第25話 VS殺意の弾道
ユージオ・バールは怪物にあらず。只の人間の血を引いた、全くもって只の人間である。全ての身体的基礎能力が人の領域を飛び出しつつあるが、それでもなお人である。故に、超高速で放たれる小規模の魔弾には、対処が一手遅れてしまった。当然、連発される弾幕攻勢にはさらに手が遅れた。遅れてしまった。
彼が精彩を欠いたのは、まさにそれらのためであった。必殺必中を期した大型弾――火炎弾やブレス――が相手であれば、ユージオは裂帛の気合と魔素、あるいは
「ぐがっ……」
彼の左足を撃ち抜いたのは、殺意が練り込まれた術式弾であった。小さく鋭く、空気の壁を掘削するが如き回転――ジャイロ回転――を添えて、襲い来る弾丸。貫通術式も織り込まれているのか、容易く肉をえぐり、突き抜けていく。
「がああっ……!」
パパパンッ。
足を撃たれたユージオの元へ、四肢を狙った弾丸が次々と刺さっていった。小気味良い音が奏でられ、ユージオが歯を食いしばる。動けない訳ではないが、大きく動き出す間隙がない。
「ちいいっ!!!」
なおも腕を振るい、弾丸を弾く。両の足を撃ち抜かれ、弾幕に足を止められ、もはや機動力は失われたも同然だった。耐えることは可能だが、敵手は徹頭徹尾嬲り殺しに来るだろう。何者かの、徹底した教えが行われている。ユージオは、殺意の正体を追い続ける。恐らく、あの女エルフの薫陶はあるだろう。だが、それだけにしてはあまりにも深い。もっと淀んでいるし、執念深く練り込まれている。仮に純粋な殺意であれば、とっくに心臓を撃ち抜かれていただろう。そうしないということは。
「最後は自力で仕留める、か」
致命の弾丸をさばきながら、小さくつぶやく。既に彼は、遠くに潜むガイしか見ていなかった。いかにしてガイを引きずり出し、己の領分に持ち込むか。
「ちぃっとは見えてきたし、やるしかねえか」
ユージオは大地を踏みしめる。撃ち抜かれた四肢に力を入れれば、稲光が微かに応えてくれた。たった一つの小さな勝機を、彼は殺意の弾道の中で見出しつつあった。
***
――ユージオ・バールを殺すのならば、決して近寄らず、近寄らせるな。
――ユージオ・バールの首が見たい。宿願叶ったときには、削ぎ落として持って来い。
事実上の二親からの、相反する要求。それを叶える手段を、ガイは術式弾幕に見出した。致命、あるいは必殺の弾丸をかわされたのは想定内――それでも彼は本気で狙ったのだが――だった。
ユージオの戦闘力、機動力を極限まで削ぎ落とし、弱ったところを直に討ち取る。プランとしては二番手に据えていた策だったが、ヘッドショットがかわされた時点で、彼は即座に切り替えていた。遅かったかとさえ思ったほどだった。視覚補助術式で捉えた『父』の姿は、あまりにも疾かった。二発目を放っていなければ、捕まっていたのは己だったに違いない。ガイは確信さえしていた。
ともあれ、策を弄した甲斐はあった。高速連続術式弾は、ユージオを確実に苦しめていた。穿っていた。回転術式に貫通術式を組み合わせ、極限までの省力化によって連発を可能にした独自の構成式は、ガイが想定した以上の成果を上げていた。
「今少しだ」
口の中で、彼はつぶやいた。四肢を撃ち抜かれ、足が止まった『父』の姿は、確かに捉えた。しかし極限まで削らねばならなかった。そうしなければ、一瞬の隙から逆転される。そんな未来が、ガイにははっきりと見えていた。
シャッシャッシャッ。
弓につがえた術式弾を、更に六発追加する。術式弾ならば、本来弓は不要物である。しかし母の教えは、弓をベースにした暗殺術だった。習い得た基本と、戦の中で独自に鍛えた技。その組み合わせこそが、現在のガイだった。血に塗れ、殺しに生きた生涯の中で得た、唯一の宝であり、武器だった。ガイはその唯一の武技を、父を討つために使い尽くす心算だった。
倒れろ。大地に伏せろ。堕ちろ。
焦燥混じりに、次々と弾を放つ。だが完璧に見えていた展開にも、僅かな齟齬があった。彼はユージオの頑健さを見誤っていた。四肢を撃ち抜かれ、足は止まっている。にも関わらず腕を振るい、弾丸をさばいていた。しかも、しかもだ。よくよく見れば、弾丸の側方から手刀を浴びせている。何たる眼力か!
「くっ」
ガイの指に、知らず知らずのうちに力が籠もっていた。速射、連射を犠牲にして、一撃の威力が上がり始めていた。焦燥が、ガイから暗殺者としての冷徹を奪いつつあった。少しずつ、だが確実に、ガイはユージオを削るのではなく、討ち取ろうとし始めていた。
死ね。死ね。死ね。
ガイの狙いが、本人も気付かぬ内に逸れていく。四肢から内臓へ、心臓へと射線が移動し始めていた。肉を穿つべく回転術式に力が籠もれば、射撃の時間がわずかに開く。そして最大の失策は、視覚補助術式を使用していたことだった。
視覚補助の術式は、遠眼鏡の類とは異なり、視覚倍率の調整が自動的――見え方に応じて調整――に行われてしまう。そのため、ユージオの位置に気づくのが遅れてしまった。結果――
***
『それ』に最初に気づいたのは、俯瞰的位置に立っていたあの二人だった。
「見るのだ、カバキ・オーカク。なんと恐ろしい」
「おお、おお」
大賢者が見定め、カバキに告げた光景は、恐るべきものだった。術式弾丸をさばき始めたユージオが、じりじり、じわじわとガイとの間合いを詰め出したのだ。最初は牛歩だったその動きは、今やはっきりと分かるまでになっていた。
「やっぱりすげえな」
カバキが小さく口を開いた。己自身では、どうにもなり得ぬ所業だった。無論、内に棲まう強者達ならば、造作もなく切り抜けるだろう。事実、内側では虹霓竜が吠え立てていた。
『あの程度で凄いなどとのたまうではない。あの程度の射手ごとき、汝と我らならば即座に打ち倒しておるわ』
「そうだろうね。けど、英傑の中には弓矢で竜殺しを果たした者も居たんだろう? どんな奴らだったんだい?」
ユージオの所業を軽んじる至高の竜に、カバキはあえて問うてみた。英雄神話への興味でもあり、竜へのやり返しでもあった。
『そうさな……。例えば、一矢にて大地を叩き割る者。あるいは、八人がかりでようやく引けるような強弓を軽々振り回す者。はたまた、人馬族の猛襲を弓一つにて退ける者。そのくらいでなくば、弓にて我々古竜の打倒はかなわぬよ』
「ん。そうか」
カバキはうなずいた。虹霓竜の主張には、わずかの瑕疵もない。自身が聞かされた英雄たちの寓話も、おおよそそういう『人を超えたなにか』によるものだった。だからこそ、カバキは一度えぐりたくなった。この後向き合うことになる敵への評価を、問うてみたくなった。
「じゃあ、ユージオ・バールは?」
『……』
返って来たのは、無音と、微かな唸り声だった。認めたくないものを見ているとでも言いたげな唸りを、カバキは黙って聞いていた。ややあって、至高竜からは力のない声が漏れた。
『あの程度の虚仮威しで足を止めるは惰弱の一言。されど』
「されど?」
『我らの内、三竜を倒した事実は拭えぬ』
評価に、迷いがある。カバキはそう感じた。彼は、再び足を進めた。先刻はユージオを信じ切れずに進めた足。今度は、敵を見定めるために歩み始めた。
***
「おおおっ!」
破局は、およそ五十歩の距離で起きた。幾重もの一瞬、幾重もの攻防の果てに、ついにユージオが最大の機を見出したのだ。開きつつあった射撃と射撃の隙間を、ついにこじ開けて間合いを一挙に詰めたのだ。稲光が四肢で光ったかと思った次の瞬間には、ユージオはガイと一挙手一投足の距離に居た。そして。
「ぐあああっっっ!!!」
瞬く間に、ガイの素っ首を締め上げた。無論、ガイに油断があったわけではない。訳では無いが、視覚補助術式が明暗を分けた。ガイがユージオの接近に気づいた時には、破局は既に避けられなかったのだ。焦ったことを悔いたガイだったが、時既に遅し。先刻ユージオから視界を奪ったあの手管は、一度きりの曲芸、大仕掛けだった。
「削り続ければ、勝てたろうにな。不合格だ」
「クッ……」
ドオッッッ!!!
地面を砕いて、ユージオがガイを叩き伏せる。接近を許した時点で勝負はほとんど決していた。逆立ちになった、汚い墓標が『神々の大地』に生えてしまった。だがユージオはそれだけで終わらせなかった。
「また狡っ辛い手を打たれてもシャクだ」
墓標をあえて引っこ抜き、足を掴む。ユージオは己の膂力を大いに振るって、息子への折檻を開始した。
「オオオオオ……」
大上段にガイを振り上げたユージオは、雄叫びも高らかに彼を振り回し始めた。大いに削られたはずの四肢に力を込め、力あらん限りに彼をぶん回した。その姿は
「ぬぅんッッッ!!!」
永遠とも思えるような長い演舞の後、ユージオはガイを投げ捨てた。無論その勢いは尋常ではない。ガイは弓を取り落としていたし、とうに気を失っている。このまま地面に打ち付けられれば、死は免れ得ぬ。しかし。
「っとぉ」
偶然か、あるいは狙って投げたのか。射線の先には、一人の男が立っていた。この
「ようやくお出ましかい」
「こればかりは、どうにもならないよ」
ユージオとカバキの視線が、ついにぶつかる。『神々の大地』に到着してから、初めてのことだった。
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