三巻販促SS オタ芸・友情出演ウミホタル
「落ち物博物館ですけど、集客のためにもちょっとした出し物をするべきだと思うんです」
「ほぉ」
魔機車のアクセルを緩く踏みながら、トールは生返事を返す。
「博物館の敷地内か、その隣に舞台を作って異世界の無形文化を披露する計画です」
「ほほぉ」
トールは以前双子が披露してくれた『韃靼人の踊り』を思い出す。
クラシック音楽の楽譜やレコードは落ち物としてこの世界にもやってきている。地球のモノだけでなく他の異世界の音楽作品や劇の台本も合わせればリピーターも狙えるだろう。
「そうなると、異世界の楽器もそろえる必要があるのか。図面や制作方法が書かれた本なんかも欲しいか?」
いま魔機車は海沿いの町へ向かっているが、次の目的地は芸術の都クラムベローになるだろうか。
そう考えて、トールは脳裏で道順を思い起こすが、続くユーフィの一言で白紙になった。
「いえ、オタ芸なるものをトールさんから詳しく聞きたいです」
「……は?」
予想外の方向から飛んできた単語にトールは思わず聞き返す。
ユーフィとメーリィは同時に逆方向へ首をかしげた。
「クラシック音楽などはクラムベローでも演奏されています。真新しさがないと集客には向きません」
「ですが、電子記録媒体に移行してからの文化はこちらの世界で再生できず、断片的な情報にとどまりがちです。たとえばオタ芸」
「古い物ほど複製されたりして母数が増え、結果的に落ち物としてこちらに来やすくなるというのもあります」
「新しい文化ほど情報が少ないです。私たちもオタ芸については詳しく知りません」
「俺も知らねぇよ!?」
トールもせいぜいテレビの特集で見たくらいで、詳しく知らない。九年以上も前の記憶なので細部も曖昧だ。
「えっと、ケミカルライトっていうの? 棒状の光る奴を振り回して踊るんだよ――」
説明しているうちに目的地の町が見えてきた。
すっかり日も落ちて、町の門が閉ざされているだろう時間だ。
小さな町なので序列持ちであることを告げれば融通を利かせてくれるだろうか。そんなことをトールが考えていると、双子が魔機車の窓から海を眺めて何やら思案を始めた。
トールも運転席の窓から海をちらりと見る。
海がぼんやりと幻想的な青い光を放っていた。波の動きに合わせて揺らめく光は美しくも儚い。
「海ほたるか」
刺激を与えられると発光する海の生物、海ほたる。五ミリメートルに満たない小さな甲殻類だ。
中々いいものが見れたと満足するトールに、双子が声をかけた。
「トールさん、ウミホタルの発光は酵素の働きによるものなんです」
「蛍と同じだろ」
「正確には別の物質ですね。それにこの酵素は水がないと反応しないんです」
「だから砂浜が光ってないのか」
幻想的な光景が科学的に説明づけられていくのは寂しくもあったが、理解することで生物の神秘にも触れて得をした気分にもなる。
現金なものだと自分に苦笑したトールだったが、双子は情緒を吹き飛ばす計画を口にする。
「なので、ウミホタルをたくさん捕まえて乾燥粉末にしましょう」
「それをガラスで作った棒状の容器に詰めて、水を入れるだけで発光する簡易ケミカルライトが作れます。問題は強度ですね」
「オタ芸から離れて景色を楽しめよ!」
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十年目、帰還を諦めた転移者はいまさら主人公になる 氷純 @hisumi
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