第2話 雨は、まだやまない。

 雨は、優しくわたしたちを包んでいる。

 久しぶりに義則よしのりくんとデートをしたのは、雨足が比較的穏やかで、空から柔らかい日差しの名残すら感じられるような、クリーム色の空が綺麗な日だった。


「あ、あのさ……、沙耶さや?」

「ん?」

「こないだは、悪かったよ」

「こないだ?」

 傘を差しながら隣を歩く義則くんが、ずっと何か言いたげにしていたことを口にした。どうしたんだろうな、とは思ってたけど、まさかそんな前のことを言い出すなんて思ってなかったから、ちょっとだけ驚いた。

「あの、こないだできなかったときにさ、ちょっとわかんなくなっちゃったんだ、俺たちって本当にお互いが好きで付き合えてたんだっけ、って。もしかして、俺って沙耶とそういうこと、、、、、、がしたかっただけなんじゃないか、って」

 傘を差したままどこか自信なさそうにそういう義則くんの胸に、わたしはそっと頭を預ける。戸惑ったような吐息が髪にかかって、きっとわたしは彼に愛されてるんだろうなぁ、って実感できる。避けられているように感じていた数日間は本当に心細くて、苦しくて、泣き出してしまいそうだったけど。

 今なら、義則くんもわたしと同じように戸惑っていただけなんだって、わかる。


 本当に、先輩が教えてくれた通りだった。


「平気だよ、わたしも……ちょっとだけわかんなくなってたし」

「そっか? ……そっか!」

 義則くんを中心に、ちょっとずつ周りが晴れていくんじゃないかってくらい、嬉しそうな顔。思わず、笑みが零れてしまう。どうした?って訊かれたから、なんでもないよって答えるけど、やっぱりちょっと鈍いんだよね、きっと。

 でも、たぶん義則くんの魅力はそういうところ。ちょっと鈍くて、自分の気持ちにも迷ったりしていて、けどなんだかんだでわたしのことを大切に思ってくれているところ。


 だからね、わたしも。

 わたしもそんな義則くんのことはいい人だと思うから、義則くんの前では今までのわたしでいたかった。だから、言わない、言ってあげない。


 義則くんは、知らないよね?

 一昨日、久しぶりのデートに誘ってくれた電話のとき、ずっと霜月しもつき先輩の部屋にいたの。義則くんと通話してる間もキスとか指を止めてくれなくて、声が震えそうになるのをずっと我慢してたの。わたしたちが仲良く話してるみたいで嫉妬したんだって、可愛くない? わたしたちよりもふたつくらい年上なのに、小さい子みたいに嫉妬して……ふふっ。


「ねぇねぇ、ちょっと写真撮ろうよ」

「え、ここで? なんか人も多いじゃん……」

「大丈夫だよ、みんな見てないから!」


 戸惑ったような、けどなんとなく嬉しいのかなってわかる義則くんの顔、ちゃんと写せた。そのことに満足して、わたしは笑う。


 嫉妬するくせに、わたしと義則くんのことを知りたがる先輩。義則くんの話をしていると途中で愛撫を強くして、『そんな顔しながらでもあの人のことを彼氏だなんて呼べるの?』って言われると、それだけで身体中がふわふわしてしまう。

 義則くんとのツーショットなんて見せたら何されることか……楽しみすぎて、身体がちょっと震えた。


 一緒にいろんなところを回って、その帰り。

 わたしは、義則くんに尋ねた――もう1回、こないだの続きをしない?って。戸惑ったような顔で、「いいの……?」と訊き返してくる彼の顔をまっすぐに見つめながら、しっかり頷いた。

 だって、たくさん練習、、したんだから。先輩の指導で、恋人のためなら何でもできる女の子、、、、、、、、、、、、、、、、の演技をし続けた。……けどね、たぶんもう、演技じゃないよ。


 先輩との時間をもっと濃くしていくためなら、なんでもできる。あの綺麗で完璧な先輩が嫉妬して、わたしを独占しようとする、そんな光景を見るためなら、わたしは別に、義則くんとそういうことをするのだって躊躇わない。

「あの……っ、」

 霜月先輩のことを想像しながら、震える声を絞り出す。


「な、なんか……、あの、よろしくね?」

 これからも、わたしと先輩わたしのこいびとを。

 首筋につけられてきた痕を手で隠しながら、期待に顔を赤くする義則くんに微笑んだ。


 雨は、優しくわたしたちを包んでいる。

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惜しみなく、どうか。 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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