第28話 VS最強の群れ

「虹霓竜、解くよ」

『な!?』

「このままじゃ、ユージオ・バールには勝てないんだ」


 淡々と己の加護を外すと告げたカバキ・オーカクに、虹霓竜は驚きを通り越して不信を感じた。一体いかなる経緯で、この男は己の威光オーラを外すと決意したのか。問い質さなければ、気が済まなかった。


『我がついて、なぜ勝てぬ。せっかく戦が成り立っていたというのに。気でも触れたか』

「いんや。至って冷静だよ」


 カバキは動じなかった。至高の竜は、その言葉の端々から彼の正気を受け取る。受け取ってしまう。なればこそ、カバキの決断、その意図が読み取れなかった。そんな中、次の口火はカバキが切った。


「至高存在でも、おごりってのはあるんだね」

『ぬぅ!?』


 聞き捨てならない発言だった。いかに職業ジョブに縛られているとはいっても、内側から滅ぼしてくれようかと思うほどの発言だった。しかしカバキは、意に介せず続けた。


「驕ってる。自分が最強で、揺るぎない。そういう驕りを持っている。ユージオに、追いつかれるはずがない。そういう驕りだ」

『当たり前だ。我は古の七竜、その筆頭であるぞ』

「だろうね」


 カバキは肯定した。虹霓竜は意味がわからなくなった。ならば、なぜ。己の威光を解くのか。いっそ身体を乗っ取り、暴れてやろうか。虹霓竜は、無言の意志を強めていく。


「うん。怒るよね。でも、コイツは大事な決断なんだ。まず一つ。ユージオは究極の負けず嫌いだ」

『うむ。同意しよう。あの金的を耐えるとはな』

「良かった。で、もう一つ。ユージオは、相手が

『……まさか』


 虹霓竜の問いには、無言の肯定が返って来た。その意味は、虹霓竜にも理解できた。至高竜とて、分かっていないわけではない。かの人間が、人ながらにして己の威光に真っ向から挑み、生存している。この現実じじつを、なんと見るか。だが、だがしかし。


『そんなバカな』


 僅かな希望を込めて、虹霓竜は抵抗した。しかしカバキは、それさえも塗り潰し、言葉を続けた。


「うん、バカだね。でもユージオは、バカなんだ。普通の人間が諦めるところを、そうやって押し通って来た。究極のバカで、負けず嫌いで、無限に成長する。あの爺さんが、怖がるわけだよ」


 だから、とカバキは続けた。虹霓竜は、今度こそ押し黙った。ようやく、カバキの意図するところが見えてきたのだ。


「だから、今度は俺がバカになる。ユージオに、追いついてやる。アイツが遠くへ行っちまう前に、俺がアイツを引き止めるんだ」

『よかろう』


 虹霓竜が口を開く前に、第三の声が割って入った。ここまで出番のなかった、生涯不敗を誇る剣豪だった。


『剣豪、なにを言う』

『血が騒ぎ申した。そもそも、至高竜殿の威光だけであの敵に打ち勝ったところで、我々の意味がありませんからな。腕が鳴り申す』

『然り。かの者には我の後続、魔界の強者ですら膝を屈したというではないか。我にも腕を振るわせろ』


 百八の能力を持つ伝説の魔王までもが、カバキに賛同した。カバキは再び、言葉を続けた。


「俺は、『職業ジョブ・地上最強の生物』だ。最強たちの群れなんだ。だから、みんなで打ち勝つ。ユージオを、最強の座から引きずり下ろす」

『……』


 虹霓竜は押し黙った。押し黙って、押し黙って。少ししてようやく折れた。


『わかった。我も手を貸そう。されど』

「ああ、不甲斐なかったらそうしてくれよ」


 カバキは、鷹揚に肯定した。


 ***


 カバキ・オーカクの身体から七色の威光オーラが消えたのを、ユージオ・バールは見逃さなかった。ジリジリと互いを窺う動きの中、消して集中を切らすことがなかった故の発見である。そしてユージオは、最大の隙を逃さなかった


「長く黙っていたかと思えば、自ら負けを選んだかぁっ!?」


 カバキを嘲り、雷速で右を繰り出す。全てを強化していた威光が消えれば、カバキはひとたまりもなく殴打される。はずだった。


「そんなわけないだろう?」


 カバキは腕で難なく受け止める。ユージオはその肌に違和感を得た。あたかも鋼のように、防御が硬い。骨を砕くことさえ、ままならぬ。


「『鋼肌はがねはだ』」


 カバキが笑った。攻撃的な笑いだった。ユージオには意味が理解できなかった。その硬直が、攻撃の間隙を与えた。


「『無刀丿刃むとうのやいば』」


 右の突き、指を真っ直ぐに伸ばした刺突が、ユージオを襲う。本来であれば筋肉にくの防御に任せるところだったが……ユージオは本能で身を捩り、間合いを取った。先の肌と同じく、違和感があった。


「やっぱり口にしちゃダメだねぇ」


 声を聞いてそちらを見れば、カバキが腕を振るっていた。ユージオはそこに、『刀』を見出した。『ットーサイ』と名乗ったけったいな剣士や、魔軍の四天王が振るった武具。それらと似通った清冽さが、カバキの腕にあった。


「おいおい」


 ユージオは低く身構えた。相手が手段を選ばなくなったというのなら、先刻とは別の意味で脅威となる。次の攻勢に、備える必要があった。


「なんだい」


 カバキが前に出た。構えはなく無造作だった。しかし戦意には満ち満ちていた。ユージオに、惑いが生まれる。次の攻撃は、一体。


「どういう腹積もりだ」


 蹴りが飛ぶ。カバキからの、蹴り上げだった。ユージオは一歩引く。刀のような清冽さは、そこにはなかった。ユージオは、己を恥じた。叱咤した。陽炎が、稲光が、彼の肢体で揺れ動く。


「さあね」


 カバキが、また一歩出た。ユージオも一歩を踏み出す。両者の拳が、一挙に数回、交わされた。パパパンという小気味の良い音が、遅れて響く。現象が、音を置き去りにしたのだ。


「ぬうっ!」


 退いたのは、ユージオだった。頬にアザを作り、口の端から血を流していた。拳闘に似た攻防の間に、なにが起きたのか。


「『先読さきよみ』」


 カバキが、更に踏み出す。ユージオは引こうとして……己に強いた。閃光の如く、前へ踏み出した。先手を取るべく、蹴りを放つ。当たる。しかし手応えはない。鋼に防御された感触が、ユージオを苛立たせた。


「チェルアアァッッッ!!!」


 咆哮一声。逆の蹴りで頭部を狙う。大技。しかし速さを重視した、当てるのが目的の一撃だった。稲光を纏ったそれは、まごうことなくカバキの側頭を狙い――外れた。寸前、カバキが膝を落とす程度に屈んだのだ。ユージオは飛び退き、距離を取る。大きな隙を見せれば、また金的を食らう恐れがあった。


「チィッ」


 小さく舌を打つ。『先読』とやらを使われたと、ユージオは推測した。同時に、その特性にも当たりをつける。一手、否。刹那の先を見通す能力。だとすれば。


「こっちだぁな!」


 地面を一歩、強く踏み砕く。幾多の破砕でひび割れた大地は容易く弾け、内いくつかが即席の弾丸としてカバキへと飛ぶ。同時にユージオもひた駆けた。一種の飽和攻撃。カバキが弾丸を捌く間に一撃を加える腹積もりだ。


「くっ」

「どぉら!」


 弾丸の向こうを見たカバキが、足を引く。だがユージオは稲光とともに突っ込み、腹へ一撃。しかし硬い。


「『鋼肌』か」

「だよ!」


 上からハンマーめいて拳が襲う。両拳を合わせた、見るからに重い一撃。刃なら終わるところだが、鋼ならば。


 ゴッ!


 鈍い音。ユージオは敢えて左腕と頭で受けた。みしりと、骨が軋む。目の前が明滅し、意識が遠退きかける。しかし口の端を噛み切って耐え、一歩踏み込む。実際に鋼だった安堵は、喉奥に飲み込んだ。


「ぜえぁっ!」

「んむっ!」


 先読みよりも速く、鋼を撃ち抜くほどに練り込み、ユージオは突きを放った。それは鋼の肌を打ち破り得る、唯一の手。かつて魔導甲冑を纏った女騎士を内側から倒した技、鎧通し。技を使うという小癪さえ、一旦脇へと退かせた。


「――ッッッ!」


 形をなさぬ蛮声が轟き、ユージオが腕を伸ばす。鳩尾みぞおちを狙った一撃、手応えはあった。しかし。


「かはっ!」


 カバキは立っていた。わらっていた。ユージオと同じく、口の端から血を流して。嗤っていた。


「やられたねえ。やられたよ」

「こっちのセリフだ、痩せ我慢野郎」


 もはや何度目かさえも分からぬ、笑みの交錯。しかしユージオは身を低くし、カバキは異様な構えを取った。筋肉を膨れ上がらせ、四十五度、いや、それ以上の前傾姿勢を取る。両のかいなは胸の前。鉤爪の如く、軽く開いていた。例えるならば亜竜の一種、その攻撃態勢か。


「なんだぁ、その構えは」

「攻めなくちゃ、勝てないんでねえ」

「抜かせッッッ!!!」


 両者の脚が大地を蹴り、手管を放ってぶつかり合う。数え切れないほど重ねられて来た最強同士の攻防が、今また雄々しく始まった。

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