第143話 容疑者Bの言訳
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──クソっ! 最悪だ!
どうしてこうなった!?
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中学で気侭にやり過ぎたせいで高校こそ地元のバカ公立に進んだものの、世間的には名の通った大学へ滑り込んでみせた。
大学に入ってからは運動系サークルに所属し、夜な夜な合コンを繰り返した。
先輩から過去問を貰えれば代返を当番制にするだけで単位は楽勝。試験中のカンニングの可否さえ分かっていれば、受講登録するだけで単位確定なんてモンまであった。
だから1・2年の内は先輩の荷物持ちから、合コンのセッティング、花見の場所取りまでやった。それこそカラオケで見張り役なんてことも数知れずだ。
道半ばで大学を中退することになった女の中にはオレの子を孕んだやつもいるかもしれねぇ。そんな役得があったからこそ先輩には絶対服従、後輩にも連綿と受け継がれていくハズだった。
3年に上がったとき2年の後輩に幹事を譲った一発目、花見の夜にヤラカシやがった。我慢できずに酔っ払った女と茂みの中でおっ始め、見かけた通行人に通報されてあっけなくお縄。
差し入れついでに顔を出してくれた、卒業したてのOBも引っ括めて全員事情聴取。開放されたときには酔いも覚めて陽が登り始めるとこだった。綺麗だなんて感傷も、大学からの停学処分とOB会・4年生からの呼び出しで吹っ飛んだ。
結局、幹事の引き継ぎはナシとなり後任の選出・育成の不備を突かれ、3年生ながらオレが幹事を続けることになった。
件の後輩は執行猶予がついたが退学処分となりその後は音信不通。女の方は後輩に対して満更でもなかったらしいが周りが騒ぎ立てたため、怖くなって終始被害者面を決め込むことにしたそうだ。結局その女も半年後には大学を去っていったが。
本来3年生は
1カ月の停学期間は
カラオケ屋やまんが喫茶の店員と仲良くなり、呑み屋の店員とも仲良くなった。中退する女子が増えたこともあって、他校とのコネクションも積極的につくっていった。
ちょっとしたマフィア気分をサークルの先輩に捧げ、おこぼれを研究室の先輩に味合わせることで停学の遅れもすぐに取り戻した。
就職は1コ上の研究室の先輩のコネだ。
真面目一辺倒、右手が恋人みたいな先輩におこぼれを与えたのも、就職を見据えてのものだった。
サークルのOBからも幾らか勧誘されたが、大学生活を遊んで過ごした連中だ、碌なトコじゃなかったから全部断った。4年でサークルの実権を握ったオレの方が立場は上だった。
努力の甲斐あって大手の弁護士事務所に見習いで就職し、ほどなくバッジも手に入れた。
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──ここまでは順調だった。アノ女に出会う前までは!
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上司のツテで見合い・結婚を経て子を授かってからオレの人生は狂い出した。
やれ子育てがシンドいだとか、やれ家事で手荒れがヒドいだとか。息子が小学校に上がってもアイツは求めに応じることはなかった。
入所時から仕事は先輩にくっついてたから、痴漢・強制性交関連の事案を熟していた。
学生時代のおこぼれを気に病んで、自己弁護がてら調べていたら詳しくなっていたってそんなオチだ。記憶に残るようなヘマはしてねぇって何度も話してやったんだがな。
出会ってすぐ恋愛関係になってヤることヤッて破局になる、そんな出会いのある店に何度足を運んでんだか。
独り立ちしたあとも実績を積み重ね、手口や判例も十二分に学べた。犯罪者心理を学ぶ上で必要なのは実践だった。オレを踏み止まらせる存在は皆無だった。
行動に移してからは簡単だった。
都心部の満員電車、痴漢の応対に時間を割くことを厭う人間を狙えば、我慢を選択する者が殆どだ。
たまに睨みつけてくる者もいたが、素知らぬ顔で惚けてみせ、勘のいい者はバッジを見て黙りこくった。
それでも効かなければホームに降りて冤罪訴訟の賠償事例を朗々と語ってやれば、痴漢摘発の武勇伝を求める者もビビって尻尾を巻いた。
それでも警察に相談したのか、見知った警官の顔をホームで見かけるようになれば、フレックスタイム制度を活用し、通勤時間をズラしてほとぼりが冷めるのを待った。衝動的な犯行と思わせられれば儲け物だが、イタチごっこに持ち込むだけで十分だった。
ソイツはたまたま見掛けただけだったが、標的条件に合致したから興味が湧いた。
嫌がる素振りこそ見せたものの、毎日付け回しても車両の顔ぶれは変わらなかった。
車両や時間帯を変える小細工をしてきたが、始発から待っていればすぐに見付けられた。2、3日で観念したのか元の時間帯に戻り、相変わらず警官の顔が目に入ることもなかった。
合意が成立したと思ったんだが生理用品を着けはじめた。2週間経っても続いたから欺瞞行為と見なして直接触ろうとしたが、アイツはそれを良しとしなかった。
オレの顔を覗き込み光のない瞳で笑いやがった。
気味が悪くて執着する気が失せ、時間が合ったときだけ行為に至った。
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あの日は電車を待つ間に標的を物色していたら、わざわざアイツが近づいてきた。
いつもより少し早い時間だったが、向こうがその気ならと列の後ろに並んだ。
メロディとともに駅員が列車の通過を知らせる。
思い返せばそれはまるで、オレの日常の終わりを告げるアナウンスだった。
アイツは
けたたましいブレーキ音に甲高い悲鳴が鳴り響く。
阿鼻叫喚と化したホームに駅員が駆け付け、乗客たちの安否を確認していく。
駅前交番から警官が到着するのにさほど時間はかからなかった。
目撃者を募る警官へ、直前のやりとりから面識があったようだとオレを指す野次馬。
近付いてくる警官の中に見知った顔を確認したオレは改札へ向けて駆け出していた。
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──バカか、オレは! 応援に駆け付ける警官は最寄り・手隙の人員となるのは明らかだ。理想は人知れず現場から離れることだった。なのにだ、こんなにもあからさまに逃亡者を演じてしまえば、捕まえてくれと言ってるようなものじゃないか! 多くの目撃者がいて誰の目にも自殺が明らかだったのに!!
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改札を飛び越え、ロータリーへと向かう階段を文字通り転がり落ちた。
入場を制限された駅へ向かう人混みを縫うように、着地した肩も捻った足も痛みを感じぬまま大通りへと駆け抜ける。
人混みの切れ間へ身を投げ入れた瞬間、オレの身体は何も感じなくなった。
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目が覚めれば、見知らぬ場所、見知らぬ顔、思い通りにならない身体があった。
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言葉を解さぬ人外に成り下がり、文明とは無縁の生活だった。
天敵から身を隠し、寒さと飢えに耐えることも幾度となく繰り返してきた。
群れの中でも力がすべてだった。
強ければ食える、食えれば強くなる。単純明快な自然の理がそこにはあった。
道具を作り覆そうとしても、単純な暴力で奪い取られ、力あるものが更に力をつけていった。
それでも天敵との力関係は変わることなく、群れの中でもボスになることは叶わなかったが、食うに困ることは減った。
馬臀に興奮するようになり、血の繋がりも増え、前世の記憶も薄れた。
先日、群れの若馬が新たな装いを纏い、ボスへと挑んだ。
あっけなく一蹴されるだろうという周囲の予想に反し、善戦することと相成った。
すぐに妙な力場を形成する見慣れぬ装いがタネだと気付けど、形勢は緩やかに若馬に傾き、終ぞ世代交代を果たした。
新たなボスの誕生を祝う宴が催され、見慣れぬサルの肉が供された。
“イシ”は抜かれていたが、身を満たす滋養は至高だった。
皆がこのサルの“イシ”が若馬を押し上げたと理解し、次のボスの座を求めて森狩りが行われた。
サルは小さな群れで現れ、すばしっこく樹上を駆け、火を扱う知能があった。
が、馬力差は歴然で、オレも“イシ”を手に入れることに成功した。
数頭の若馬が“イシ”を手に入れたが、“イシ”を重ねた筆頭が盤石の地位を築いた。
“イシ”喰いが群れの上位となり、リーダーを任されるようになった。
誰もがサルの出現を熱望していた。
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