第12話 きっと私は

昔書いた文章を読み直した。

あの頃は、きっとあの文章が好きだったのだろう。

書かなくなってから時間が経って私の文章は変わってしまったらしい。

この場所にふと立ち寄るまで、長い長い時間をさまよっていたらしい。


きっと生きることに一生懸命だった。

執着はしていないと思っていた。

新しいことを始めていた。

自分の意志で。自分の直感で。理由があった。

だから、筆を手放してしまったんだ。


ただ平坦に過ごしていた。

過去を懐かしむこともなく。

感情すらも平坦で、

ちょっとした天気への不快さだとか、

ちょっとした将来の不安だとか、

日々の忙しさと自分の下手な時間の使い方と付き合っていた。


負の感情が久しぶりに眉を動かしたからといって、些細な日常の一コマに変わりはないはずだ。

それなのに、ふと手放した筆を掴んだ。

掴んでしまった。

夢と憧れを過去という宝箱に大事にしまった。

それなのに、道半ばで箱を空けてしまった。


今の私はこの文章が好きだ。好きだと思ってしまった。

なにも成し得なかった私の文章が、夢や希望を抱いていた頃の文章よりも心地いい。

ゆっくりと、淡々としたリズムが心地いい。

冷たい部屋の暗がりでベッドに寝転がったような心地よさ。


今の私にはそれしか要らないらしい。

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自分語り ヤト @touri_0925

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