いつも以上に騒々しい外の様子が気になって窓辺に寄ると、校庭の一隅が大勢の人影でごった返していた。
各所に色とりどりの
まさにお祭り騒ぎだ。
さすがは部活動の新歓。
私は羨望の眼差しでその光景を見渡す。
窓枠に頬杖を突いて、ひとつため息を漏らした。
何かしらの部活動に所属する学生にとって、今日という日は年に数回とない力の入れ所のはずだ。
だというのに、どうして自分はあの輪の中に入ることなく、こんなところで燻っているのだろう……。
「盛り上がってますね」
賑わう外の景色をぼんやり眺めながらそう呟くと、
「まったく。やかましいったらありゃしないな」
背後から不機嫌そうな声が返ってきた。無論、その主は我が文芸部の長、東条鼎である。
私はもう一度、大きなため息を吐き捨てて、振り返りざまに非難がましい視線を送った。
「あれ参加してないの、
「見込みのある奴はわざわざこちらから勧誘などせずとも勝手に門戸を叩いてくる。適切な人材が適切な場所に配置されるのは自然の摂理だ」
やれやれ。その自信は何を根拠に発揮されるものなのか……。つくづく呆れさせてくれる。
「そうは言っても最低限のアプローチは必要だと思いますけどね。そもそも新入生の中にうちの存在を知ってくれている人がいったい何人いることやら」
いくら優秀な人材がいたとしてもだ。認知もされていないような倶楽部に誰が入部届を出すというのか。
だから私は進言したのだ。新歓に参加するつもりがないならせめてポスターくらい作りましょうよ、と。しかし、そんな建設的な提案も、無駄なことをしている暇があるなら一文でも多く執筆しろ、という非情な理由を盾に突っぱねられてしまい、結局何の行動も起こさないまま現在に至っている。
先輩が部を取り仕切っている間は、新入部員が入ってくる可能性はゼロに等しいだろう。
はじめから希望は捨てているが、あの精力的な群像を目の当たりにしていると、やはり後ろ髪を引かれる思いが再燃してくる。
もう数ヶ月もすれば、3年生である先輩は自動的にこの部を去る。そうなった時、この部にひとり取り残されるのは私だ。
結局のところ部員が入らなくて困るのは私の他にいないのだから、先輩の命令なんて一切無視して、独断専行で新歓に参加しておけばよかったのだ。
後悔の念に包まれていた最中、ふと新歓会場の一角にモスグリーンの幟を見つけた。
そこに刻まれた屋号は『読書研究会』――文芸部から派生した読書系サークルで、私の古巣とも言える場所。創部時期は去年の秋とまだまだ歴史は浅いが、校内でも屈指の人気を誇る大所帯倶楽部だ。
その人気の最たる理由は、幹部生に当たる先輩方の人柄の良さにある。
一年前、私が文芸部への入部を決意したのも、本が好きだからというより諸先輩方の人格の素晴らしさに惹かれたことが大きかった。
たとえば、当時部長職を務めていた水町りほ先輩のことを私はお姉様と呼んで心の底から慕っていたし、副部長であった小康路安孝先輩には密かな恋心を抱いたりもしていた(ちなみにその恋は水町先輩と小康路先輩がめでたく交際をはじめたことによりあえなく終焉を迎えた)。
私に小説の書き方をいちから指南してくれた陣田遊京子先輩、遅くまで部室に残って作業していると決まって缶コーヒーをおごってくれた内海太一先輩。
そんな諸先輩方のことを袂を分かつこととなった今となっても人生の恩師として仰いでいるし、先輩たちと関わりを持った者ならきっと誰しもがそう思うに違いない。
やはり人間の価値というのは人望の多寡で計り知れるものなのだなと痛感する。新生の読書研究会が順調に部員の獲得に成功しているのに対し、その本家にしてそこそこ歴史のある文芸部には誰一人として入部希望者が現れない事実が、それを如実に物語っている。
「いい人材、読書研究会に獲られちゃいますよ」
多少の皮肉を込めてそうチクリと刺すと、先輩はふんっと鼻を鳴らして肩を竦めた。
「あんなゴミ共の巣窟に入りたがる輩の能力など高が知れている。構うことはない」
私の敬愛する先輩方を愚弄することは極めて業腹だが、それも今に始まったことじゃない。
先輩と読書研究会。双方の相性が最悪であることは、その諍いを間近で見てきたばかりか巻き添えにさえなった私が一番よく知っている。
「昔は先輩もその一員だったんですけどね。あぁ、けっこう人、集まってる……女の子もいっぱいだ。いいなぁ」
窓枠にもたれながらそんな風に独り言をこぼしていると、冷徹な響きを含んだ声がそれに応えた。
「隣の芝生が青く見えるんだったら、別に乗り変えたっていいんだぞ」
「……自分から引き込んできたくせに」
乗り換えられるものならとっくの昔に乗り換えている。誰が好き好んで暴君のもとに留まっているものか。が、そこまでは口にしなかった。下手なことを言って藪蛇な展開を招くのは御免だった。
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