第37話 結婚式

 結婚とは何だろう。


 それを考えている余裕も時間もなかった。



 結婚式を家族だけでする私たちは苦労が足りないと友人に一括されたが、ただ「大変!」との思いだけが先だった。新居は職業上、情報の多い若者がいい物件を見つけてきた。

 問題は結婚式だけだ。

 今から日曜に結婚式ができる日取りはあるだろうか。最短で真夏になりそうだ。

 そして悩ましいのが甥っ子達だ。彼らが参加できる挙式を考えなければならない。つい、食事中に溜息をついた私を若者が笑ってのんびりと言った。


 「話してみ~」

 「結婚式の時期も形式もいい案がなくて。入籍、式、引っ越しの順番と時期を考え直さないと」

 「今度の食事会の時にお互いの両親に相談してみよう。奇策があるかも」


 確かに、私が悩むより妙案が出る可能性は高い。欲張って全部一緒にやろうとしても無理なものは無理なのだ。なるようになると開き直った。



 お互いの両親との顔合わせは神楽坂の小料理屋で行った。

 家族構成や出身地など雑談のような会話が相手の家族を知るきっかけで重要なんだと他人事のように感じていた。

 会話を親任せにし、私たちは日頃食べれない料理に夢中になっていた。


 「二人はどうして結婚しようと思ったの?」突然、私の母親が言った。

 「楽だから」料理から目を離さず二人同時に答えていた。


 その答えに親が呆れているのを感じ、私と若者がいい訳のように言葉を繋ぐ。

 「一緒にいて疲れないと言うか」

 「無理してカッコつけなくてもいいと言うか」


 いい感じに酔った私の父が私に朗らかに言った。

 「さっき、ハモってたな」




 7月の軽井沢。

 私たちは軽井沢で結婚式をあげた。


顔合わせの食事会の時、若者の父親の実家が長野市で私の両親の実家が長野市の隣の上田市で、毎年夏休みに帰省していることがわかり、結婚式を強行できたのだ。


夏の結婚式は最悪と言われているが親族が集まっている時期を選んだおかげで歓迎された。小さな教会で身内だけの挙式だ。若者の甥っ子達も自然の中での教会でのびのびと体力を発散し食事の時は疲れて静かだった。彼らは結婚式の次の日からキャンプ場で夏休みを満喫する。


若者と私は結婚式の翌日の夜に新居に戻った。




 「疲れた!」二人でソファーに倒れこむ。

 引っ越して一か月だが、我が家に帰ると落ち着いた。

 新居は11階建ての古いマンションの5階だ。2DKでその部屋だけベランダが広い。

 私は昔の若者の家のバルコニーがお気に入りだったが、あの部屋に二人では暮らせない。今の私たちの収入では東京でバルコニー付きの広い部屋は借りれない。駅からさらに遠くなったが、生活圏を変えたくない私たちには、この部屋がベストだった。


 若者は部屋の1つをつなげ1LDKのような間取りに模様替えをし、バルコニーにあった縁台は半分のコンパクトサイズにしてベランダに置いてくれた。

 昼間は洗濯物を眺めることになってしまうが、夜は素敵だ。私のお気に入りの場所になった。その場所に若者が私を誘う。


 「これでイベントは全部終わったよね」

 隣に座っている若者に確認した。

 「家族でやる行事は終わったな。新婚旅行がまだだけど、二人だけだから気が楽だ」

 新婚旅行は若者の仕事の関係で9月までお預けだ。

 「はい、私たちの新生活の記念に」私は小さな箱を手渡した。

 「開けていい?」と聞き、丁寧に包装紙を開けた。


 ヤケヌメ色の革のキーケースだ。

 「ペアのものが欲しかったの」

 色違いの赤い革のキーケースをポケットから出すと、若者が嬉しそう笑い、左薬指の結婚指輪をいじっている私の手を若者がそっと両手で包んだ。


 「プロポーズをやり直したい」

 「急にどうした?」

 「二回ともロマンチックとは、ほど遠いから」

 「私たちらしくていいんじゃない?それに他にも忘れられない思い出はあるから」

 若者が見せてくれた夜桜は一生忘れないだろう。それに、初めてキスをした日のことも。



 「これからも隣にいさせて」

 若者が私の左手の小指にピンキーリングをはめた。感激して泣きそうな私に「僕のハンドメイド。念がこもってるから気を付けて」と真顔で言った。

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