9.
今のは、いったいなんだったんだろう。夜の色を濃くした空を見上げながら、呼吸を整えようとする。混乱する頭に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「エイちゃん」
ある意味、いま一番聞きたくない声だった。けれど、それが非現実な夢から現実に戻ってきた合図のように不思議と感じられた。
「トモくん……」
表札付きの門柱に寄りかかるようにしてトモくんは立っていた。
「どうしてそこに? いつから?」
湧いてくる疑問をそのままぶつけると、トモくんはギャハハといつもの笑い声をあげる。
「さっきから、ずーっと。これ、借りたまんまだっただろ?」
そう言ってトモくんが僕に見せたのは、だいぶ前に貸したウェブゲームが原作のホラー小説だ。もう帰ってこないものだと諦めていただけに、ちょっと嬉しい。
僕は傘を閉じて、トモくんに歩み寄った。玄関の小さな橙色の明かりが、トモくんの持っている本が確かに僕の本だと教えてくれる。
「面白かった?」
「まあまあだな。いかにも作り話って感じだったぜ」
「……貸さなきゃよかった」
読みたいって言ってきたのはトモくんなのに、まったく嫌なやつだ。
嫌なやつだけど、いまはその嫌な感じにも安心してしまって、少し泣けた。
「あ? なんで急に泣くんだよ。これお前の書いた話か?」
的はずれなことを言いながら、トモくんが僕の顔を覗き込む。僕はその顔をぐいと押しやって、笑ってやる。
「んなわけない。これは、勝利の涙だよ。バーカ!」
「あぁ?」
眉をひそめて僕を睨みつけるトモくんに、どうして僕の勝ちなのかは、バカにされそうだから絶対言えないけれど、僕はそれでもいい。勝った事実があるから。カズキのことも許すと決めた。
相合い傘 烏神まこと(かみ まこと) @leaf6
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