第40話 夫婦のあり方

 週末の朝。

 目が覚めると、若者が私の手首を掴んでいた。


 何かあったのか、昨日の夜の記憶をたどる。金曜の夜だからとワインを飲んで、止められたのにお風呂に入った。そのせいで酔いがまわって……寝た。


 若者と目が合う。

 「もっと過激な夜が良かった?」若者が真顔で聞く。

 「何?何?私、大丈夫?」

 「俺が大丈夫じゃない!変な色気ですり寄ってくるから理性が吹っ飛びそうだった」

 欲望か怒りか、どちらかわからないけど我慢して私の手首を掴んだのか。思わず私が口にした「かわいい」との言葉に若者が挑発的な顔で言った。

 「俺は明るくてもいいけど」



 朝からイチャイチャしているところにインターフォンが鳴り、二人して飛び起きた。


 最近では若者の友人である珈琲屋の息子は遠慮しないで遊びに来てくれるようになり、私の友人は旦那と喧嘩をするとプチ家出をしてくるようになった。

 今日の訪問は私の友人だ。一人っ子の私にとって友人が来てくれることは、理由はどうあれ、嬉しいことだった。

 ただ、タイミングが悪い。急いで出迎えたが、ママに隠れてキスをした娘の気分だった。


 「二人は喧嘩することない?」

 若者が出した皿に友人が持参したリンゴを剥いては入れていく私を見ながら友人が言った。

 「普通に喧嘩するけど、気まずさに耐えかねて早めに言い合うし、仲直りも早いかな」



 私たちの母親のアドバイスは間違っていなかった。逃げ場のない狭い家で、気の短い私には長い時間の不穏な空気は耐えられないのだ。



 「家出するならうちにおいで。ウェルカムよ」

 「余計なことを言わないでください」

 若者が友人の発言に慌て答えた。




 昼前に友人の旦那が有名店の生そばを持ってやって来た。

 「二人が喧嘩すると美味しいものが食べれるね」

 若者は無邪気だ。二人の喧嘩の決着がつくまでランチはお預けなのに。


 私が冷蔵庫にある野菜で天ぷらを作る横で若者が蕎麦を茹でる準備を始める。そう、私たちはキッチンに避難していた。



 「まさか、こんなに早く結婚するとは思わなかった」

 「確かに」

 すっかり仲直りした友人夫婦が私をネタにしている。


 「そんなに早かった?」若者が私に聞く。

 「友達になるのもハードルが高いじゃん。なかなか心を開かない人が付き合うのも早かったし、付き合ってから結婚までも早かった」

 私の生き辞書である友人が答える。

 「あの夫婦の今回の仲直り時間と同じくらい奇跡的な早さだったと思う」

 私は嫌味で応酬する。

 「この若者がやり手なんじゃないか」と友人の旦那。

 「そう言えば、彼の包容力を感じた時の男臭さに惚れ……」

 「お食べ」

 私は友人の口に南瓜の天ぷらを押し込んだ。


 「こんな気の強い人のどごが好きなの?」

 友人が南瓜の天ぷらを咀嚼しながら若者に聞く。私が気が強いことを若者が否定しないとは、どういう事かと抗議の意味をこめ視線を送ると、朗らかに「内緒です」と答えていた。




 その夜、テレビ中継のサッカーに夢中になっている若者に気になっていたことを問いただす。

 「気の強い私のどこが好きなの?」

 「抱くと意外と華奢なとこ。腰からおしりにかけての触り心地」

 若者はテレビから目を離さず答える。180センチ70キロの若者に比べたら誰だって華奢になる。

 「馬鹿だね。身体が目的なら、もっと若くて綺麗な女性は沢山いるのに」

 「想定の上をいく反応」そう笑って「そこが好き。でもさ、その柔らかさと昨日の色気は反則だよ」と真顔で言った。

 「当分、からかわれるのね」と受け流す。柔らかいって贅肉だろう!好きなとこと言われても全く嬉しくない。



 「誰とも比較せず、無条件で受け入れてくれるとこ」

 囁くような小さな声が聞こえてきた。私は驚いて若者を見た。



 夫婦になっても自分の心をさらけ出すのは恥ずかしくて勇気がいる。 だけど、必要なことなのだ。その気持ちが想像以上だったとわかった時、嬉しいでは言い表せない幸せを感じた。




 どんな状況にも人は慣れてしまう。穏やかな生活が幸せだとわかっていても例外ではない。その幸せをちゃんと感じられるように言葉というスパイスは必要なのだ。

 この先、私たちは些細なことで喧嘩したり、深刻なことで悩み悲しんだりするだろう。でも、ちゃんと二人で、時には周りの人たちの助けを借りて、乗り越えていける気がした。



 夫婦のありかたは一つじゃないんだから。


                                  END

 

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日常にスパイスを 真夏 @natsu-i

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