第9話  「胸騒ぎ」

 鼻につく腐敗臭と目の前の魔物に対して生まれる嫌悪感。薄暗くなってきた森の中でその影は目の前だけで数個体。おそらくそれは四方に忍び容赦なく自分達を囲んでいるだろう。

 カサカサと木々を揺らしその存在を確かな物にしている。

 吐き気が自身を襲ってきているのがわかる。口で息をしてもその臭いが残り気持ち悪い。

 隣からハイネが何か言っているがそれさえも掠れ、靄がかかったように聞こえるほど、自分には余裕がない。

 前日、食事を終えたオレ達はなんとか日付が変わる前に指定の村につくことが出来た。夜も更けていたこともあり、その場は宿屋で翌日に備えて各自休むことになり、翌朝に至る……今日、《闇の森》へと足を運んだ。

 魔物の大量発生の原因は大抵、《核》と呼ばれる物が存在していることが大半だ。その《核》を破壊し魔物を沈静化する。

 沈静化に成功すれば凶暴になった魔物も落ち着きを取り戻し本来あるべき場所に還るだろう。

 前半……本当に初めの方は良かった。報告書通りに哺乳類系の魔物が大半だったし、襲いかかってくるそれらを各々がやりやすいようになぎ倒していく。

 けれど奥に行けば行くほどその魔物たちは様々な種類に増え、最終的には哺乳類系の魔物の存在はほぼなく、他のものが目に入るようになった。

 どう予想したのかはわからないが前日の昼間に不適に笑った上司を思いだす。


「……遥さん知ってましたね?」

「あら、何がかしら?」


 とぼけるように言いにっこりと口角を上げた姿に少々の殺意が湧いたが無数の赤く光った小さな球体の動きが気になりそれどころではなかった。

 そして陰ってきた日がその数を嫌と言うほどわからせた。

 ザワザワと胸が、背筋がうずく。寒気、嫌悪、なんとも言えないその感覚が気持ち悪い。目の前の魔物やつらに対しての感情なのか? けれどよく知った何かを知らせるうずき。

 頬に伝う汗でさえ嫌悪感を抱いてしまう。


「早く終わらせないと……」


 ハイネが真隣でぼそりと言った。普段冷静な彼女から出たその言葉には焦りが見える。そのせいなのか、この言葉だけがはっきりと耳に聞こえ、残った。


「……予想してたにしても、凄い数ね」

「これを抜けたら《核》がありそうだな」

「でしょうね」

「クロナさん、苦手分野だけど大丈夫か?」

「言いたくないですが立ってるだけがやっとですね」


 もし予想をしていたのなら言っておいて欲しかった。心の準備も出来たかもしれないのに。

 恨み辛みを並べても現状は変わらない。それを踏まえて嫌味を言えば龍騎さんは苦笑いを浮かべる


「『アイシクル』!!」


 ハイネが呪文を唱えるといくつもの鋭い氷の柱が地面から出てきて目の前の魔物に向かって連なっていく。

 魔物は氷の柱に飛ばされたり刺されたりして左右にズレ、自分たちの目の前に1本、道を作った。

 遥さんの声を合図に自分たちは地を蹴り前に進む。その間も左右から襲ってくる魔物をなぎ倒しながら。

 握った愛刀を振り下ろし真っ二つに切る。ズシッと背中に重みがかかったと同時に自分を踏み台にして龍騎さんが跳ねた。

 木の上から襲ってくる魔物を斬り、地に足をつけると振り返り笑う。その笑みを見ていたら余裕のない自分が安堵していくのがわかった。

 魔攻が使えれば、刀も汚さずに済むのに……と、考えに余裕も出来たぐらいだ。

 ふ、と龍騎さんがこちらに居るということ遥さんは?と心配になり探す。

 ……いた。前線に立ち、剣やその脚で襲いかかる魔物の大群をなぎ倒している。さすが……と言うべきか。


「『ウインドカッター』」

「『ヒール』」


 風の刃が魔物を切り刻む。ハイネの魔攻も調子がいいようだ。そのすぐ後ろには琥亜もいて、怪我をした隊員たちに回復魔法をかけたり、サポートをしていた。

 しっかりと各自が得意なやり方で連携を取っている。恐らく龍騎さんがオレのところに来たのはオレの苦手なものが大半になり《いつ動けなくなってもいいよう》サポートするためだろう。

 ふ、と口角が上がる。いくら苦手と言っても逃げる訳には行かない。ましては護るべきものが、目指すべき所がそこにあるのだ。まだしっかりと《動けている》。なら足を引っ張る訳には行かない。

 ――……オレだって、騎士だ。

 マントを翻し1度抜いた刀を鞘に戻す。それから目を瞑った。見たくないなら見なければいい。気配を、音を追えばいい。


「クロナさん?」


 心配そうな龍騎さんの声が聞こえたと同時に戻した刀を抜き右側からくる魔物を斬った。そのまま刀を持ち替え上に振り上からくる魔物も切る。

 後ろからも来てる気配を感じ振り返るが、剣を振る手を止めた。……大丈夫。と目を開けば、流れるように見慣れた赤い髪が目の前で揺れ、襲いかかってきていた魔物を切った。


「……びっくりしたぁぁぁ!」

「!?」

「急に鞘に戻すし!目、閉じてるし!自暴自棄になったのかと……!」

「……いや、さすがにそれは……」


 振り返った龍騎さんと目が合うと、突然大きな声を出す。呆気に取られながら返事をすると大きなため息を返された。


「クロナっ!」


 そんな会話をしていると琥亜の声が響く。

 その声に振り向けば魔物がこちらに飛びかかってきていた。静かに刀を振る。自分は横に、龍騎さんは下から上に。

 動いたことで背中合わせのような形になったオレたちは飛んでくる魔物だったものの欠片を見て、同じように嗚咽した……。


「クロナ!龍騎さん!大丈夫!?」

「大丈夫、大丈夫~」

「琥亜こそ大丈夫か?」

「私は……でも……」


 駆け寄ってきた琥亜に対しヒラヒラと手を振りながらいつもの調子で返す龍騎さん。

 垂れ下がった眉を見て安心させるように頭を撫でると言いにくそうに横を見た。

 周りには魔物がうじゃうじゃと湧いてでている。

 オレたち3人を挟み、何人か事に散り散りになってしまったようだった。


「っ……アイツっ!」


 龍騎さんが何かに気づいて少し声色が変わった。視線を追えば

壁のように立ちはだかった魔物たちの先には遥さんとハイネの姿があった。

 その先に赤い宝石のようなものが光っている。

 ……《核》だ。

 核を壊されないように襲ってくる魔物たちを絶妙なコンビネーションでなぎ直していく。

 ハイネが魔攻で仕留め損ねたものを遥さんが。そして遥さんが進みやすいようにハイネが道を作る。

 けれど魔力も体力も無限では無い。2人の顔に疲労が伺えた。

 出遅れているのは分かっている。だが2人を追うように龍騎さんと同時に足を出し進んだ。まだ、間に合う。援護出来る、と。




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黒き獣は藤の花に溺れる 澪華 弥琴 @miko-rei

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