第38話 新婚旅行
9月。
私にとって二度目のパリは新婚旅行だった。
若者は学生時代にバックパッカーとして、私の一回目のフランス旅行はモンサンミッシェルやベルサイユ宮殿、ロワール地方を周遊したものだった。
今回はパリだけだ。オペラ座まで徒歩でいけるアパートメント式ホテルを拠点に、一日だけ日帰りでワイナリー見学をするが、それ以外はパリを満喫する。
パリの街は居心地が悪いぐらい綺麗だ。
朝、カップルが抱擁とキスをかわし、駅前で別れる姿が映画のワンシーンを見てるようだ。私も開放的な気分になり、若者の腕に手を絡ませオペラ座公園からオペラ座に向かって歩き出した。
オペラ座。通称オペラ・ガルニエ。
若者がオペラ座の外観について目を輝かせて話している。
「遠くからみるとウェディングケーキのように見えるけど、あれはギリシャ神話の芸術の集う山なんだ」
私にはウェディングケーキには見えないけど、水を差すようなので黙って聞く。若者が屋上を指さした。
「あれがアポロンで、あっちがミューズ。あれはペガサス。ギリシャ神話のパルナッソス山の話は知ってる?」
「うん。ミューズたちの競演が楽しくて山が膨らんでしまったのをベガサスが山の頂上を蹴って鎮めた。ベガサスが蹴った地点から泉が出るって話だよね」
「だからヨーロッパの噴水にはベガサスの彫刻があることが多い。もし、オペラ座で火事になったら、屋上のペガサスから何トンもの水が出るらしよ」
「芸術的なのに徹底して神話に忠実。リスペクトだわ」
オペラ座の入り口についた。これから見学ツアーに参加する。若者は建築的興味から、私は「オペラ座の怪人」の舞台を見れると興奮気味で建物に入ると、そこは正面大玄関だ。ホールが大きく広がり両サイドに波を想像させる大階段があった。
「口が開いてるよ」若者に指摘され、慌てて感想を言う。
「豪華だけど、少し、おどろおどろしい感じがする」
「ガルニエ(オペラ座の設計者)は女性の子宮をイメージしたらしいよ」
「変態だ」
「フランス人らしい芸術だよ。見習おうと思う」若者が真顔で言った。
その大階段の下にグロッタ(洞窟)があった。これは巫女の安置される水盤とのことだ。グロッタは樹木をかたどった柱があり、階段の斜めを利用した天井に葉っぱの掘り、その下に小さな池が作られ、その水の中央に巫女が鎮座していた。
「この水たまりが、オペラ座の地下深く地底湖が静まり返り、その果てに怪人の隠れ家ある、ところ?」
「ここは地下深くないから」
オペラ座の怪人の地下水路とは随分違う素敵な場所に落胆した私を若者が下手に慰めた。
それでもオペラ座ツアーを満喫したあと、魚屋に隣接する屋台で生牡蠣やエスカルゴ、白ワインを堪能した。
「本の文章を覚えているの?」若者が私に聞く。
「印象的なものはね」
「他に覚えているのは?」
「パリだから、思い浮かぶのはレ・ミゼラブルの最後の文かな」
「何だっけ?」
「ジャンバルジャンのお墓に刻まれた言葉。完全には覚えてないけど『この男、自分の天使を失った時に死んだ。しかし、それもみな自然の道理である。昼が去ると夜がやってくるように』みたな事が書いてあった」
「もっと有名な愛についての名言があるのに。変わってる。他には?」
「じゃ、変わってる感覚をもう一つ。『女がおとなしいの時は二つだけ。ベットの中か墓の下』byカルメン」
「確かに。でも、その変わった感覚も嫌いじゃない。うん、むしろ好きだ」
そう言って白ワインを飲み干した。
海外旅行で何が不満かと言うとお風呂と食事の量だ。
ユニットバスではなく、湯船につかりたい。そして食事はとにかく量が多い。毎日三食、外食だと胃疲れする。朝食は部屋で果物を中心に軽く食べ、ランチは必然的に外食なので、夜はホテルのミニキッチンで簡単に作ったりテイクアウトをした。
それでも新婚旅行最終日の夜、セーヌ川とエッフェル塔が見えるテラスのある素敵なレストランで食事をした。食事からの帰り道、地元のカップルに紛れてセーヌ川沿いを手を繋いで歩く。
「海外に来てやりたいことが一つ残っている。願いをかなえて」
若者が道の真ん中で立ち止まり、私に熱いキスをした。
とてもロマンチックな夜だった。
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