31.防衛計画
すでにギルド内に先ほどまでのような静けさはない。
酔いをさますために水を浴びに行く者、武器を整えに行く者、身内に状況を伝えに行く者。
各自状況は異なるが、それぞれの冒険者が自分にできることのために動き始めている。
決意を新たにした俺は、ゆっくりと歩く、グレイグさんを先頭とした集団に最後方からついて行く。
向かったのはギルドの2階。
この前も訪れた支部長室に行くのかと思ったが、グレイグさんが比較的手前の方にある扉を開け、他の人も続々とそこへ入って行く。
「さぁ皆、腰かけてくれ。」
中からはそのような声が聞こえ、俺も中に入るとテーブルと椅子がいくつも並べてあり、会議室であるようだった。
奥の方にはすでにギルド職員らしき人が数名椅子に座っており、その隣にまずはグレイグさんが腰かける。
知った顔としては、パーナード様、支部長、副支部長、パメラさん、ノーマンさん、ブラッド辺りだろうか。
シャーロットも騎士団の一員としているかもしれないと思ったが、騎士団からは見たことのない顔の人がバーナード様の隣に座り、何かを話している。
恐らく、騎士団のお偉いさんなのだろう。
会議室に集まったからには、今後の動き方について話し合いが行われるはずだ。
新参者である俺が、まさか参加することになるとは思ってもいなかったため、若干緊張し始める。
右隣にはノーマンさん、左隣にはブラッド。
ブラッドとは作戦への出発前に自己紹介がてら一言二言話したことがある程度だ。
会議が始まるまでの間、参加者は隣の人と雑談をしているが、当事者である俺を含む冒険者は緊張度が高く、とても話しかけられる雰囲気ではない。
そんな中、まずはこの中で一番位の高い、街の統治者であるバーナード様が一言述べ、会議がスタートした。
「静かにしてくれ。ここにいる皆はすでに聞いたであろうが、騎士団と冒険者の合同で行われた作戦は失敗した。参加した者の安否は気になるところだが、我々は街の民を守らねばならない。ここから数日、冒険者ギルド支部長のグレイグの指示で一丸となって困難に対処したい。どうか協力をお願いしする。」
険しい顔をして話したバーナード様だが、落ち着いた声で話しているため、すっと言葉が入ってくる。
これまではフランクに接してもらい、貴族らしくない貴族という印象もあったが、今この瞬間は頼れる風格を大いに感じる。
「よし。今バーナードが言ったように、アンヴァルでは数日の間防衛体制をとり、俺が主に指揮を執る。覚えておいてほしい。我々は常に最悪を想定して動かねばならない。最悪、だ。ゴブリンキングの出現が報告された今、楽観的な考えは一切許されないと思ってくれ。過去にはゴブリンキングが率いた軍勢によって、複数の街が落とされたこともある。言うのは簡単かもしれないが、まさに油断は禁物だ。そこで、これから街の防衛体制を整えるにあたり、皆の知恵を貸してほしいのだ。」
バーナード様の次にグレイグさんが話したように、どうやらグレイグさん自らが会議を主導していくようである。
複数の街を落とす力を持つ魔物。日本のぬるま湯で生きてきた俺にとって、いまいち現実感がわかないのも正直なところだ。
だが、恐怖はある。
愛車の中にずっとこもっているのであればもちろん無事に乗り過ごせるのだろうが、果たしてそれが許されるかと言えば、こうなってしまった以上は許されないだろう。
「話を始める前に紹介しておこう。今回の防衛の肝になるかもしれない、冒険者の冬樹殿だ。彼は、防衛に適した馬車よりも大きな遺物を保有している。さぁ、軽く自己紹介を頼む。」
頭の中で考えを整理していると、いきなりグレイグさんに話を振られ、慌てて立ち上がる。
もちろん、事前の告知などあったものではないため、びっくりする。
「Dランク冒険者の冬樹といいます。グレイグさんが仰った通り、防衛に役立てるであろう遺物を保有しています。精一杯協力したいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。」
もしかすると声が上ずっていたかもしれないが、突然にしては無難に挨拶ができたのではないだろうか。
「Dランク冒険者とあなどることなかれ。冬樹殿はアンヴァルで最速でDランクに昇格した男。皆も知っているだろうが、ワイバーンの討伐においても活躍したと聞いている。遺物についても少し説明してもらえるか。」
グレイグさんに補足説明をしてもらう。この中にはランクで人を判断する人はいないように思えるのだが、一応念のためだろう。
続けて俺は戦闘支援、範囲回復、魔導砲などのスキルや基本的な性能など、今回の戦いに必要そうな情報に限定して、簡単にではあるが愛車の説明をしていく。
限定とした情報とはいえ、それさえ普通の皆が想像するような遺物と比べると、俺の愛車はかけはなれて優れた性能だ。
本当は隠した方がいいのかもしれないが、普通に使い、見られている以上、この辺りの情報はいつかは分かってしまうことである。
それならば、必要とされている今、情報を公開して、それを戦いに使うことで味方を増やしていきたいと考えたのだ。
「さて、冬樹殿の紹介も終えたところで話を始めていこう。まずは状況の分析から。マーガレット、頼む。」
マーガレットと呼ばれたギルド職員であろう女性が返事をする。
ギルドの受付では見かけたことがないが、非常に真面目そうな見た目だ。
「はい。ブラッドさんの情報より、接敵したのはアンヴァルから70キロほどの場所だと思われます。撤退戦が失敗した、もしくはゴブリンの軍勢がこの街に向かって進軍を続けている場合、早ければ明日の午前中に辿り着くことが考えられます。もちろん、これは最悪を想定した場合ですので撤退戦がある程度成功していた場合は、それなりの猶予があると思われます。」
冷静な分析だ。そしてその分析に対し、動揺を見せるようなメンバーはこの中にはいない。
いや、訂正しよう。動揺している人が1人いた。
それは、俺。明日の午前中と聞いて内心かなり動揺してしまっているが、果たして隠せているだろうかと、少し心配になってしまうほどだ。
「とのことだ。つまり、明日の午前中に来られても防衛ができるような体制を整えなければならないということ。基本的には戦闘員は今夜はゆっくり休んでもらい、その間、非戦闘員に様々な準備をしてもらうことになるだろう。」
「すでに周辺の街に救援要請は出したが、さすがに明日の午前中に辿り着くことはなさそうだ。」
グレイグさんに続いて、バーナード様が話す。
「バーナードの言う通り。上位冒険者が作戦で出払っている今、早い段階で襲撃があった場合には、今この街に居る者のみで防衛をしなければならない。もしそうなったら我々ができることはただ一つ。時間稼ぎ、だ。」
時間稼ぎ。
想像はしていたが、俺一人に状況を逆転させるだけの力があるかと問われれば微妙なため適切な判断だろう。
その後、少しずつ情報が深められていく。
他の街の上位冒険者がアンヴァルに向かう準備をしていること。
戦える騎士団や冒険者の数。
街の魔導砲などの防衛設備の現状。
近くの街の上位冒険者にすぐ来てもらうことは出来ないのかと思ったのだが、そのような冒険者は今回の作戦に参加していたらしかった。
「では、時間もないことだし、情報も一通り集まったところで、作戦を具体的に詰めていこう。時間稼ぎだから、こちらから積極的な攻撃は仕掛けない。森の側の門は常に閉じ、魔導砲を撃ち続け、撃ちもらしたゴブリンを門の前で攻撃するのが、基本線だ。」
グレイグさんが言った作戦は、最初聞いていた作戦とあまり変わらないように思えるが、防衛専念という思考的な大きな変化が存在する。
「門の前には冬樹殿の遺物を置き、防衛隊の支援を行いたい。冬樹殿、どうだろうか?」
「はい。それで構いません。ゴブリンキングの攻撃も防げる自信があるので、ご安心ください。」
心配の目を俺に向けるノーマンさんを含む数名のために、そのようなことを言う。
まぁ、これは愛車の防御力から言えば、あながち嘘ではないのだが、今のままだと大量に押し寄せられた際や、強い衝撃を変な場所に受けた際に、横転してしまう可能性があるため、完全に安心とは言えないのも事実だ。
「そして、ノーマン殿。あなたには、冬樹殿の遺物の中で待機していただき、他の者には対応できない上位種のゴブリンが現れた際にすぐに対応できるように、体力を温存していただきたい。」
「いや、断る。」
何事もなく進むと思っていた作戦会議の最中、ノーマンさんがグレイグさんの言葉に一言、だが強い口調で否定をする。
この会議室にはノーマンさんの普段の様子を知るものがほとんどだ。
珍しいノーマンさんの様子に少し会議室の中がざわっとする。
「断るとはどういうことだろうか?」
「その言葉通り。体力の温存など考えている場合ではないだろう。怪我のことなら、もう問題ない。目の前で必死に戦うものがいて、俺はのんびりと待機。そんなこと出来るはずはない。俺は、この街を守る、レッドディストラクションのメンバーだ。」
ノーマンさんの怒りとも捉えられるような言葉を聞いて、会議室がシーンと静まり返った。
彼とは数日過ごしただけではあるが、この中では彼の人柄を一番理解している自信があるからあえて言うと、ノーマンさんは”かっこいい”男だ。
「わ、わかった。」
グレイグさんが何とか返事をするが、会議室にいる全員が気圧されたような感覚を抱いているだろう。
ノーマンさんの表情を見ると、険しくはあるが、怒っているような様子はなく、俺は少し安堵する。
そんなこともあって、計45分程。
予定時間を15分オーバーして、作戦会議は終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます