第6話『道具屋さん』
「うーん、ちょっと難しいかな」
そう言ったのはクリーム色の髪をハーフアップにした女性だった。差し出したリストをカウンターに置きながら、苦笑いを浮かべ首を少し傾け言うその仕草はまだあどけなさも残るその顔立ちから愛らしい印象を与えている。
薬草の匂いが充満するこの店は傭兵なら誰しもが知っている店でその亭主であるこの女性もまた、ある意味で有名な女性だった。
ふんわりとした見た目と打って変わって彼女が求める素材はとても難しい物もある。下心を持ちながら彼女の依頼で素材集めに行った者は、その後言うにもおぞましい最後になるのだそうだ。
あくまで噂、だが。
実際の所、彼女の依頼内容は薬草集めの間の護衛で、彼女の知識はとても豊富だ。だからこそ起こるトラブルもあるというもので……天然な発言に自分も何度痛い目を見たものか……。
過去を振り返りそれを断ち切るために首を左右に思いっきり振った。
「昔お世話になったクロナさんのお願いだし、聞いてはあげたいけど……」
「無理は承知の上だ。雪さんの負担も大きいことも承知している」
「でも、頼みたいんだよね?」
「……すまない」
下を向きながら言うオレにうーんとうなだれるような声を漏らして考えている。
それは彼女を見なくてもわかるほどだ。とても困っている、と。
置かれたリストを見ていると亭主の……雪さんの白く細い指がメモの上を行ったり来たりし始めた。
「もちろんこんな無理は今後言わない、だが、もし聞いてくれるのなら……」
すかさず言葉を綴りながらポケットの中から二枚の紙を出してリストの横に置いた。
疑問そうな顔を浮かべながらその紙を見て息を飲んだのがわかった。
淡々と説明を始めると眉が段々と垂れ下がっていく。困惑した顔だ。
「あなたが以前言っていた一般人、傭兵は立ち入ることの出来ない禁止区に連れて行こう。同時に、その場に生えている希少価値のある薬草を持ち帰る事を許可する書類だ、責任者の許可もしっかりもらってきた」
「それじゃあこっちがもらい過ぎている気がするけど……?」
「それぐらい無理させてしまう数だからな。それに……昔助けてもらった恩も同時に返したかった」
「……強情だなぁ、あのときのことはもう良いっていってるのに」
かたんっと音を立てながら椅子に腰掛けるとため息をついた。それから呆れた声でしぶしぶと言わんばかりに承諾してくれた。
感謝の言葉を綴れば逆に感謝されてしまう。
「まぁ、希少価値のある薬草、は……気になるし、ね」
と、もごもごと言う姿は成人女性とは思えないほどあどけない少女に見えた。それからは話が早かった。
この場で貰える物は持ち帰り、今この場に無い物は明朝、取りに来る手はずになった。
「クロナさん」
準備してくれた道具を受け取り、その場を後にしようとすると呼び止められた。振り返ると暖かなお茶を手渡される。
問えば彼女は困ったように笑った。
「うちが傭兵さんたちのよく来る店って知って、外の人が気をつかってくれたんだよね?」
良く思わない人もいるから。と付け足しながら言う。有り難くそれを受け取るとその場を後にした。
扉を出ると見慣れた赤が店の壁に体を預けながら立っていた。
龍騎さん、と声をかければ壁から体を離して悪戯をしたかのような顔で笑う。
「お、その荷物は交渉成功って事かな?」
「……はい。すみませんついてきてもらったのに外で待たせてしまって」
申し訳なさそうに言うと手を振りながら冗談交じりで「有名人だから良いんだよ」とまた笑って見せた。
「でもまた大層なもんを渡したなぁ」
先ほど雪さんに渡した書類の事は龍騎さんには話してあった。危険区に入るにも騎士団所属の騎士が一緒に入って行かなければいけない。
いわば自分の仕事が増えるだけだ。そこまでしてここではないといけなかったのか?と言われてしまえばそれまでなのだが、やはり使う物だ、信頼の置ける所で入手はしたい。
「まぁ、オレだけが行くわけじゃないですし」
「……それ巻き添え食らうの大体察してる」
「宜しく御願いしますね、副隊長殿」
わざと嫌みったらしく言うと手を差し出された。
持っていた荷物を少し渡すと同時に雪さんからもらったお茶を渡す。
首をかしげながら受けとった龍騎さんに説明すると一瞬驚いた顔をしたが素直に受け取り一口飲んだ。
「あっつ!」
ためらいもなく飲んだそれが思ったより熱かったらしく大きな声をだす。
おそらく雪さんなりの配慮だろうか?いや、きっと彼女の事だ、いつものうっかりだろうな、などと考えながら必死に息をかけ冷やそうとする彼を見て自然と口が緩んだ。
まだ日は浅いけれど、この小隊に入ったことは後悔しないな、と自覚しながら小さな町の道具屋さんをあとにした。
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