第3幕

 私は酒場のエントランスに立っていた。


「はぁ……すっごい人数。これが人気なのも頷けるわねぇ」


 エントランスの人集ひとだかりに、思わず感嘆の声を上げてしまう。


 酒場のカウンターで仲良く談笑しているグループや、酒場に入ってくる人の声をかけている獣人。


 電光掲示板のお知らせを見たり、持ち寄った武器や防具を自慢しあったりする人達。


 酒場の中央にある六角形の台座の上に浮いてる、巨大な地球儀のような球体がゆっくりと自転している。


「これはアーク・ファンタジア・オンラインの大陸全土が表示されるのよ」


 耳の先が尖った金髪ブロンドのお姉さんが、不意に私に話しかけてきた。


「へぇ〜そうなんですねぇ」


 この球体よりも澄んだ蒼い瞳をしたお姉さんに、私は思わず見惚れてしまう。


 大人な感じの落ち着いた雰囲気を醸し出し、若草のようないい匂いが漂ってくる。


 ……って、本当にいい匂いがしてる!?


「うん? どうかした?」

「い、いえ。なんでもありません!」


 不思議そうに尋ねてくるお姉さんに、私は慌てて首を振った。


 いくら現実に近い再現率だとしても、匂いまでするのだろうか。


「……これってもしかして、最新型筐体だから匂いまで再現されてるって事?」


 私はお姉さんに聞こえないくらい小さく呟いた。


 親切なお姉さんは、見ず知らずの私にこのゲームの事を事細かに説明してくれた。


 この世界は本当の世界と同じくらいの面積を持っている。


 ゲームはオープンワールドで、行けない場所が無いと言う話だし、さらに超がつくくらい自由度が高い。


 結婚システムがあり、自分の街や国ですら作る事が可能。


 さらに種族も自由。


 この数百人もいそうなエントランスにも、人間ヒューマン亜人間デミ・ヒューマン魔族デーモンに、半魔族ハーフ・デーモン、オーク、オーガ、エルフ、ゴブリン、獣人と様々な種族がいる。


 ここにはいない種族もまだいるらしい。



「いろいろとご親切にありがとうございます。初心者なのでずいぶんと助かりました」


 私はお姉さんに深々と頭を下げた。


「それは気にしなくてもいいのよ。それよりも……私が聞きたいのは、そのアバターをどうやって手に入れたのかが知りたいの。見たことがない獣人タイプだけれど……?」


「えーっと……それはそのぉ……」


 困った。

 なんて答えればいいのよ、この質問に。


 運営会社から貰いました、なんて言える訳もない。


 ここは誤魔化しつつ逃げよう。

 友達と待ち合わせしてるとか言って。


「あ、あの。私、友達と待ち合わせしておりまして……親切にいろいろ教えてくれてありがとうございますぅ!」


 背を向け逃げ出そうとして私の小さな肩を、お姉さんがぐっと掴んだ。


「ちょっと待ちなさい?」


 ヤバイ。

 いろいろと聞かれたら、私でも全部を誤魔化しきれない。

 どこかでバレてしまう!


「ええと……」


「ぷ……あはははは! そんなに困った表情しないでいいよ、アリアちゃん」


「え、どうして私の名前知ってるの!?」


「まだ気づかない? わたしよわたし。サエコだよぅ」


「はあああ!? あなたサエコなの!?」


「そうだよ。ちょっと驚かそうと思ってねぇ」


 申し訳無さそうにして、彼女は苦笑している。


 クスクスとまだ笑っているサエコの姿を見て、私は言葉が出ない。


 だって私が知ってるサエコは、黒髪で身長も150くらいしかないのに。

 今目の前にいるのは、身長170はある金髪の女性だ。


「本当にびっくりしたわよ〜。ちょっと心臓に悪すぎ」


「本当にごめんだって。アリアちゃんのメッセージでどんなアバターか聞いてたから、ちょっとからかってみました」


 サエコは小さく舌を出して微笑んでみせた。


「でも、本当にそのアバターは見たことがないタイプだから気をつけた方がいいよ?」


「え……それってどう言うことよ。また冗談とかじゃないわよね?」


 サエコは真面目な表情をして、首を横に振る。


「冗談なんかじゃ無いのよ。この世界じゃあまり目立つとね、そう言う人を襲う連中がいるのよ。ソレに周りを見てごらんよ」


 言われて、私は周囲を見回した。


 確かにエントランスにいる人達が、私をチラチラと見ている。

 中には睨むように見ている人も。


「未実装アバターとなれば、いい気がしない人もいるからね」


「そうなのね……」


「それじゃ、ここにあまり居ても悪目立ちしちゃうから、そろそろいきましょっか」


「……行くってどこによ、サエコ?」


 彼女を人差し指を立てると、横に振っている。


「ここじゃエルフのフィニティって呼ぶこと!」


「……何を言ってるのよ、サエコ……」


 ずぅっと『サエコ』って呼んでいたのだから、今更そんな事を言われても困る。


 サエコは顔を私に近づけて、両頬を摘んだ。


「オンラインのマナーでしょ、マナー。実名で呼ん呼ぶのは禁止だよ」


「あ……なるほどね。それじゃ……フィニティ。それでどこに今から行くの?」


「貴女の実力を測るために、まずはモンスターを倒しに行くのよ、黒猫」


 彼女は真面目な顔をして、私にそう言った。


「……お、おう」


 いまだ慣れない私を、サエコはエントランスから連れ出した。

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