32.スキルポイント
時間が押して会議が終わったため、終わった瞬間から会議に参加していた面々が慌ただしく動き始める。
誰かに呼ばれることもなく、特に用事もない俺とノーマンさんは会議室を出て1階へと降りた。
1階には先ほど一度解散した冒険者たちが再集結しており、支部長のグレイグさんが作戦の概要を伝え、不安な表情の者も多い下位の冒険者の士気を高めていた。
「冬樹、俺はまず行くところがある。お前は一旦宿に戻って少しでも休んだ方がいいだろう。」
「一旦ということは、またどこかに行くのですか?」
「あぁ、今の冬樹の防具は正直心許ない。俺が良い店を知っているから一緒に行こう。俺も頼んでいたものを受け取りに行かねばならないし、ついでに防具選びのアドバイスをしようと思うのだが。」
ノーマンさんが言う心許ない防具とは、初心者用の防具のことであり、ゴブリンの上位種と戦うかもしれないことを思えば、紙同然のレベルだ。
前回、全財産を使って剣を購入した時よりもまとまったお金を持っているので、今ならそれなりの防具を購入することができるだろう。
遅くなりそうなので店が開いているのかとふと気になったが、緊急事態で非戦闘員は夜も動き続けるとのことだったから、もしかすると今夜は休まず営業するのかもしれない。
「さぁ、ではまた後で。部屋の扉をノックするから、寝るんじゃないぞ。」
「はい、分かりました。」
戦闘で疲れた体に酒を入れたため、確かに普通なら眠たくなりそうなものだが、状況が状況だけに眠気らしきものは一切感じることはない。
さて、ノーマンさんとは冒険者ギルドの前で別れ、俺は言われた通りに宿に戻る。
受付の人に挨拶をしてから部屋に戻ると、端末を取り出し右手に持った。
「アイ、大変なことになったぞ。」
『そうですね、マスター。私もずっと話を聞いていましたが、あまりいい状況とは言えません。』
会議の場で取り出すと注目を集めるのは分かり切ったことなので、アイの存在については秘匿を続けることにした。
そのため、アイと話すのは久しぶりに感じるが、時間からするとせいぜい数時間といったところだろう。
「ゴブリンキングについてはどう見る?」
『そうですね、マスターがこれまで戦ってきたどの敵よりも数段強いでしょう。』
「今日のワイバーンよりも、か?」
『はい、マスター。2体と戦ったとはいえ、どちらも手負いでしたからね。完全体のワイバーンの戦闘力ですら上回る魔物ですから。』
アイの話を聞けば聞くほど、さっきの会議で立てた作戦が無謀に思えてくる。
エレナたちの作戦が失敗することも想定して冒険者や軍を呼んだりできないものかと思ったが、どうやらこの頃どこも忙しいらしく、長期間アンヴァルに滞在する、という訳には行かないそうだ。
『しかし、こう言っておいて何ですが、恐らくゴブリンキングがいきなり攻めてくることはないでしょう。作戦時に襲われたのはそれこそ運が悪かったからで、普通は序盤に大将自らは動きません。序盤に攻めてくるとなると、傷を負っていて怒りで、というパターンでしょうね。その場合は、防衛という観点で見れば、今の戦力でも十分渡り合えるでしょうから問題はありません。』
「となると、警戒しなければならないのは上位種か。」
『上位種が多数いる群れのようなので、それは当然警戒すべきですが、普通のゴブリンであっても、大勢が一度に押し掛けてきた場合には侮れるものではありませんよ。』
という風に、アイも言っていることではあるが、今回の戦いがいつ起こるにせよ、今の一番の不安要素は、愛車のキャンピングカーが横転せずに最後まで戦うことができるか、ということである。
当然のことながら横転してしまうと、中にいる俺は全く無事とはいかないだろう。
『マスターの心配していることは分かりますよ。ただ、そのことについては、一つ解決策があります。』
特に何か言ったわけではないが、悩ましげな表情を浮かべる俺を見て、アイが声をかけてくる。
愛車の性能やスキルについては、俺よりも理解しているであろうアイのことだから、アイの心配の種もそこにあるのだろう。
「解決策とは何だ?」
『先ほど色々確認していたところ、獲得可能なスキルの中に、固定、というものがありました。実際に獲得してみなければ、詳しい効果は分かりませんが、スキル名から考えるに、今の問題の解決に役立ちそうな予感がしています。』
「固定。そんなものがあったのか。」
アイの言葉に素直に驚く。
俺も一通りスキル名や機能については確認したつもりだったが、かなり多岐に渡っていたため、恐らく見落としてしまっていたのだろう。
ただし、ここで厄介なのは、アイも予感がしますなどとあいまいな表現で語ったように、実際に獲得してみないと効果が分からないということである。
その上、本当に車を固定できるスキルだったとしても、もし説明がこれまたあいまいな表現であった場合、完全に固定されるのか、それともある一定の衝撃までしか耐えられないのかを調べることは難しく、実戦で確かめてみるしかない、というのも難しいところだ。
さっそく端末をいじって、固定のスキルについて調べてみる。
必要なスキルポイントは8。
他のスキルに比べても必要なスキルポイントが高めなので、効果は期待できるかもしれない。
「今、残りのスキルポイントは16だから、半分使わないといけないようだ。アイは、どう考える?」
『今後の方針次第でしょうか。冒険者を続けていくなら必須のスキルだとは思いますが、もしマスターが他のことをしたいと考えているならば、これからレベルが上がりにくくなっていき、獲得できるスキルポイントが次第に減っていくことを考えると、無理に獲得する必要はないかと思います。』
アイの答えは核心をついたものだ。
アンヴァルに来てからというもの、冒険者としていくつかの依頼をこなしたが、何度も考えている通り、命を懸けている割に、手元に残るお金が少ないように思えて仕方がない。
体が資本であるためケアは欠かせないだろうし、装備はもちろん、もしもの場合に備えて様々なものを用意しておく必要がある。
それに、体が思うように動かなくなったら引退しなければいけないだろうから、その後の職業が見つからないならば、引退後はそれまでの貯金で生活していかないといけないことになる。
とは言え、冒険者という職業に憧れはあるし、この世界、アースランドのことを分かっていない現状では、冒険者が一番やりやすい職業であることは間違いなく、しばらくは続けていくことになるだろう。
「とりあえずは保留だな。明日の朝にまた考えることにしよう。」
『分かりました、マスター。確かに今獲得したところで、すぐに必要となるわけではないですから、その方が良いでしょう。』
確かに今後の方針を決めるようなものになるだろうから、せめて一晩は考えたいところだ。
もし冒険者を辞めるとすれば、候補の一番手となるのは商人で、そうなると移動の快適さや商品の拡充のためにスキルポイントを使いたい。
「ところで、ついでにではあるが、俺自身のスキルポイントについてもアドバイスをもらえないか?」
自信のスキルポイントのことで悩んでいるのは、いずれ戦闘の中で獲得するだろうと思い放置していた、回避や危機察知といった戦闘では必須ともいえるスキルを、このタイミングでポイントを使って獲得すべきなのか、ということだ。
『マスターのスキルポイントですか。残りポイントが13あるので、これからの戦いを思えばポイントを使ってでも獲得するのはありだと思いますが、ノーマンさんに相談してみるのもありだと思いますよ。』
それもそうか。
ノーマンさんには先日事情も話したし、経験もあるから、良いアドバイスをもらえるかもしれない。
ただ問題なのはノーマンさんの様子で、ギルド内での様子を見ると相談することができるのか心配ではある。
となると、この件も今は保留という訳か。
そんなこんなで喫緊の話を終えた俺は、アイと緩く会話を続けながら、ふとマップを見る。
ギルド周辺では白い点を中心とした様々な色の点が、忙しく動き回っている。
ワイバーンのおかげで物流が滞っていたため、商人もこれ商機と、近くの街から物資を運びこんでいることだろう。
コンコンッ
宿に戻って一時間半ほど経ったところで、部屋の扉がノックされる。
どうやらノーマンさんが来たようだ。
成長する愛車(キャンピングカー)と共に異世界で生活しましょう。 諏維 @indigo-999
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