第14話 再会

 朝、お天気を見ようとテレビをつけるとワインの特集が放映せれていた。

『東京のど真ん中に世界中のワインを集めたお洒落な店がオープン。それと同時にワインのソムリエを育てる学校も開校。ワインの巨匠弘岡春翔、日本に帰国』と見出しがついていた。オープンは十月六日。里子の誕生日だ。店の名前は当日発表となっていた。一段と頼もしくなった春翔がテレビに映っていた。髪をかきあげた右手に里子のあげた腕時計が時を刻んでいた。里子は画面に釘付けで息をするのも忘れそうだった。


 十月六日まであと十七日


 春翔に逢いたいそれが正直な里子の気持ちではあった。でも、あの頃の里子ではなく、十九年の年月が身体中に染み込ませたものがある。化粧では隠せない顔のシワ、手にも首にも老人独特のシミだって出来ている。背丈だってあの頃より四センチも縮んだ。何より、癌のせいで頬も窪み、年齢以上に年をとって見えるように思う。里子を見ても春翔は気がつかないかもしれない。春翔が知っているのは五十四才の里子のままなのだから。

 里子は久しく行ってなかった美容室に行くことにした。さくらに紹介してもらった、以前勤めていた会社近くの店だ。中のスタッフはすっかり代わり、知っている人がいなくなっていたが、あの頃の自分に戻った、そんな気分だった。

「どのようにしますか」と孫のような男の子に言われ、どう答えていいのかわからず「おまかせします」と言ってしまった。

「その言い方が一番駄目なのよ」とさくらに昔、言われた事を思い出し言い直した。一度してみたかった外国人風のメッシュの入ったカラーをオーダーしてみた。あの頃とは違い里子の頭を覆っているのはほとんどが白い髪だったが、孫の様なスタイリストの男の子は

「色目は僕に任せえてもらえますか? 絶対気に入りますよ」と自身満々に言ってきた「じゃ、任せます」笑顔で答えた。

 伸びきっていた髪はショートボブにし、茶系のグラデーションを施し明るさをだした。最後はコテを使い髪の毛を少しとっては巻いてを繰り返し可愛く仕上げてくれた。『女は髪が命』どこかのCMのキャッチフレーズの通り、髪が変わるだけで見た目もそして、不思議と気持ちも変わったように思う。里子は心からお礼を言って店を出た。

 店のウインドーに映る自分の姿を見た時、すっかりおばあさんのファッションをしている事に愕然としてしまった。何年も買っていなかったよそ行き用の服を買うことにした。自分で選ぶのをやめて、ショップの若い店員さんに選んでもらった。そして青のタイトなワンピースに白のジャケットを購入した。春翔に逢いに行く決心をしたわけではないが体は春翔の元へとすでに飛んでいた。

 久しぶりに沢山歩いたせいか、ひどく体が疲れてしまった。布団の中へ潜り込むとすぐに眠りについていた。

 夢を見た。夢の中では里子は五十代、春翔はテレビで見たままの五十四才。ロケーションはあの陽の光が入らない春翔の部屋。だけど二人は窓を全開にして光を浴び楽しそうに会話をしながらワインをのんでいる。それを遠くから七十三才の里子がじっと見ている。 どこかで呼ぶ声が聞こえた。その声が段々と近づいてきて里子の耳元で叫んだ。

「お義母さん」

 目を開けると嫁の紗季さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「大丈夫ですか? 泣いてらっしゃたので具合悪くなったのかと思ったじゃないですか」

「今、何時?」

「七時ですよ」

「そんなに寝てたの。ご飯の支度しないと」

「私がしましたから、食べましょ」

「ごめんね。久しぶりに美容院へ行って買物したから疲れたみたい」 

「え! ほんとお義母さん凄く綺麗になってる。似合ってますよ」と言ってくれた。

 食卓に着くと孫の龍太はすでにご飯を食べ始めていた。

「ばあちゃん、髪切ったん? どっか行くの?」と里子をジロジロ見て言った。

「どこも行かないよ。たまには気分転換でもしようと思って。若返ったやろ」と照れ隠しで言うと 

「まだまだいけるで」と真顔で言われたので久しぶりに顔を赤くしてしまった。

 春翔の店のオープンは三日後に迫っていた。里子は東京へ行く事は、すでに諦めていた。ここ大阪の地から一人ワインを飲んで、静かに祝福をしようと決めていた。先日買ったワンピースに袖を通す機会はもうないかもしれない。里子が死んだ時には、それを着せてもらおうと思った。

 何時ものように夕食の時間が終わり、お風呂に入り床についた。目は閉じても寝られない。しばらくすると部屋の扉をノックして一人息子の涼が入ってきた。

「お帰り。今帰って来たの?」

「母さん、体調どう?」

「どうも、ないよ。大丈夫。昼間歩き過ぎて疲れただけだから。紗季さんにも心配させてしまって。ごめんね」

「母さん、これ」

涼が差し出したのは新幹線のチケットだった。「店から近いところにホテルも取ってる。弘岡さん店出すんやろ。行って来いよ」

 今にも涙が溢れ出しそうな瞳を目一杯広げて里子は言った。

「こんな老人が行ったら迷惑でしょ。立派になったそれだけで母さんは充分。ありがとう涼」

「そんな事、気にせずに行って来てくれよ。弘岡さんだって母さんに会いたいはずやで。今の母さんを見て百年の恋が冷めったっていいやん。その時はその時で、昔は良かったなぁって別れてこいよ。このまま、会えず死んだら、母さんだけじゃなくて弘岡さんも不完全燃焼や。死んでも死にきれんやん。出発は明後日、新大阪まで送って行くから」そう言って部屋を出ていった。

 出発の直前まで決断が出来ずにいた里子だったが、家族総出で見送られ大阪を後にした。

 首元で春翔からもらったネックレスがキラッと光った。

 新幹線は勝浦に行く黒潮号とは比べ物にならない速さで走る。窓の外を見ても、目まぐるしく景色が変わる。新幹線は里子の住む大阪をあっと言う間に通り過ぎ、春翔のいる東京へと里子を運んで行った。

 約二時間三十分で東京駅に着いた。里子はそこからタクシーに乗り、今夜泊まるホテルへと向かった。東に向かっているのか、西へ向かっているのか全くわからない。タクシーでなければ完全に迷子になっている。

 以前、春翔と京橋の焼肉屋で待ち合わせをしたことがあった。その時、春翔が西側ではなくて、東側の信号を渡って左の店と言ったにもたのかかわらず、西側の信号を渡り永遠に焼肉屋さんに着かなかった事があった。春翔に事故にでもあったのかと心配させてしまった。  

「里子、なんで反対に行くの。それ、やばいやん。これからは里子の知ってる場所に俺が迎えに行くことにするから」と言われた。

 里子は方向音痴なのだ。それは年を重ねても治るものではない。

 春翔の店はホテルから歩いて五分の場所にある。ホテルに着いたらチェックインを済ませ、涼が書いてくれた地図を手掛かりに下見に行くことにした。部屋は一人ではもったないぐらいの広い部屋で、ベットもセミダブルだった。窓からはスカイツリーが見えていた。涼ったら、無理したんじゃなかなと思ったが、里子は涼の心遣いがとても嬉しかった。涼が書いてくれた地図では結局わからず、人に聞きながら春翔の店に到着した。心臓が爆発するのではと思うくらいに胸が高鳴っている。足も震えている。

「春翔」思わず声に出していた。

 春翔に会ったら何て声を掛けたらいいんだろう。私の事わかるかな。そっと後ろから見るだけにしようか。いや、それは駄目だ。ちゃんと会っておめでとうを言おう。これが最後の機会になるんだから。何度も自分に言い聞かせた。

 その日の夜はホテルの最上階で一人、ディナーを食べてワインを一杯だけ飲んだ。

 明日、春翔に会えたらもう思い残す事はない。私の人生は誰よりも素敵な人生だった、そう思える。涼にも心からお礼を言おう。

 一人で寝るには大きすぎるベッドの中で、静かに夜が過ぎて行った。

 本日は快晴なり。

 里子は雨女だが、年齢を重ねると共にその威力は無くなってきたように思う。そりゃそうだ。晩御飯の買い物に出掛けるのと春翔のお母さんの墓参りに勝浦に行くぐらいしか、ここ五年ほど外には出ていない。だから雨はそれなりに降っているとは思うが、気にする事がなくなっただけだ。とにかく、春翔の門出の日に雲一つない空になって良かった。

 里子は、朝からシャワーを浴び、念入りに化粧をした。買ったばかりのブルーのワンピースに白のジャケットを羽織り、昨日の内に予約したホテルの中の美容室へ出かけた。里子なりにできる最大限のおしゃれをした。

 店の前は十一時の開店を待つ人で溢れ、テレビカメラも何台か待機をしていた。二階に掲げられた看板は白い幕で覆われていた。レポーターの女性が

「間もなく開店です。店の名前は何なんでしょうかね…」とカメラに向かって話している。

 暫くすると

「あっ。弘岡春翔さんが店の外に出てきました」と大声をあげて叫んだ。

 目の前には五十四才になった春翔がいる。

「春翔!」

 春翔はあまりにも輝いていてまぶしかった。もはや、春翔は里子の知っている十九年前の春翔ではない。こんなに近くに春翔がいるのに、手の届かない遠い人になってしまったような感覚に襲われた。でも、それを寂しいとは思わなかった。それどころか自慢したくなるくらい誇らしく、こんな人を好きになった自分に「里子、やるやん」と言いたくなった。レポーターが質問を投げかけ、春翔がそれに応えていたが、里子にはそれら全てが自分の心臓の鼓動にかき消され、何も耳には入っては来なかった。

 春翔の前に垂れ下がった紐を春翔が力強く引くと看板の白い布が勢いよく外れ、店の名前が現れた。


     Pour Vous (あなたのために)

            S & H CO., LTD.

         

「弘岡社長。あなたとは具体的にどなたかを指しているんですか? 社名のHは春翔さんのイニシャルですよね。Sはどなたかのイニシャルなんですか?」とレポーターが質問してきた。

 まわりの騒めきが一瞬、静寂へと変わった。

「今の僕の姿を見て欲しい人がいて、その人に届くようにと店の名前をつけました。Sはその人のイニシャルです」

「その人は今日、ここにいらしていますか?」

「さあ、どうでしょうか。十九年会ってませんから。今どこにいるのかも知りません。皆様、本日はありがとうございます。店内ではオードブルと沢山のワインをテイスティングしていただけるようにご用意しております。中へどうぞ」と言って店の扉を開けた。

 この日をお待ちわびていたワインを愛する人達が中へと一斉に入って行った。しかし、里子は店から少し離れた所で、春翔の店を眺めるだけで、その一歩が踏み出せずにいた。一時間が過ぎ二時間が過ぎたが客足は途絶えることがなかった。

 Sは間違えなく里子のイニシャル だ。春翔の中ではきっと五十四才の里子のまま止まっているに違いない。もし、魔法があるのなら五十四才の里子にもどして欲しい。そうしたら、春翔と同い年だ。でも、それは到底叶う願いではない事は誰もが知っている。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。急に里子は自分が余命宣告されている体である事を思い出した。一年後、里子はこの世にいない身である。未練を残さないために何より春翔に「おめでとう」と「ありがとう」を言わなくては。そして、春翔にふさわしい女性がいつも春翔と共に楽しく笑っている、そんな生活を送ってもらえる事も里子の願いである。だから、年をとったおばあちゃんの里子を見て現実を知ってもらう必要がある。春翔に会う事は春翔のためでもあると思うと急に前に進む勇気が湧いてきた。

 里子は店の扉の前に立った。春翔の家の扉の前に立ったあの時は始まりだった。そして今は終わるために扉を開けるのだ。

 

「いらっしゃいませ」店のスタッフが言った。

 店内では客が各々ワインを楽しみ、多くのスタッフの人たちは対応に追われていた。年代物のワインが並んでいる奥の棚の所で、春翔もどこかの社長さんらしい方々の応対をしていた。里子は春翔の手が空くのを横目で見ながら、店内を一つづ記憶に留めるように見てまわった。するとスタッフの一人がテイスティングを勧めてくれた。グラスにブルゴーニュの赤をいれてもらった。それを味わいながら飲み干しトレーにグラスを戻したその瞬間、里子の手首を強く握った人がいた。

「里子!」

 里子はあまりにも突然で言葉を失った。

 目の前には春翔がいる。里子は春翔を見つめる事しかできず、それも涙でぼやけてしまった。あの時と同じよに里子の手を握り、裏口からあっと言う間に人目のない踊り場に連れていかれた。

「里子! 里子! …」何度も里子の名前を呼びながら、春翔は里子の小さくなった体を抱きしめた。

「春翔! 春翔! …」と里子もまた何度も春翔の胸の中で言った。

 どれくらの時間、二人はお互いの名前を呼びあったのかわからない。離れていた年月は到底埋める事は出来ないが、その一日一日をとてつもないスピードで手繰り寄せているようだった。

「里子。元気だった? ずっと会いたかったんだ」

「春翔……ごめんなさい」

「里子、少し痩せた?」

「そうね。あの頃よりはスリムになったかもしれない」

「里子。俺、今から雑誌の取材をうけないと駄目なんだ。終わったら連絡するから携帯の番号教えて」そう言って里子のスマホに着信を入れた。

「絶対、待ってて」そう言って、もう一度里子を抱き寄せ、名残惜しそうに店の中へと消えていった。 

 里子は春翔に抱きしめられた体の温もりを忘れないようにと、必死に自分も体を抱きしめたが、あっという間にその温もりは消えていった。昨日の夜、もし春翔に何も言えなかったら渡そうと決めていた手紙を、裏口にあった郵便受に入れた。


 弘岡春翔様


 春翔。お店の開店おめでとうございます。

いつか春翔が脚光を浴びる人になる事を信じてました。そして、その事が私の人生の支えであり喜びでした。私の愛した人がこんなに立派になった事を心から誇らしく思っています。

 春翔があの頃の私の年齢になったという事が未だに信じられません。私だけがどんどんおばあちゃんになって、春翔はあの頃のまま時間が私の中では止まっていました。テレビで春翔を見た時は心臓が止まってしまうのではないか思うほどびっくりしたんですよ。笑笑。

 店の開店に寄せてもらったのは、春翔に会ってちゃんとお礼とお別れを言うためでした。でも、言える勇気がきっとないだろうと思い手紙も用意していたと言う次第です。

 あの時、わたしがソレイユに行かなければ、春翔との出逢いはなかったと思っていましたが行かなくてもどこかで出会っていた運命だった様な気もしています。春翔は年齢のことなんて気にしなくていいと言ってくれたけど、私はやっぱりに気にしていました。いつか春翔の負担になり、春翔を苦しめるのではないかと言う恐怖があったからです。春翔がフランスに旅立ってから、私は父の介護と母の生活の面倒をみました。自分に構ってられない日常を過ごす中で、外見だけでなく、心も急ピッチで老いていく自分を止める事は出来ず、そんな自分をある日、鏡に映して見た時に、春翔に付いて行かなくて良かったと心の底から思った事もあったのです。同じように年を重ねても私たちの年の差が縮まるわけではないのだからね。春翔も、あの頃の私のままで時間が止まっていたと思います。今日、私を見て気がつかないくらいおばあちゃんになっている事に愕然としたんだろうなと想像します。春翔も十九年後はおじいちゃんになってるんだけどね。それは、流石に見ることは出来ないのは残念!

 春翔は私にとって掛け替えのない愛おしい人です。だから絶対に幸せな人生を送ってもらわないと心配であの世にもいけません。春翔を知った時から、私の願いは春翔が頂点に立つ事(これは達成してるよね)それと、愛する人がいつも春翔を支え、春翔が心から笑い、幸せを感じる家庭を持つ事でした。その事が私の最後の願いです。

 春翔、こんな私に素敵な時間をくれてありがとう。

 そして、さようなら。

             小川里子


 里子は春翔の店を後にし、東京駅へと向かった。スマホの電源を切った。


「お義母さん、ここのところ体調があまり良くないみたいよ。ボーっとしてることも多いし外にも出ない。痛み止めもしょっちゅう飲んでる」嫁の紗季が涼に告げた。

「そうか。東京に行ってから急に生きる気力がなくなったように感じてたんだ。癌が進行しているのかもな。今度、休みを取って病院についてくよ」と涼は言った。

 

「様子をみてモルヒネに変えて行きましょう。モルヒネを打つと痛みは楽になりますが寝ている時間が多くなります。今のうちにしたい事をさせてあげてください。次は二週間後です。緩和ケアの施設にも連絡だけ入れておきます。その後、空きがあれば入所の手続きをしてください」と担当医から説明を受けた。病院の帰りの車の中で里子は

「涼、仕事休ませてごめんね。一つお願いがあるんだけど、スマホはもう使ってないし、必要がないので解約してほしい」と言って電源の入っていないスマホを涼に渡した。

「いいけど、友達とかに連絡する時、困らない?」

「大丈夫。家の電話を伝えてあるから」

 涼は里子が最後の死ぬ準備を始めたのだと悟った。

 涼は部屋で里子から預かったスマホの電源を入れた。立ち上がったスマホの画面に沢山の電話の着信を知らせる表示があった。どれも同じ番号からだった。名前は表示されていなかったが、それが弘岡春翔からだと、涼は確信していた。涼はその日一晩、母さんの人生を振り返った。母さんは涼がお腹にいる時からずっと母さんで、いつも涼の幸せを願い生活を守るために身を粉にして働いてくれた。それを感謝どころか、当たり前と思い暮らしていた。祖父母の事で大変な思いをしているのを横目で見ながら、自分の両親だから当たり前の事となんだと疑いもしていなかった。そこには母さんという人がいるだけで、小川里子という一人の感情をもった人間なんだとは思いもしていなかった。自分はどうだ。三十過ぎても親のスネをかじり、出来ちゃった婚で籍をいれ、母親の家に転がり込み、この家だって祖父母の残した家と母親の家を売ったお金を頭金にローンを組んでいるのに、あたかも自分が建てましたと大きな顔をしている。そして、親の面倒を見ている模範的な息子だと世間は見ている。本当は違う。親の面倒を見させてもらっているのだ。子供が築く幸せな家庭や孫の成長をみるのが幸せなんて上辺だけのことで、一個人の人としての幸せはもっと違うところにあるのではないのか。そんな事を考えていると、もうすぐ終わろうとしている母の人生が虚しく思え、涼は泣かずにはいられなかった。

 次の日、涼は昼休みに母さんのスマホから着信履歴に残っている番号に電話をいれた。ワンコールするか、しないかのうちに

「里子」と悲痛な男性の声が聞こえてきた。

「すいません。弘岡春翔さんですか? 僕、小川涼と言います。里子は僕の母です」

「…」

「母は東京で弘岡さんにお会い出来たのでしょうか?」

「ええ。里子、いやお母さんはどうかされたんですか? ろくに話も出来ないうちに手紙を置いていなくなってしまわれて、何度電話しても繋がらなくて。それでお母さんは?」 涼は春翔がフランスに行ってからの里子の事を順序立てて話をした。手紙のことも話し、心より詫びた。

「実は母は病気で余命宣告を受けています。今は僕の家族と住んでいますが、今月末には緩和ケアをしてくれる施設に入ると思います。お願いがあります。母の側にいてやってもらえませんか」最後は声にならなかった。

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