第7話「意外な同行者」


 数日間、それはあっという間に過ぎていった。何とか支給品では補えない分のアイテムを手に入れることの出来た自分たちはその荷を竜や馬に括り、慣れ親しんだ街を離れる準備を、まだ薄暗く夜も明けきっていないうちから始めていた。

 春ももうすぐ終わるというのにまだ肌寒い時間。

 甲斐甲斐しく動くその様はさすがと言わんばかりに無駄がなく熟 (こな)れていて予定より早く準備が終わりそうだ。

 自分にとっては初めての遠戦……討伐だ。けれど不思議と緊張はしていなかった。それは傭兵として様々な仕事を熟したことも功を制しているのかもしれない。

 ただ1人、準備など関係ないと言わんばかりに座り、頭を前後に揺らす彼女を除いて、だが。

 とは言いながらも自分を含む誰しもが心配はしていなかった。彼女の準備はきっと彼がしているだろうと思っているし、問題は無いだろう。強いていうなれば過保護にされすぎて彼女が拗ねないか、の方が心配だった。

 案の定そんな彼は彼女に小言を言いながらしっかりと気遣い、毛布を渡している。それから、腹巻やら帽子やらいろいろ出すと、機嫌を悪くした彼女が膨れ、毛布だけ受け取るとその身を毛布に包み船を漕ぎ始めた。

 ……いつからか、見慣れてきた光景だ。素直に彼ら……《藤野夫婦》といった感じだろうか?

 そんなことを思いながら遠目で彼らを見ていると今度は遥さんを起こそうとした龍騎さんが返り討ちにあい、豪快に転んだ——……。

 自然とため息をつくと、周りはその光景を見て笑う。やはり、準備は滞りなく終わりそうだ。


「あれが藤野夫婦かぁ」

「……なぜお前がここにいる」

「もう少し驚いてくれてもいいと思うんだけど?」


 いつの間にかオレの隣からひょっこりと顔を出して二人を見て声を出していた琥亜を睨みながら言えば、少し頬を膨らませてつまらなそうに言ってきた。

 驚くも何もオレは鼻がいい方だ。琥亜の匂いがわからないはずもなく、あまり驚かないだけなのだが。


「もう少し驚いてあげたらいいのに」

「どあっ」


 真後ろから声を掛けられて思わず声が出た。振り向けばそこにいたのはハイネだった。……訂正する。鼻はいい方だがハイネだけはわからない。

 ふと、琥亜とハイネの格好を見る。琥亜はいつもとは違い、髪を高い位置で一つに束ねて動きやすそうな服装をしていた。

 ハイネに限っては髪こそまとめもせず、そのままだが、普段はモノトーンの服を着ているにも関わらず、騎士団の服を着ている。

 ざわざわと他の隊員たちがオレたちの方を見て話し始めた。

 まさかついてくる気じゃないよな?と不安に思いながら二人を見れば琥亜がにっこりと悪戯に笑った。

 ……嫌な予感が的中したらしい。


「ハイネ」

「許可はもらってある」

「そうゆう問題じゃ……」

「クロナさん」


 ハイネに近づき怒りを露わにしてみるが、ハイネにそんなことは効くはずもなく、平然と言ってのけられた。

 そうじゃない。そもそも討伐の意味を分かっているのか?と言ってやりたい。危険な場所に一国の姫を連れていく意味が分からないと怒っているというのに。

 そんなオレに声を掛けてきたのは龍騎さんだった。他の隊員たちがざわつく視線の先に自分たちがいたので声を掛けてきたらしい。


「お初におめにかかります、藤野……龍騎さんですよね? 私は琥亜、こちらはハイネ。今回は同行の許可をありがとうございます」


 オレの気持ちは完全に無視して勝手に自己紹介を始めた琥亜に龍騎さんは「あぁ!」と声を出してからにっこりと笑い自身も自己紹介をした。

 じとっと見れば困ったように笑い、手を立ててヘコっと軽く会釈する。「断れなかった」と言う意味だろう。

 それはわかる。龍騎さんのことだ、確かにそうなのだろう。

 けれどなぜだろう?これが遥さんなら立場などは関係なく、面白そうだから、という理由で連れていきそうな気がしてならない。

 そして同時にこんなところで権力を使うなんて……と思うと怒りを通り越して呆れてしまった。

 いくら簡単な討伐と言ってもあくまで魔物退治だ。それなりに危険も伴うというのに……。

 もちろん自信が無い訳では無い。この小隊の実力からしたら問題もないことだろうし琥亜自身も我が身を守る術は少なからず心得ている。それにハイネもついてきているんだ、琥亜の安全は保障されているも同然……なのだが。

 最善の注意を払うだけだ……と、そう自分に言い聞かせて同行を自分で納得するしかないのだろう。どうせついてくるのは変わらないのだから。


「クロナ」

「背後から話しかけるのをやめないか、ハイネ」

「クロナが負けたのはあの人?」


 背後から淡々と話しかけてきたハイネに淡々と返しハイネに振り返るとハイネがある一点を指さした。

 指の先を見ればそこにあったのは人物……とは言い難い丸まった毛布なのだが、あれが人だとよくわかったな、と少し絶賛してしまう。

 いや、仮にもハイネも今は侍女をしているが騎士の端くれだ。彼女の異名を聞いたことがあるのだろう。

 ……今は毛布の塊にしか見えないが。


「あの人なの?」

「そうだが……」

「そう」


 ずいっと近づかれて驚き答えれば、スッと離れて黙ってスタスタと毛布の塊に近づいていく。

 何なんだ?一体……と呆気に取られているとハイネは毛布の塊を軽く突っついた。もぞもぞと塊が動き顔を出す。

 あぁ、間違いなく遥さんだった。

 挨拶だろうか? 2、3言話した後、丁寧にお辞儀をして何かを渡している。……書類のような何枚か重なった紙だった。

 遥さんはソレを受け取るとペラペラとめくり一通り眺めてから渡してきたハイネを見て何かを話し始める。

 そんな二人を遠目で見ているといつの間にか挨拶を終えて雑談をしていた琥亜と龍騎さんがオレの左右に並んだ。


「あれ?ハイネは?」

「あっち」

「遥も起きたみたいだな」


 三人で二人の様子を見ているとこちらに気づいた二人が話しながらこちらに向かってきた。

 思ったよりも会話が弾んでいるらしい。


「準備は終わった?」

「滞りなく」


 遥さんが準備の様子を龍騎さんに聞く。すかさず答えると遥さんは口角を上げて周りを見た。

 ガヤガヤとしていた周りが静寂に変わる。


「そんじゃあ……討伐 (しごと)に行くわよ!」


 遥さんのその言葉を聞き小隊全員が歓声を上げる。賑やかな人たちだ。……でも嫌な賑やかさではない。

 まだ慣れないその活気に少し戸惑いつつ、意外な同行者を含んだオレ達は街を後にした。


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