第26話 VS職業・地上最強の生物

 それは、運命だったのかもしれない。

 自分が歩いて行く方角から、人の形をした弾丸が迫って来ていた。恐ろしく速く、唸りの音までもが耳に入った。


「来るね」

『来たな』


 カバキ・オーカクは内に棲まう至高竜と言葉を交わした。既にユージオの演舞を見ていた彼にとって、この展開は予想の範囲内だった。当然のことだが、衝突すれば大ダメージを負うことは避けられない。さりとて回避すれば弾丸――ユージオ・バールに投げ捨てられたガイ――が、命を失う未来が見える。ならば。


「やれるよね」

『他愛なし』


 虹霓竜が言うやいなや、カバキの周りに不可視の力場が生まれた。ガイの速さを緩め、カバキが受け止められる程度のものにする。カバキは期待に応え、その身体でガイをひしっと受け止めた。


「おっとぉ」


 心は構えようと、声は漏れる。ガイを大地に寝かせ、彼はその射線の先を見た。必然、居た。容貌魁偉、黒の総髪。四肢を撃ち抜かれてなお、敢然と荒々しさを見せつける男。並の人間であれば股間を濡らすであろう凶相が、今は見えぬがくっきりと浮かぶ。『地上最強の生物』、ユージオ・バール。


「ようやくお出ましかい」

「こればかりは、どうにもならないよ」


 ユージオから放たれた言葉に、安穏と応じる。事実、こればかりはどうにもならなかった。大賢者はあくまで、カバキを最後の刺客にしようとしていたのだから。


「そうなるかい」


 およそ十五歩の距離から、声が響く。カバキは腰を落とした。恐らく、来る。


「どっちにせよ、喰うまでだ」


 カッと眼の前が光った気がした。雷速、否、光速とさえ紛うような速さの筋肉にく弾丸が、カバキへと襲い来たった。カバキは脳を回すことなく、反射で決意した。


「亜竜」

『GAA!!!』


 爪先が鉤爪じみて大地へと食い込み、四肢の筋肉が一回り、二周りと膨張する。まだ人が生まれざる遠き昔、人魔を問わず大地を闊歩した亜竜。その内最強と謳われる種の持っていた肉体が、カバキへと反映されていく。迎撃態勢、いざ万全。


「オオオッッッ!!!」

「邪ッッッ!」


 ユージオの突進を、カバキの四肢が受け止める。手四つに組み合い、膂力の全てをもって競い合う。大地に食い込ませた脚がひび割れを誘発し、地面に亀裂を押し広げる。


「遂に組み合えたなあ!」

「ようやくだよ。でも、まだ遠いね」


 互いに嗤う。口角を上げながら押し込み合う姿は、獣が牙を剥き、向かい合うにも似た様相だ。しかし素体の優位か、はたまたカバキの思惑か。徐々にユージオが押していく。


「やはりかあ」


 ユージオが完全に優位となったところで、カバキは自ら大地を蹴り、飛び退いた。ユージオの手を引き剥がすべく、体重の乗ったところで引き落としを仕掛けたのだ。しかしユージオは足を踏み出し、強引に戦闘態勢を維持。両者は六歩の間合いで向き合った。


「次の手品はなんだ」

「こんなのは、どうかな」


 ユージオからの嘲りにも似た言葉を、カバキは平然と受け止めた。そして次の瞬間には、ムクムクとその姿を大きくしていった。英雄神話に伝わる『十の試練を果たした半神』が使いこなしたという技能、威圧的巨体化だ。カバキの持つ浅黒い肌の巨体が、更に大きく、三倍ほどに膨れ上がる。ユージオを、容易く踏み潰しかねないほどの体格差だ。


「しゃらくせえ! どこかの魔王でとうに見飽きた!」


 しかしユージオは敢然とこれに挑んだ。四肢に雷を纏わせ、大地を蹴立てて跳び上がると、瞬く間に目の高さまで上り詰めた。カバキからの迎撃はない。それほどの速さで、跳び上がったのだ。


「チェイリャッ!」

「オオオッ!」


 互いに雄叫びを上げ、技を交わす。カバキは唐竹の手刀を仕掛け、ユージオは側頭部めがけて足を振るった。刹那の後、揺らいだのは巨体の方。ユージオの雷霆が、僅かにカバキよりも疾かった。


「――ッッッ!?」


 傾ぐ巨体。しかしカバキはすぐに態勢を立て直した。全身に気を配って威圧的巨体化を維持。だがユージオの足が目に入る。なんたる滞空時間。慌ててガードするも、腕越しにミシミシと衝撃が走る。恐るべき蹴りの威力。ビリビリと、神経を電撃が苛んだ。


「くっ……」


 カバキは不利を悟った。このまま巨体を維持しても、小回りの面で数段劣る。ならば他の手か。いや、ユージオの前で幾度も手品を振るう余裕はない。それならいっそ。


「やるしかないかぁ」

『まさか』

「出さずに負けたら、只の弱敵だ。そっちの方が、もっと嫌だね」

『さりとて』

「大丈夫。俺は負けない」

『……良かろう』


 できれば出したくなかった、ジョーカーを切る。カバキは決断した。巨体化を解除するさなかに、七色の光を身に纏う。至高の竜が持つ力、『威光オーラ』の顕現だ。


「ぬあッッッ!?」


 ユージオが身を小さく固め、それでもなお吹っ飛ばされる。爆発的な顕現による、波動めいた作用だった。一度、二度と大地にバウンドし、それでも三度目だけは阻止して膝立ちになる。墜落時点の陥没跡が、本来あるべきダメージを物語っていた。


「ソイツが、オメェの切り札かい」


 口の端、あるいは額の頭際から血を流して、ユージオは問うた。彼から見たカバキは、全くもって異様な姿となっていた。七色のオーラを身に纏い、その目は好戦的に輝いていた。


「まだまだやり口があっただろ」

「最初っから全開じゃないと、勝てる気がしなかった。力不足だよ」


 ユージオの挑発にも、カバキは乗って来ない。自身の不足は認めつつ、悠然とユージオへと向かって来ていた。オーラによるものか、彼が一歩踏み締める度、大地にヒビが走っていた。


「だったらけぇんなぁ……!」

「帰ってもいいけど、二度と逢えないだろう?」


 ユージオが構えを取る。両足を肩幅に広げ、右足を下げ、腰を落とす。落とす。落とす。爆発を期した、収縮の構え。足首に稲光が走り、雷速の襲撃態勢を形作る。


「オメェまで言うかいッッッ!!!」

「俺自身は、勘弁だけどねッッッ!!!」


 両者が、大地を踏み切った。どちらの足跡も、あまりにも深い代物だった。両者が、頭からぶつかる。僅かに仰け反ったのはユージオ。そこを逃さず、カバキが七色の右フック。横に吹っ飛ぶ。だがユージオは二回転で立ち上がる。逃さず、迫り来るカバキ。顎を狙った蹴り上げは、体を反らしてかわされる。むしろ股が開いた隙を突かれ――


 ――――ッッッ!


 音にならぬ音が、『神々の大地』に轟いた。金的。それも至高竜の威光を纏った一撃。カバキは手応えを得るた。ユージオの、痛みに咽ぶ様が見えるのか。嗜虐の心が、カバキの顔をユージオに向けさせ――驚愕した。

 逆立つ総髪。ひん剥かれたまなこ。漲る血管。食い縛られている歯。滴る汗。微かに漏れる鼻息吐息。苦悶、悶絶の形相の中にしかし、声だけは上げぬ、泣きはせぬという意地が見えた。真っ赤に染まった凶相には、下手人――カバキへの怒りが見え隠れしている。

 そしてカバキは気づいた。蹴り足の感覚が、訴えていた。七色の蹴りが入ったはずの睾丸。本来であれば潰れる、あるいは機能喪失に至ってもおかしくないはずの場所が、未だ悠然と維持されている。鋼鉄の保護具にでも守られたかの如く、健在である。

 バカな、とカバキは思った。いかなユージオであろうと、剥き出しの内臓を蹴り上げられて無傷なはずがない。ましてや至高竜の威光を借りたのだ。だというのに。


「よぉ……」


 ユージオから声が漏れた。低く、地の底から這いずるような声だった。カバキは思わず距離を取った。今一挙手一投足の距離にいれば、間違いなく斃れる。本能が、彼を突き動かした。


『カバキ、なぜ離れる』

「無理だよ」


 構えを取りながら、カバキは脳内存在と言葉を交わす。前方、十歩先にはユージオ・バールが立っている。獣の形相、怒りに満ちたオーラを引っ提げて。


「アレとあの距離でったら、ひとたまりもなかった」


 カバキの額から、汗が一筋流れ落ちる。戦はまだ、始まったばかりだった。

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