第8話『苦手なもの』


「苦手なもの?」


 拍子抜けした声は紛れもなく龍騎さんだった。

 元々は琥亜の唐突な質問のせいなのだが、当の本人は満面の笑みで頷いている。どういった趣旨でその質問をし始めたのか理解に困るが賑わう食堂での待ち時間だ、どうせ暇を持て余しての事。

 早朝から慣れ親しんだ街を後にしたオレ達は道中でよった村の食堂で休息を兼ねた少し早い昼食を取ることになった。

 場所的に目的地のちょうど中間地点だろう。

 人数も考えいくつかの席に何人かに分けて座ることになったのだが必然的に隊長、副隊長である藤野夫婦と琥亜、ハイネ、オレ……と言った面々でテーブルに着くことになったのが数分前。

 各々おのおのが食べたいものを頼み出てくるまでの雑談と言ったところか……。


「そこで苦手なものって所が珍しいわね、普通好きな物じゃないの?」

「そうなんですけど……遥さんってすごい人だと聞いていたので……苦手なものってあるのかなーって」


 手を自身の前でもじもじともてあそびながら言えば遥さんはくすりと笑みを浮かべて頬杖をつく。

 意外な反応に内心驚いた。苦手なものなどないと言うのかと思った。もしくは弱みになりかねないものだ、うやむやにするのかと思ったが遥さんは素直に琥亜の話を聞いている。

 まるで姉のように。まだ幼い妹の話を聞いてあげるような反応だ。

 意面倒見が良いのだと、それで何となくわかる。

 いや、確かに遥さんは面倒見は良いのかもしれない。それ以上に龍騎さんが良すぎるのであって。


「私は湿気とか……室内に籠もるのが苦手なんです。じっとしてられないと言うか……世界が見たくなる。外で何が起きていて、どうすべきなのか、籠もっていたら見えないですから」

「それで脱走姫ってあだ名?凄いわね」

「本だけじゃ見られないものが見れますから!」


 生き生きと話すと遥さんが琥亜の頭を撫でて微笑む。

 琥亜とオレの間に座るハイネは小さくため息を零すと肩を落とした。わかっているからこそ、のため息か。

 そのまま様子を見ていると「私は言いましたよ!」と言いながらずいっと顔を近づけている姿を見て少し呆れた。

 そんなに知りたいのか……?


「私は……寒さね」


 ……だろうな。とその場にいた誰もが思ったような空気が流れる。

 現に今朝方、毛布の塊になっている姿を見た。


「『寒さが苦手ならもっと着込めば良い』って思ったでしょう?」


 にっこりと笑った遥さんの目が笑っていない。オレを含む三人が首を左右に振る中でただ一人、龍騎さんだけが上下に振っていた。

 瞬間、「いっ!」と痛がる声が漏れ、机に頭をぶつける。

 苦手なもの聞いて、龍騎さんがかいがいしく遥さんの支度以上の物を準備してる理由がよくわかった。

 本当にしっかり、サポートしている。


「この人はGが苦手」

「やーめーてーくーれーイニシャルを聞くのもおぞましい」


 机に突っ伏しながら両耳に手を当てて騒ぎ立てる龍騎さんを見てニヤニヤと笑っている。

 ……あ、わざとだ。と、言うよりかとても龍騎さんに近親感を覚えてしまう。しっかりサポートしているのにこの仕打ち……次いで苦手分類を聞いて尚更、だ。

 けれど以外だ。その手の物は大丈夫そうなのに。ただ、龍騎さんのその反応を見る限り本当に苦手なのだろう。

 気持ちはよくわかる。オレも出来ればの名前は聞きたくない。


「確かに見た目気持ち悪いですよね」

「あれ、存在する意味あるか!?不快だっ!」


 いとも容易く倒してしまいそうなのに意外だな、とも思いながら同意してみれば大きな声が返ってくる。

 相当苦手らしく、滅してしまえばいい等とぶつくさと呟いていた。

 同時にわかったことだが、どうやらこの席にいる女性陣は意外と平気なようだ。琥亜なんかは苦手そうな見た目なのに意外と肝が据わっている。

 ハイネに限っては知っている限りその手のものは得意で、そのお陰で何度こっちが困ったことになったか……と考えて怪訝な顔を浮かべた。


「ハイネさんは?」

「私は……お化け、とかそういった類いのもの……」

「あーわかる」


 ハイネの苦手なものを聞いてこれもまた、意外に遥さんが便乗した。「確かに怖いわよね!」なんていいながら盛り上がっている。

 意外と二人とも可愛いところもあるな……と思ったがそれは次の言葉で密かに訂正した。


「「触れられないものは倒せないし」」


 ……そうゆう人達だった。

 確かにいる、いないではなく、触れられるか触れられないかで色々と変わるだろうし、触れられないと言うことは物理攻撃が当たらないと言うことで《苦手》なのだろう。

 ……かわいさを求めたオレが馬鹿だった。

 そんな雑談をしていると、店の女将が料理を持ってくる。各々の目の前に置くといそいそと運んで戻り各テーブルに運び回っていた。

 料理が来たことでこの雑談も終わりか、と思ったがそれは遥さんが許さなかった。


「クロナさんの苦手なものまだ聞いてないわよ?」


 にっこりとフォークを料理に刺しながら言う。

 黙認しよう。そう決めて運ばれてきた自分の料理を口に運ぶ。

 ……が、琥亜の言葉でむせた。


「クロナは蜘蛛とハイネが苦手なんだよねー?」

「……そうなの?悲しい」


 わざとらしく言う姿は全くもって悲しんでいない。むしろ楽しんでいるようにも見えた。

 ハイネのことは冗談だろうがなぜお前が言うんだ、と琥亜を見る。

 琥亜はにっこりと笑い、ハイネは相変わらずの無表情で親指を立てている。

 ……なぜだか非常に腹が立つ。

 遥さんもハイネのことは冗談だとわかったようだがその前に言った奴の名前は冗談じゃないことに気づいたようだ。

 意外ね、と言いながら食事を頬張ると少し考えて遥さんはハイネを見た。

 ……静かに頷いている。なんだ? と不思議に思っていると龍騎さんが声を出す。


「あの手の生き物は魔物にもいるよなぁ……」


 ……討伐目標がそれ系の魔物なら間違いなく不参加を決め込むだろう。

 そして想像したくもない。でも遭遇することなんて……。

 そんな内心を知ってか知らずか、遥さんがニヤッと怪しい笑みを浮かべていた。

 ゾクッ……

 瞬間、背筋に寒気が走る。


「じゃあ、その手の魔物と遭遇したら大変ね?」

「……なにか隠してますか?」

「なぁんにも?」


 問いかけてみてもにっこりした笑みを浮かべるだけ。

 龍騎さんを見ても俺と同じことを思っていたようで首を横に降っていた。

 嫌な予感がする。

 本能的に。そしてだいたいその嫌な予感は当たるのだ。

 それを知るのはもう少し先だった――……。

 

 

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