下を向く弱さと前を向く勇気

@Monoronn

第1話 きっかけ

すべてにおいて平々凡々、「ザ・普通」である俺こと土屋透の日常は充実はしていないが退屈もしていない。なんとなく起きてなんとなく学校に行ってなんとなく授業を受けてなんとなく友達と喋って……そんな日々を送っていた。

でもそんな日々は嫌いじゃなかった。目立たなくていい。普通でいい。一見卑屈に聞こえるけど多分世の中の高校生の大多数が思っていることだ。

そんな大勢のうちの1名が周りにもたらす影響なんて小さくていい。そのはずなのに人生はそう都合よく出来てないようで……。

結局俺はクラスどころか学年全員を巻き込んだ出来事の渦中にいた。


日なんてとうの昔に落ちついに日にちをまたごうかという時、俺は額に冷や汗を流しながらペンを走らせていた。

今日1日寝ていた自分を殴りたい。タイムマシンがあったらどれだけいいだろうか。くだらないことに頭を使いさらにスピードが落ちる。

「やばい、眠い……」

ぽつりとつぶやいたその言葉は俺の眠気をさらに強くする。

もうかれこれ4時間はペンを動かしている。頭のいい天才ならまだしも凡人の俺にとっては限界をゆうにオーバーした数字だった。

まだ残っている宿題とおさまらない眠気。この2つにぶち当たった時の対処法は決めてある。俺は着ていた運動用のTシャツに白いパーカーを羽織って外に出た。

冷えた空気が俺の肺に入ってくる。このなんとも言えない感覚がとても気持ちよくて癖になる。

いつものルーティーンのようなものを終えた俺は歩いて10分ほどの距離にあるコンビニへと足を運びだした。

眠気が来た、でも宿題が終わってない。俺がこの状況に陥った時にはいつも近くのコンビニへと出向いてカフェイン摂取のための飲み物を買いに行く。また、暗い夜道と言うのはなぜか男子高校生を興奮させる効力を持っており眠気覚ましにもちょうどいい。そんな理由から俺は夜によくコンビニへと出向いている。

といっても宿題だけはちゃんとやる俺にとってこの方法は夏休みだとか春休みだとかの長期休暇期間の宿題の時以外はほとんど使わない。……まあ今日は夏休みの最終日なのだが。

今回が約1か月ぶりの深夜外出だった俺は内心少し興奮していた。知らない人が大多数だと思うが実は深夜の世界と言うのは割と変化する。

今回で言えば電灯だった。前に外に出たときはまるで自分の存在を誇示するかのように光っていたそれは今となっては弱々しく今にも消えてしまいそうになっていた。

それを見た俺は何となく感慨深い気持ちになった。やっぱり自分の身の丈に合わないことはするべきじゃない。そう感じた俺だった。


「……は?」

コンビニにつき中に入った俺は自分の心情を素直に吐露してしまった。

目の前にはアルバイトをしている女性が一人。それは俺もよく見知った人で俺のクラスメイトだった。

彼女の名は橘みやび。高校生離れしたそのルックスと高いコミュ力で学校でも人気のある生徒だった。そして噂では家も超がつくお金持ちでお嬢様らしい。

そんな彼女がバイトをしている。これは単に「うちの高校のマドンナがバイトしてる~」とかそういう軽いものではない。うちの高校はバイト禁止だ。そして破った時のペナルティは問答無用の退学だった。

そんな高校でアルバイトをしている生徒がいるはずもなくもし隠れてやるにしてもこんな接客業をするバカはいない。

「橘さん……だよな?」

あまりに非現実的で俺はいまだに確信が持てないでいた。

「あなたは……土屋君?」

むこうも相当驚いているようで目を見開いていた。

と、その瞬間橘はうずくまりすごい勢いで汗をかいていた。まあ動揺するのも無理はないがだったら接客業なんてするなよとツッコみそうになるのを必死に抑える。

「あー……別にばらしたりはしないから安心してよ」

当たり前だ。人気者をチクったりなんてすれば俺は残りの高校生活がいじめで終わってしまう。

「そう……それはありがたいけど……」

橘さんはそう言ってばつが悪そうにつぶやいた。

俺たちは気まずくなって少し沈黙した。

「さーて、俺はコーヒーでも買おうかな~」

……我ながら自分の大根役者っぷりに飽き飽きする。

その後、俺はその場所を離れてドリンクコーナーに向かい一度深呼吸する。

「やっべえもん見ちまった……。いや、あれは橘のそっくりさんか!そう思うことに…いや、そうなんだよ!大体お嬢様がバイトするはずないしな」

俺は努めて明るく、そして強引な設定を自分の中に押し込んだ。

俺はコーヒー…ではなくちょっと甘めのカフェラテをもってレジに向かった。しかし今店内にはそっくりさん以外には店員がいないらしく彼女がレジを打った。

俺は彼女の為にそして自分の中の設定を守るために彼女の顔を自分の視野の中に入れないようにしていた。

「どこ見てんのよ…」

「いや、俺はそっくりさんが……っ!」

俺は予想外の彼女の言葉に反射的に反応してしまいしかもそれを最悪なタイミングで止めてしまった。

「いや…これはだな…違うんだ……」

「キモ」

終わった。俺は心の底からそう思った。

 クラスでも友達が数人で根暗で小説ばかり読んでいて……いわゆる「陰キャ」の俺は橘ほどの「陽キャ」と話したことはない。

『俺はコミュ力0の陰キャなんでこんなのを見てしまったら混乱しても仕方ないです。そもそもバイトしているあなたが悪いんですよ?そんなこと言ってもいいんですか?バラしちゃいますよ~』

まあもちろんそんなことを言えるわけもなく俺は黙って下を向いてレジ打ちが終わるのを待っていた。

カフェラテが渡されてお釣りも帰ってきた俺は逃げるように出口に向かった。

「ちょっと待って。わたしここのバイト5時に終わるから」

引き留められた俺はその言葉を一語一句もらさず聞いていたが全く意味が理解できなかった。この言葉の中に陽キャにしか分からない暗号でもあるのか。いや、そんなことはあるはずないと顔を横に振るも俺は全く考えがまとまらないまま

「分かった」

そう言ってコンビニを後にした。

正直あの言葉からは『橘みやびは5時にバイトが終わる』と言うこと以外何も理解できなかったが俺は一刻も早くあのコンビニから出たくてそう言った。まあ実際あの言葉の真意(それがあったのかすらわからないが)はわからなかったが表面的な言葉の意味は理解しているので嘘ではない。

「とりあえず、もう二度とあのコンビニには行かねえ」

俺は固く決心して家に帰った。


無事宿題のおわった俺は何の気兼ねもないさわやかな朝を迎え朝食に母の焼いてくれたパンを食べて時間に余裕をもって家を出た。

なんてことはなく、宿題は終わらないまま寝てしまいさらには寝坊までして母ちゃんの焼きすぎた黒いパンをくわえて学校まで走り結局遅刻するという考えうる限りでは最悪の朝を迎えていた。

『宿題は全部出して授業態度も良好で遅刻欠席0』という完璧な内申で推薦をもらうつもりだった俺は1日に2つも破ってしまい絶望のどん底にいた。

教室についてもなかなか入る気が起きず立ち尽くしていたがこれ以上評価を下げるわけにはいかないのでしぶしぶ中に入った。

後ろの扉から入ったもののクラスメイトの注目を集めてしまい俺はいたたまれない気持ちになる。幸い席は一番後ろなので静かに座り時が過ぎるのを待った。

しかしなかなか話が始まらず不思議に思った俺は前を見ると黒板に『土屋透ちょっと来いby橘』と大きく書かれていた。

俺は口を大きく開けて目を見開いた。黒板には確実に俺の名前が書かれていた。それも大分荒い字で。

ここで俺はやっと昨日のことを思い出した。

俺はあわてて橘のほうを見ると本当に、リアルに、ブレイ(フランス語で本当の意)に、チョマル(韓国語で本当の意)に、般若のような顔をした橘がそこにいた。俺は一瞬で目をそらし下を向いた。

異様な雰囲気のなかホームルームは終わった。この後は始業式だから体育館に行かなければならない。しかし誰も立とうとしない……というか立てない。そんな中一人だけ立って両手を腰に当てて右足を前に出しながら首を左後ろに傾けて明らかに不機嫌そうにこちらを見ている人がいた。

誰であろう橘みやび様だった。

俺は顔を下に向けて首を一ミリも動かさまいと断固決意して橘様に立ち向かった。

『というか橘って人当たりのいいプリンセスタイプの人じゃなかったか?こんな圧政をしいて民から税金を巻き上げる女王様のような人だったか?元の橘に戻ってくれ!』

俺は割と本気で心の中でそう祈っていた。すると

「みんなどうしたの?早く体育館いかないと遅れちゃうよ?」

いつもの明るい橘にもどってそう言った。ほかのクラスメイトも口々に「そうだよな」とか「遅れたらクラスが怒られるもんね」と言って席を立ち始めた。

 俺は自分の願いが届いたのだと思って安心し席を立つと、

「あ、土屋君は残ってて、大事なようがあるの……。分かった?」

分かった?という4文字だけマジでどこから声出したんだよとツッコみたくなるほどにどす黒い声で言われた俺は自然に流れるような動作で席に座りなおし今度は窓の外を見て雲を眺めていた。

橘様は俺だけは逃がしてくれないようだ。

「がんばれよ…」

「とりあえず謝りまくれ…」

いままで話したこともないようなクラスメイトが口々にそう言って俺を励まして…というよりは憐れんでくれた。全部橘様には聞こえないようにだが。

なかには「葬式にはいかせてもらう」とか「お前のことは忘れねえよ」だとか最早俺の生は諦めてしまっている声もあった。もちろん橘様には聞こえないようにだが。

というか俺も最早あきらめていた。だから雲を見て自分が逝く場所の確認をしていたのだ。

やがてクラスメイトはみんないなくなり教室には俺と橘様だけが残っていた。すると橘様はこちらに来て俺の手首をつかんで強引に俺を立ち上がらせた。すると場所を変えるためか移動を始めた。俺はさながら死刑を執行する部屋に連れられる死刑囚だった。

そして連れられたのは屋上でそこには俺と橘様の2人しかいなかった。

「ねえ」

「はい」

俺はこんなに重い『ねえ』を聞いたことがなかった。

「なんで……。」

「へ?」

俺にはその言葉が聞こえていたが理解不能だった。

とっさに出た言葉は橘様をさらに怒らせてしまったようで俺はあわてて聞き直す。

「あ、いやそのうまく聞こえなくて。もう一回言っ……」

「なんで来なかったのかって聞いてんのよ!」

「へ?」

くしくも俺は同じ言葉を口に出してもらった。

「へ?へ?って。あんた舐めてんの?」

「あ……ああいやそれは悪かったけど……来るとか来ないとかに関しては本当に何のことか見当がつかないんだが」

俺は本当にわからなかった。

「え?わたし5時にバイト終わるって言ったわよね?」

「ん?あ、ああ…言ってたな」

まあその言葉自体は覚えている。がそれが何だというのか。俺にはさっぱりだった。

「じゃあ、なんで5時にコンビニに来なかったのよ」

「……はあ?」

こいつ何言ってんだろう。俺はいまだに理解が追い付いてなかった。

「そりゃ言われたけどそれでなんで5時に来いって意味になるんだよ」

「いや、あんたが分かったって言ったんじゃない」

「……………………………………………そうだった」

俺はあのとき軽率に分かったなんて言葉を発した俺にジャーマンスープレックスをかましてやりたくなった。

「わたし5時から6時まであなたのこと待ってたのよ」

「い、いや……それは……すまなかった」

正直分かったと言ったのは俺だが時間を伝えただけで意図がすべて伝わったと勘違いするのもおかしくないか?と思ったがとりあえず謝りまくれという言葉を思い出し頭を下げた。

「はあ……」

大きくため息を漏らす橘に俺は勝手にいたたまれなさを感じていたが同時にどうも釈然としないモヤモヤした気持ちが俺の中で残っていた。

「まあ、これで用は済んだだろ?」

俺は不満を前面におしだして橘にそう言い放った。

 というか当たり前だろう。たしかに分かったと言ったのは俺だがあんな言葉で理解されたと勘違いした橘も橘だ。それにもとはと言えばバイトをしている橘が悪いのに俺は朝から教室で注目されて一時は死を覚悟するまでに至ったんだぞ。……まあそれに関しては俺の考えすぎだったが。

「ええ、まあ今はそうね」

俺の意地の悪い言い方は完全にスルーして橘はそう言った。

なおも釈然としない俺は屋上に続く扉を勢いよく閉めてその場を立ち去った。


俺が教室に戻るとちょうど終業式が終わった時間帯らしく何人かの生徒は教室に戻ってきていた。

なおも注目を浴びる俺だがそれをガン無視して机に座り小説を食い入るように読み始めた。現実で何かあった時にはこれに限る。俺はそう思った。

俺が読むのはライトノベル略してラノベと呼ばれるジャンルの小説だ。その中でも主人公がとにかくかっこいいファンタジー小説をよく読む。漫画も読まなくはないが絵が少ないラノベのほうが想像の幅が広がるため俺はラノベを愛読していた。

「大丈夫だった?透」

読みふけっていた俺にそう聞いてきたのは俺の数少ない友達の一人である二宮千尋だった。

「ああ、思ったより大したことなかった」

平静を装い俺は千尋にそう答えた。

 千尋は身長160センチほどでやせ型なので男にしてはやや小柄な体躯をしていた。

 そして千尋はある問題を抱えていた。千尋はたたでさえ名前が女子っぽいのに顔が激しくかわいかった。

正直そこら辺の女子よりかわいい!

更には天然まで入っていてまだ幼い感じが残っていてかわいい!

更に更に距離感がおかしくてすごく近づいてくるのもなんかかわいい!

 俺にそっちの趣味はなかったがそんな俺でも時折ぐらっと来るかわいさを持つおとこの娘。あ、間違えた男の子。それが二宮千尋だった。

「そっか。朝来たら黒板にあんなこと書いてあって消そうと思ったんだけど橘さんにすごいにらまれて……。あれは怖かったなあ……」

それで先生まで来ていたのに黒板は残っていたのか。というか先生をもビビらすにらみってなんだよ。怖すぎだろ

「そうか。いやまあそれでも消そうとしてくれたのか。ありがとな」

俺は千尋の頭をなでながらそう言うと「えへへ…」と微妙に顔を紅らめながら嬉しそうにはにかんでいた。かわいい。

元来千尋は小動物気質で俺はついついこうやって撫でてしまう。千尋は特に嫌がらないので俺もなんとなく続けてしまっているのだが。

「ねえ、土屋君。さっき私の名前が聞こえてきたんだけど?」

その聞き覚えのある声に俺はおびえながらも後ろを振り向いた。橘様が降臨なさっていた。

「い…いやあのだな…」

「僕が名前を出しました!すいません!」

俺が必死に言い訳を考えていると隣から千尋が頭を下げながら謝っていた。

「ふうん…千尋君が…」

「ち、千尋に手を出すのは許さんぞ!」

謎の悪寒を感じた俺はとっさに千尋をかばった。

そのときちらっと見た橘の顔は赤くなって、なんというか……その…明らかにやばい視線を千尋に浴びせながらはあはあ言っており犯罪者のような顔をしていた。

「なっ……千尋君にそんなことしないわよ!」

一応弁明はした橘だったが顔がすべてを物語っており相変わらずやばい顔をしていた。

それで俺はなんとなくを察した。多分橘は千尋のことが好きなんだろうな。そう思った。

俺は基本友達の恋は応援する。それが好いていようと好かれていようと。俺の友達が晴れてリア充になるのは俺もうれしい。

だが橘はあいかわらずやばい顔のまま千尋に近づこうとしていた。

千尋は全く気付いていないので俺が間に割り込んで阻止する。

「……お前、何やってんだよ……」

俺はジト目でそう尋ねる。

「い、いや別に?千尋君に謝ろうと思っただけよ」

「……?別に大丈夫だよ…?」

苦しい言い訳をする橘を純粋無垢できらきらと輝いた千尋の視線が襲う。

 思わず俺も橘も目をそらしてしまう。汚れ切った高校生の心に真っ白の言葉が突き刺さる。

「あ、そうだ。今日一緒に帰るわよ。また約束破ったら承知しないから」

「そもそも俺はお前と約束なんて………へ?帰る?一緒に?」

言いながらも俺の頭は?でいっぱいだった。

おそらく言った張本人以外のほぼ全員が俺と同じ感想を抱いていたと思う。

「だからそう言ってるじゃない」

俺は急に顔が熱くなって体温が高くなった。


とうとうその時がやってきた。俺はすこし緊張していた。生まれてこの方女子という生き物との接点は皆無だった俺が初めて帰る人が学校の人気者だなんて誰が予想しただろうか。

例の人物は堂々とやってきて校門で待っていた俺に

「それじゃいくわよ」

そういって歩き出した。

注目されている。俺はかつてないほどの視線を浴び緊張も頂点に達していた。手は手汗でお風呂上がりのようにしわしわに、足は歩けてはいるが生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。

そして何より会話がほぼなかった。俺は緊張こそ極限までしていたもののなぜか頭はクリアでポンポンと話題を振ることが出来ていた。にもかかわらず橘は「あね」とか「ふーん」としか言わないので全く会話が続かず地獄のような時間が過ぎていた。

「今日はなんで一緒に帰ろうだなんて言いだしたんだ?」

俺が何気なくした質問だったがこの質問には橘も過剰に反応した。橘は考え込むような顔で一瞬黙ったのち訴えかけるようにして俺のほうを向いたが結局何も言わなかった。

「無理……」

「なにが?」

至極まっとうに普通に穏便に返したつもりだったが橘は気に入らなかったようで俺をにらんできた。俺はすぐさま目をそらしこれが教師をも黙らせたにらみか…などと考えていた。

「はあ…ほんとあんたって鈍いわね」

「……急になんだよ」

自分のことは鋭いとは全く思っていなかったが急にそんなことを言われると感じるものもある。

「言葉に出して伝えるのが嫌なの。察しなさいそれぐらい。着いたら分かるから」

「はあ……そりゃ悪かったが……というかこれはどこに向かってるんだ?」

そういうことか…と納得しつつもなんとなく付いて歩いていただけの俺はそもそもどこに向かってるのか全く知らなかったことに今更気づいた。

「一緒に帰ろうって言ってんだから私の家以外ないでしょう。まさかあんた女の子を自分の家まで歩かせるつもり?」

正直言葉の後半部分は全く頭に入ってこなかった。

橘の家?いやまさか…そんなはず…。

公園とか河川敷なんかに向かっていると思っていた俺はひどく動揺した。

 あ、別に家の中には入らねえじゃねか。あーびっくりした。これだから非リアは困るぜ。

自分の恐ろしい勘違いに気づき途端に恥ずかしくなった俺は少し赤くなる。

 いやでも1%ぐらい可能性としてはないか……?家に入れられる可能性……。

そんな考えを頭の中で巡らせる……が、

 あれ?正直デメリットのほうがでかくね?

あの橘みやびの家に入れるという幸運を差し引いても明日の男子からの冷たい視線と何より橘に何をされるか分からないという恐怖のほうが大きかった。

「……なにしてんの?」

汚物を見るかのような目でこちらを見てくる橘に「ごほんっ」とわざとらしい咳払いをして

「ちょっと考え事をな」

「ふーん…」

含みを持たせる橘に俺は目を合わせられなかった。


俺は唖然としていた。開いた口が塞がらないを今まさに体験していた。

目の前にあるのは橘の家だった。だがそれは想像していたような大豪邸ではなく一般人が住むようなマンションやアパート……ですらなくお金のない大学生が住むような古いアパートだった。

「驚いてるわね」

「ああ……っいや悪い。いくらなんでも失礼すぎた……」

「別にいいわよ、ある程度予想してたことだし。むしろ変にごまかされないほうが清々しくて私は好きよ」

好きという言葉で一気に心臓の動きが速くなる。

「そ、そうか………。それじゃあ俺はここらで失礼するよ」

ほんのり赤くなっている顔を橘に見られないようにしてその場から立ち去る。

 しかし、肩にかけていた手提げかばんの持ち手を引っ張られ俺の踏み出した足は行き場を失いそのまま尻を地面につけた。

「おわっ……ってえぇ……。なにすんだよ!」

思いのほか尻が痛くて俺は声が大きくなる。

「ご、ごめんなさい…。でもなんで帰ろうとするのよ」

橘は申し訳なさそうにしたものの、強い勢いで言い返してきた。

「いや、ここがお前の家なんだろ?だったらここで別れるのが自然じゃねえか」

「なんでよ、話をするのが目的なのに」

「そんなの聞いてねえよ!」

最後に俺はついツッコみのようなノリで話してしまった。

「でも話があるから呼んだのよ」

俺はこの時二つのことを察した。一つはおそらく話と言うのはバイトのことだろうということ。そしてもう一つは橘のコミュ力は表面的なもので自分の真意を話すのが苦手なのだろうということだった。

しかし後者のほうはなにか自分とは違う生物のように思っていた橘がぐっと自分に近づいてきたような気がして少し笑ってしまった。

「ふふっ、まあ時間はあるからいいけど」

「ちょっと、何が面白いのよ!」

 本当はやりきれなかった宿題をやらなければならなかったが何となく親しみやすくなった橘を放っておくことはこの時の俺にはとてもできなかった。

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