第39話 家族になるという日常
新婚旅行から帰って仕事に追われる日々が戻った。
でも私たちは新婚旅行そのままのような新婚生活を過ごしていた。さすがに人前ではやらないが、ハグや軽いキスは多く、私は自分でも驚くぐらい甘い生活を過ごしていた。
意外とイチャイチャすることにむいているようだ。
最近の若者は私に「些細なことでもいいから何でも話して」とは言わなくなった。代わりに「何でも聞くよ」と言ってくれる。
くだらないことでも話してしまう、魔法の言葉だ。
私たちは結婚する際にお互いの母親から風変りな結婚のアドバイスを貰っていた。
若者の母親からは喧嘩しても逃げ場がない狭い家に住むこと。
私の母からは嫌な事があった時は空腹は避けること。
それを聞いて私たちは二人で決めたルールがある。どんなに喧嘩しても怒っていても、「おはよう」や「お休み」という挨拶は絶対すること。喧嘩している時は勇気のいる言葉になるが、いずれ甘い時期には終わりがきて、落ち着いた関係になっても守ることができるルールだ。
今は甘い新婚生活を楽しもうと思う。
若者の職場では結婚のお祝いと称しての飲み会が何日か続いた。
私は結婚したことを直上の上司である部長にだけ伝え、会社への届け出をした。
メールも表示も旧姓を使用している。結婚指輪をしているが、部内の未婚の女性が左薬指に恋人からもらった指輪をしているため、結婚したと思われていないようだ。
陰で「見栄で付けてる」とか「新しい恋人ができた」とか色々言われているのは知っているが、直接聞いてくる人間もいない。特に隠す必要はないのだが、本当のことを言っても噂に火を注ぐだけだと放置した。
そのうち部長が話のついでに誰かに話すだろう。私の耳に入らずに噂話で終われば、それでいいと思う。
金曜の夜、急に部内有志で飲み行こうとに誘われたが、若者と待ち合わせをしている東京駅に急ぐ。新婚旅行のお土産を持って私の実家に行くためだ。
先週末、若者の実家に行き甥っ子達に大歓迎をうけた。今日は愛犬の歓迎を受ける。どちらも熱烈なことに違いないが、私は今回甥っ子達の人気を独り占めした。
私の母が幼少期にしてくれたように「ヘンゼルとグレーテル」を劇的に読んで聞かせたのだ。女の子だったら号泣してたかもしれない、それくらい満足する出来だった。
私は本のセリフの「これこれ小さな男の子、こっちにおいで」と言いながら近くにいた甥っ子の手を握った。甥っ子は怖がるどころか大興奮で大喜したのだ。
特急電車の指定席に座り持ち込んだ珈琲を飲むと若者が「犬に童話は通用しないし、奇策はないのかな」と呟いた。
若者が私の実家に泊まるのは初めてだったが、旅行好きの父と会話が弾んでいた。愛犬は明らかに不服そうな顔だが唸ることはしなかった。
その夜は客間に旅館のように二つ布団をひいた。
「別々の布団で寝るのは久々だね」枕を若者に投げ渡した。
「この布団の微妙な距離感、かえってエロくない?」
若者はそう言っておきながら、私の布団に入ってきて私をきつく抱きしめ、すぐに寝落ちした。
父と一緒にお酒をかなり飲んでいたが、緊張で酔っていないと思っていた。違うようだ。親に見られませんようにと願いながら私も眠りについた。
翌朝、若者が起きてこないので様子を見に行くと、愛犬が若者の顔を覗き込んでいた。
「目があったら顔がなくなるかと思った」
朝食のパンをかじりながら若者が愛犬を見つめ言う。愛犬の方も唸りもせず無表情に若者を見つめ返している。そのパンを見ているのかもしれないが。
「顔がデカいから一瞬引くよね」私も経験がある。結構なインパクトだ。
「朝の挨拶をしたのか。いい子だ」
父が若者を恐怖に陥れた愛犬を的外れな解釈で褒め犬バカぶりを発揮した。
朝食後、じっと座っていた愛犬に若者が犬用のおやつを持って近づき「お手」と右手を出した。すると愛犬が抵抗なくお手をした。低く唸りながらだったが。
「警戒心の強いところが、そっくりだ。そこが魅力かな」
若者の発言に私は赤面し、両親は「変わっている」と囁き合っていた。
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