第15話

 銀次郎と笹次郎は、二人前十三両もの高価額な軍鶏鍋を食べた。

 二人が軍鶏鍋を食べているうちに、佐々木の殿様の正体が確認された。

 「軍鶏くらべ」の立会人が教えてくれた事を、下っぴきや子分が走り回って確認してくれた話では、八百石旗本佐々木家の部屋住み佐々木蔵人彌吉だった。

 食事を終えた銀次郎は、二百四十七両を懐に屋敷に戻った。


「銀次郎、すまんな。

 せっかく稼ぎ先ができたのに、俺のために行けなくなってしまった」


「いや、そんな心配は不要だよ。

 廉太郎のお陰で悪い虫が収まった。

 大橋家への借金も返済できた。

 残った金で俺自身が軍鶏鍋屋を始めるのもいい」


 廉太郎の心配も詫びも、銀次郎には不要だった。

 廉太郎のお陰で、博打の悪い虫も治まったし、将来の展望も開けた。

 だから銀次郎が旗本佐々木家屋敷ずっと見張っていた。

 そして五日後の深夜、佐々木蔵人彌吉が槍を手に屋敷を出た。

 その眼は異様な殺気に満ちていた。


 佐々木蔵人は全く周囲を気にする事なく悠々と歩いて行く。

 自身番にも堂々と名乗り、大木戸を抜けていく。

 銀次郎は、一緒に見張っていた笹次郎の下っぴきや子分を走らせて、奉行所の柳川廉太郎と腕に覚えのある手先を急ぎ集めさせた。


「さて、ここまで来ればいもういいだろう。

 さっさと出てこいよ。

 俺は人を殺したくてうずうずしているんだ。

 お前が相手してくれないのなら、その辺の夜鷹を突き殺すぞ」


 佐々木蔵人は大川の土手に至ると、その場で銀次郎を呼びだした。


「ふてぶてしい奴だな。

 自分から辻斬りだと名乗るのか」


「ふん。

 辻斬りではなく戦人だと呼んでもらいたいな。

 それに斬っているのではない、突いているのだよ」


「抵抗できない町人相手に戦人とは笑わせてくれる。

 本当の戦人は町人など狙わん」


「好きに言ってな。

 この世はすべからく戦場よ。

 強い者が好き勝手できる。

 その強さが身分なのか銭なのか腕っぷしなのかの違いだけさ」


 銀次郎と佐々木蔵人は、舌戦を繰り広げながら、足場を固め間合いの取り合いをしていたが、話の途中でいきなり佐々木蔵人が槍を突きだした。

 その速さはまるで稲妻のようで、普通の槍使いでは全く抵抗できずにつき殺されていただろう。

 剣客なら、間合いに入ることもできずに、突き上げられて死んでいただろう。

 それほどの神速の突きだったが、銀次郎には利かなかった。


 銀次郎は槍の手元で佐々木蔵人の突きをいなし、そのまま槍を蛇のようにくねらせ、変幻自在の動きで頭部を叩き、脳漿をまき散らした。

 柳川廉太郎が佐々木家に引き取りを打診したが、佐々木家はそのような者は佐々木家にはいないと言い切り、佐々木蔵人は無縁仏として葬られた。

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厄介叔父、山岡銀次郎捕物帳 克全 @dokatu

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