第144話 魔物の鼓動

「見えてきた」

終着点ゴール?」

「そうみたいね。どう……?」

「にゃー」


 半人半馬ケンタウロスを追い立て、行き着いた先に雌や仔も確認出来た。

 どうやらここが連中のねぐらで間違いない。

 背は高く間口も広めな平屋が、中央の広場を囲むように配されている。

 木組みに泥を重ねていることから知能の高さが窺い知れた。

 樹冠が高く昼なお暗い集落から、喧しい蹄の音に誘われ武装した半人半馬が顔を出す。


「ダメ、あたしじゃ見つけらんない」

「右に同じく」

「にゃー」

「パパは?」


 眼と耳の感度を上げた娘たちが一縷の望みをかけて問いかけてくる。


「──“プランB"へ移行。“敵”を排除する」


 放った虚子を基に起こした【地図】に瞑目し、頭を振る。


「交戦の意志を徹底的に叩く。戦意を失くしたものは構うな。但し、魔核が異常なもの、浮上都市ラヴィアンローズの装備を纏うものは戦意如何に関わらず殲滅の対象である!」


「弔い合戦だ! 奪われたものを取り戻せ! 連中に敵に回したものの怖ろしさを刻み込め!!」


「「「応ッ」」」


 指令を下し、続くジョシュアの号に皆が応じる。

 馬追いの勢いが増し、見慣れた武装を持った半人半馬が脱落していく。

 残った馬群は簡素な装いのものばかりとなり、一目散にねぐらへと駆け込んでいった。


 入れ替わるようにねぐらから出てきた半人半馬たちへと目標が移る。


「フル装備はいないけど…」

「かえってメンドウ」

「殲滅だにゃー」

「先に行くね。回収は任せた」

「? トモオさ──」

 

 訝るスザンナが言い終わるが早いか、【身体強化】の強度を上げ、一足飛びに集落の真ん中、広場へと舞い降りる。

 入口へと身を翻し、両腕を腰だめに構えて、背後を取った半人半馬へと獣牙弾ビーストファングを浴びせていく。

 空になった薬莢を【収納】し、次弾を装填する。

 銃手甲ガントレットの砲火の先に血華が爆ぜ、土を叩く音が続く。


「トモー様、無茶が過ぎます」

「僕の弾に当たるようなマヌケはいないでしょ?」


 貫通した弾の先で木々が倒れ、ジョシュアをはじめとするダークエルフの面々が地上へと降り立つ。

 斃れた半人半馬を【収納】する娘たちを認め、集落の奥へと向き直る。


「さぁ、ボス戦かな」


 現れたのは壮年といった顔つきの半人半馬。

 武装は浮上都市製の槍に、元々彼らのものであったであろう簡素な革鎧。

 鞣すというほど立派なものではないが、やはり知能は高いと思えた。

 お付きのものが3頭、盾になるように並ぶ。

 先程殲滅した半人半馬同様、浮上都市の防具を思い思いの部位に身に着け、武器もまた浮上都市製の弓や槍を構えていた。

 ナイフを束ね、槍の穂先とするものもあった。


「トモー様、ここは我々が」

「じゃあ任せようかな。盾は無さそうだけど油断は禁物。対等と思われたら負けだからね」


 ジョシュアの申し出に場を譲る。直属の海エルフが脇を固めるようだ。


 遠のく馬蹄の音を聞きながら、虚子を放って【地図】を更新する。

 馬群は駆ける脚を緩めることなくねぐらの反対側へと抜けて行っていた。

 馬群を構成する有象無象より、一際大きな光点が集落の反対側にも点在することを確認し、そのうちの1つへと向かう。


「トモオ様!?」

「外を片付けてくる。スーたちはジョシュアたちに付いてあげて」


 ブーたれる娘たちを後目に、これまでと同様に樹冠近くへ身体を持ち上げた。



 1つ目は馬群の先にあった光点。

 まるで希望の星に縋るかのように合流しようとするその先へと駆け、光点を挟んで馬群に正対するように位置取る。


「先ずは狼煙代わりにっと」


 【照明】で逆位相をかけ発火炎を隠すが、銃声はそのままに、4頭1小隊を形成していた半人半馬の1頭を撃ち抜く。

 次弾の装填とともに両手に鉈を構え、小隊へと距離を詰める。


「ゴキゲンヨウ。そして、サヨウナラ」


 小隊の中、一番大きな光点の主を【土魔法】の石筍で撥ね上げ、獣牙弾で頭部と馬体腹部を穿つ。

 足元に【照明】を置きつつ、木漏れ日とともに血を浴びる。


 此方を視認した馬群の脚が鈍くなるのを認めつつ、浮上都市製のショートソードを持つ個体の馬体前肢──中肢を鉈で斬り付け、返す鉈で下がる人体部腕──前肢を斬り落とした。


 この世のものとは思えない嘶きには逆位相を当てて耐え、4つの肺から空気をすべて絞り出された頃に頭を落とし、4体目へ視線を向ける。


「何をされたかまだわかっていない貌をしているね。まだ若いようだけど、ダーメ。キミも海エルフウチの子を食べちゃってるでしょ」


 鉈と入れ替わった鬼人刀“櫻華"で人と馬とを分かつ。

 慄えることのなくなった上体の腰帯を掴み、馬群の上へと放り投げ、馬体と比べると小さめな魔核を撃ち抜いた。

 衝撃とともに肉片が馬群に降り、驚いた鳥や蟲が飛び立つ。

  蹴折られた枝や葉が落ちていく中、そこかしこであらゆる鳴き声が響き、地を揺らす。

 頭を抱えた半人半馬たちは上空を一瞥すると、次の光点の方向へと駆け出していった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おーう、やっとるかあ」

「どこの道楽爺ですか。おかえりなさ──って白髪どころか真っ赤じゃないですか!?」

「大丈夫、全部返り血だから。目的が変わっちゃったからねー。悪夢に魘されるくらいの衝撃を残すための演出だよ。“ヒトに手を出したら痛い目みる”ってちゃんと躾けなきゃ」

「見事なまでの悪役ムーブ」

「此方から侵入して反撃を食らったからって逃げ帰るのは論外。リスクは承知の上の目的があって、今回は和解も不可。相手を無視したまま調査、次の地域へと移るっていうには残すリスクが高すぎる。最低限浮上都市の遺産は精算していかないとね」

「それはそうと、スゴい臭う」


 熊人ヒューベアのシルフィが鼻を隠しながらジトっとした目を向ける。


「終わったらお風呂が待ってるから。で、コレってどんな状況?」

「ハッ! トモー様が外縁の目標に向かわれたあと、私以下4名でボス等4体を討伐。ねぐらであったことから【大地土魔法】の効率が悪かったものの、投擲やシールドバッシュによる足元・歩法の撹乱で、さほど時間をかけずに首級を上げることが出来ました」

「ふむ、で、アイツ・・・は?」


 猫人ヒューフェリスのミアが全身のバネを活かし相手を翻弄しつつも攻めあぐねていた。


「──それが、半人半馬の一体が亡骸に縋り付いたので、せめて別れの時間を、と思っていたのですが、大きな嘶きとともに魔核を取り出し食べてしまったのです」


 報告するジョシュアを視界の片隅に置き、ミアと斬り結ぶ半人半馬に目を遣る。


「それであんなマナを纏ってるんだ?」

「見ていてください」


 ジョシュアの合図で放たれた矢は半人半馬へ吸い込まれるように空を裂いて進むが、マナの力場に歪められ明後日の方向へと進路を変えた。


「スーは?」

「強奪の矢でマナを吸収させて硬度と推進力を強化させるように魔法効果を付与しましたが、進路の維持は出来たのですが、相手が硬すぎて皮膚に刺さることさえ…」

「2本目以降は避けるどころか、振り払うこともなかったよねー」

「ぐぬぬ。トモオ様! 何かいい道具ないですか?! もう悔しくって!」

「ミアもそろそろ疲れが見え始めてる」

「いっけなーい! ちょっと交代してくるね!」


 シルフィの指摘にルゥナが飛び出し、ミアと交錯して囮役を代わった。


「熊手でぶち撒けようともしたけど、すぐに間合いを外される。伊達に脚が多いわけじゃなかった」

「アレだけのマナ密度があるんじゃ、地形変更で隙を作るのも難しそうだね。魔核を喰う、か。人類、いや、一般的な動物ならマナ酔いでまともに身動き取れなくなるはずなんだけどなぁ」

「取り込んだマナが発散されずに、体内に留まるのも異常」

「“魔物モンスター”ってことだね。異常な量のマナを帯びていたヤツらは、おそらく上陸部隊・救援部隊子どもたちの魔核を喰っていたんだ。──残すところアイツだけだから、さっさと終わらせよう」

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理系人間の異世界見聞録 ふりおきよし @free-okey-yoshi

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