第27話 VS至高竜の威光

 ユージオ・バールは怒っていた。己と目の前に立つ敵、その全てに対して怒っていた。金的の痛みや損傷よりも、遥かに怒りのほうが勝っていた。憤激するような痛みの中で、彼は己に幾千幾万もの罵倒を浴びせた。しかし同時に、絶対に動じぬとも肚に決めていた。相手が嵩に掛かるような真似はしないと決断した。目を剥き、歯を食いしばり、汗を垂らす。だが、声だけは上げなかった。痩せ我慢である。


「よぉ……」


 永遠にも似た時間の後、敵対者へと漏らした声。怒りと殺意を綯い交ぜにした声の後、彼我の距離は瞬く間に開いた。ユージオは小さく安堵した。敵は七色を纏ったままだが、追撃される恐れが減ったのは僥倖だった。


「すー……! ふー……!」


 あくまで姿勢を崩さず、襲撃態勢を維持しながら。ユージオは呼吸を整え、身体の損傷を探る。無駄に跳ねたり、騒いだりはしない。敵に優位を、与えるだけだ。四肢、良し。股座またぐら、良し。心、良し。主観時間では相応にたっぷり、さりとて現実にはそう経たぬ間に、ユージオは戦闘態勢を完全に取り戻した。


「あ゛!!!」


 即座に、ユージオは七色へ向けての突進を開始した。ユージオはカバキの手管を知らぬ。だが七色を纏った時点で、己が吹っ飛ばされた時点で、なんらかの強化系だとは当たりをつけていた。しかし臆することなく、大地を蹴倒す。


「ドォラ!」


 ユージオには珍しい、強引にして大振りの右。カバキがかわす。更に大振りの左。これも足さばき一つ。ならばと更に裏拳。体捌き一つでかわされる。傍目から見れば、怒りに任せた無茶な仕掛けと見えるだろう。しかしその実、ユージオの深いところは非常に平らかだった。己の動きに対する、悠然とした捌き。その間も消えぬ七色。僅かな情報から、勝機を、手管の真実を探る。しばしの攻防の後、ユージオの脳が回答を見出した。


「虹霓竜か」

「そうだよ」


 ユージオのド突くような前蹴りを、カバキが難なく受け止める。ユージオはそのまま跳び、距離を取った。足りぬと、己を叱咤する。再び四肢に稲光が走り、体躯の表面に陽炎が浮かんだ。

 セガール、女魔王、ガイの勇戦奮戦は決して無為ではなく、ユージオを確実に削っていた。特に四肢を撃ち抜かれたダメージは重く、気を抜けば痛みに膝を付きかねぬほどであった。そもそも常人であれば既に敗北し、大地のシミとなっていたであろう。ユージオが、ユージオたるゆえんが、頑健さ、強靭ぶりに溢れ出ていた。


「オ、オ、オオオオオ……!」


 唸るような声とともに、ユージオは全身の筋肉にく戦慄わななかせた。傷痕の描く奇っ怪な絵が、筋肉の膨張によっておぞましさを増していく。収縮……緊張……力み……それはユージオの根幹であり、全てに打ち勝ってきた力の根源だった。


「オ゛オウッッッ!!!」


 そして解き放つ。低く、低く。身構えた獣から轟く蛮声の大音声が、『神々の大地』を引っ叩く。弾丸とさえ形容するのも生ぬるい光速が、七色めがけて猛然と突き進んだ。あぎとを開き、噛み砕かんばかりに、野生の獣が大気を切り裂いた。


「さあっ!!!」


 カバキもこれには腰を落とした。ユージオの、地上最強の生物の全力の突貫だ。いかに至高竜の威光を纏っていても、生半可に受ければ肉体が四分五裂に陥る可能性もある。敗北への緩みを、自ら招く必要はない。全身全てに気を配り、受け止め、圧力を受け流した。

 故に、獣たちの衝突は地割れと閃光を伴った。ユージオを受け止めたカバキの足元から、大地がまたもひしゃげた。ユージオが纏う稲光と、陽炎から巻き起こった炎。そしてカバキの纏う七色の激突が、遠くに立つ大賢者でさえ目を防ぐほどの光を惹起した。


「どぉあっ!」

「ぬううっ!」


 眼光からして真っ正面に衝突した二人が、そのまま弾かれるようにして一挙手一投足の距離を取る。互いに互いを頭突きしたような格好になったが、両者ともに揺らぐ様子は見えなかった。それどころか互いに口角を上げ、肩に組み付き合った。互いの汗が爆ぜ上がるほど、両者はオーラと炎を爆発させ、押し合った。


「~~~ッッッ!!!」


 双方が足をずらし合い、睨み合いながら取っ組み合う。獰猛ささえ感じさせるほどの笑みを浮かべながら、鍔迫り合いめいて仕掛け合う。眼は炯々と光り、戦の喜びに打ち震えていた。


「至高竜の威光まで借りて、ようやくかいッッッ!!!」

「こうでもしないと、吹っ飛んで終わってたよッ!」


 息のかかる距離で、言葉を交わす。両者ともに、ミシミシと骨が高鳴っていた。筋肉にくが、喜んでいた。どちらかが寸毫でも気を抜けばバランスが崩れ、手痛い傷を負う。危ういバランスに支えられた、わずかばかりの平衡だった。


「ならば終われ! 道を開けろ!」

「お断りだ!」


 ユージオが両手首の稲光を強めて押し込まんとする。しかしカバキは絶妙なバランス感覚でこれを耐え、体勢を引き戻す。それどころか、逆に右腕を伸ばして反撃に出た。右足も伸ばし、一気呵成に押し出そうと試みる。だがそこへ。


「押し合い圧し合いだけだと思ったか?」

「っ!?」


 さり気なく仕掛けられたのはユージオの足。雷速の刈りが、カバキの右足を薙いでいく。バランスを崩したところにユージオの反攻が加わり、カバキはあっさりと、天を仰ぐように押し倒された。そこへ伸し掛かるのは容貌魁偉。軽装。総髪に凶相。ユージオ・バール。


「なっ……」

「暴力の時間だ」


 ユージオはカバキに回復の隙を与えず、彼の上に跨った。馬乗りである。下には剥き出しの大地、上には地上最強。並の人間、否、並の生物であれば死を覚悟し、降伏を選択するであろう。しかしカバキは「職業ジョブ・地上最強の生物」である。一撃を受ける前から負けを選ぶ道理は皆無だった。上半身の力を使って起き上がり、ユージオの軽装、その襟元へと掴みかかった。


「まだだよ」

「ぐぬぅ!」


 七色の膂力でカバキはユージオの襟を掴み、強引な返しを試みる。ユージオは左の手でカバキの右肩を掴み、振り落とされまいと力を込めた。ミシミシと音が響きそうな、力任せの攻防。しかしさして長くもない時間の後、ユージオがカバキから離れる形で決着した。いまだ機にあらずと、判断したのか。


「ちと早かったか」

「まだまだ。負けるには早すぎるよ」


 両者とも呼吸を整え、相手の動きを窺う。幾度の攻防を経て、場は膠着状態へと移行した。カバキは七色の威光を、ユージオは稲光と陽炎を携えて睨み合う。当然ではあるが二人の脳内では、幾千幾万もの攻防が想起され、展開されていた。互いに流す汗、ジリジリとした動きに、その様子が見て取れた。そしてその果てに――


「虹霓竜、解くよ」

『な!?』

「このままじゃ、ユージオ・バールには勝てないんだ」


 カバキは脳内存在に、威光の解除を告げた。

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