第24話 VS知られざる我が子

「ユージオ・バール。アンタのたねだ」


 ユージオ・バールの耳を、想定外の言葉が叩いていった。発した主を、改めて見やる。中肉中背。弓を提げた男。一見特徴が薄いが、目の力は強く、意志に溢れている。見る限りでは、似ても似つかぬ。だが精気から漂う香りが、男の言葉を裏付けていた。


「なるほどな」


 ユージオは、思わず言葉を口に出した。不可思議な臭いに、理屈がついた。だが。


「計算が合わねえな」


 鼻を、豚の如くひくつかせる。精気から漂うもう一つの香りに、違和感があった。メスの香りが正しければ、少し前に喰らった女――エルフの射手――のそれだった。あまりにも不可思議だが、ユージオは思考を切り捨てた。本筋からは外れているし、先刻の女魔王がいい例だ。大賢者の手管とでも見るのが、妥当だった。


「鼻が利くようで。まるで狗か豚ですな」

「鼻も利かねえようじゃ、三下にもなれねえよ」


 嘲るようなガイの言葉を、ユージオはあっさりと切り捨てた。危険を察知し、回避する能力において、鼻は大切な器官である。ユージオ自身、鼻に助けられたことは多くあった。その鼻が、また一つ兆候を捉えた。ほんの僅かな、策略の臭い。


「ともあれ、相対戦では不利故に」


 ガイと名乗った我が子が、広げた右の手。臭いの正体は、そこにあった。握られていたのは、二つの球体。振り下ろされる。放たれる。


 ちゅどん。


 爆発音、ついで白煙。術式を施した癇癪玉、あるいは煙玉か。ユージオは腕で目を守った。反射、あるいは本能によるものだった。例えば仕込みの破片。例えば毒物。人体の中でも、眼球は特に脆い。いかなユージオといえども、視力を失えば脆弱となり、童相手にすら遅れを取るだろう。

ともあれ、ユージオは僅かに視界を失った。煙が晴れゆく頃には、ガイは忽然と消えていた。最初からいなかったとさえ見紛うほどに、綺麗さっぱりと姿を消していた。


「フン」


 白煙が晴れゆくさまを見ながら、ユージオは口を尖らせた。彼は現実のみを見る。先ほどまでいた敵手が、今はいない。つまり、敵手は徹頭徹尾、射手の領分で戦う腹積もりだ。ならば。


「ハアッッッ!!!」


 腱から腿へ。筋肉を爆発的に稼働させ、地面を強烈に踏み切った。怪物じみた足跡を置き去りに、飛ぶように駆けた。撃たれる前に、間合いを詰める。出したのは、単純な結論。だが。


 ちゅいん。


 殺気は、後背より来たった。わずかな肌感覚と鋭敏な聴覚が、ユージオを頭部狙撃ヘッドショットの危機から救い出した。首を傾げて術式弾を回避し、次の一歩で強引にブレーキを踏む。歯を食いしばりながら、地面に足をめり込ませながら、反転を試みる。その時、再び弾音が響いた。


 ドォン!


 瞬間、ユージオは右足に熱いものを感じた。見る。太腿に、小さい穴。出血していた。なるほど。先の弾丸は。


「囮かァ……!」


 ユージオの顔に、怒気が籠もる。一撃のみと即決した己に対し、千にも万にも及ばんばかりの罵倒文句を、己が脳内で投げつけた。だが立ち止まるわけにはいかぬ。左足を地面に叩きつけ、後方へと跳躍した。瞬間的な間合いの拡張。敵手の第三手が空を切るのを、ユージオは視界に収めた。


「よぉやる……」


 痛みを押し殺しながら、彼は考えを改めた。遠く、百歩以上は先に、うごめく影が見える。おそらくはガイ。次の手を遂行するべく、移動を開始している。良い判断だった。だが戦は終わりではない。己に打てる手を、ユージオは必死に練り上げていた。


 ***


「さすがだねえ」


 カバキ・オーカクは、なおも変わらぬ間延びした声を上げた。しかし、彼は心底から魔弾の射手を褒めていた。特にユージオを撃ち抜いた二発目の弾丸。これにはカバキも驚いた。神技の類かと、舌を巻いたのだ。


「最初に正面に立った時は気が狂うたかとも思ったが……。それでも策で先手を取ったか」


 大賢者が小さくうそぶく。ユージオの死角、百五十歩以上は遠のいて、二人は戦況を見つめていた。先刻会話を打ち切った不意打ち魔弾。そこからの一幕を経て、彼らは荷物――ダウィントン・セガールと女魔王。今なお気を失っている――も引き連れつつ、退避しおおせたのだった。それでも戦場いくさばについて語れるのは、両者ともに術式と加護を行使しているからであった。


「さしものユージオといえども、片足を撃ち抜かれては機動力が落ちる。奴の戦闘力の肝はその機敏さにあるからの。手痛い傷じゃ」


 禿げ上がった頭をつるりと撫でて、半霊体の大賢者が笑った。一方カバキはその姿を一瞥し、首を傾げた。


「確かに手傷を負わせたのは凄いよ。でも、なんで『ここ』を狙わなかったんだい?」


 カバキは、己の右手で左胸を指した。あれほどの術式弾でユージオの胸を撃ち抜けば、おそらくは心臓を止めることさえ叶ったろう。なのに、なぜ。


「嬲り。もしくは奢りじゃの。だが、あるいは……」

「あるいは?」


 大賢者の答えに、カバキは更に問うた。一つ予感に思うものはあったが、あえて聞いてみることにした。


「射手にはあるまじきことだが。直に、己の手で。奴を仕留めたいのやもしれぬ」

「なるほどね」


 カバキは小さくうなずいた。己の予想と、寸分違わぬ答えだった。カバキはユージオとガイの因縁を知らぬ。先の世から来たことさえ、直接耳にはしていない。だが、大賢者の眼鏡にかなうなりの縁はあると踏んでいた。カバキはそれを、『殺意』に見出していた。


『敗北』を縁にしたダウィントン・セガール。

『約定』を縁にした十年後の女魔王。

 そして己は。


 軽く天を仰いで、カバキはもう一度戦況を『見』た。今の彼には、『鷹の目』が備わっている。伝説の魔王――一代で魔界大陸を征し、人界大陸でも寓話にてその統治と振る舞いを讃えられている――が有した、百八の能力が内の一つだった。


『があっ』


 カバキは再び衝撃を得た。ユージオが、いともたやすく左の腕を撃ち抜かれていた。否、小型術式弾の弾幕に襲われていた。目を疑う光景。ユージオの動体視力であれば、その有する暴力であれば。大抵のことはどうにかなるものだと思っていたが。


「これは、あるやもしれぬな」


 大賢者が唸った。彼もまた、現況を見ている。ユージオは必死に弾幕に対して腕を振るっているが、その動きは精彩を欠いているようだった。また撃ち抜かれ、動きを鈍らせる。


巨人殺しジャイアントキリング……」


 カバキがつぶやいた。古の英雄伝説が一つに由来する、番狂わせの形容句だ。とある山に根を張っていた巨人を、投石をもって打ち殺した矮躯の英雄。その能力こそ引き継いではいないものの、仔細と心意気だけは彼の心に幼少より刻まれていた。


『ぐがっ……』


 三度ユージオのうめき声。今度は逆の足が撃ち抜かれていた。両の脚が、その場に留まる。いかなユージオとて、その足が止まってしまえば。


「ユージオ!」


 カバキは叫んだ。叫んでしまった。通じぬとわかっていながら、声を大にしてしまった。明らかに、ユージオの様子がおかしい。大賢者を見る。彼もまた、動揺していた。禿頭を撫で、声を上げる。


「罪の意識か、それとも……」


 カバキの耳に、声が流れ込む。意味はわからない。だが、ユージオが精彩を欠く理由があるというのか。カバキは、無意識のうちに歩みを進めていた。

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