第22話 VS魔弾
ユージオ・バールという男は、戦と狂奔にのみ生きる男と思われがちである。否。それはほぼ事実である。だが狂奔、あるいは狂気の下に、彼は冷徹さを備えてもいた。自他を比較し、相手の土俵に立つことをいかにしてかわすか。戦の内に潜む有利不利を、己に対して厳しく断ずる。そういう能力も備えていた。
よくよく考えれば当然の話だ。ユージオの挑んてきた相手は、多勢や上位種、あるいは魔導甲冑だ。人とは異なる特性を持つ者は多く、人を強化した性質の者もいた。それらを相手に狂奔狂気のままに戦を挑むなど、
それ故彼は、後背から来たった殺意を察知できた。いや、ほんのわずかな空気の違和感を得た。女魔王との延々とした殴り合いの中にあっても、彼にはそれが可能だった。獣性によるものとも言えたし、前述した冷徹さの賜物とも言えた。
ともかく殺意を察知した瞬間、ユージオはわずかに視線をずらした。当然隙が生まれる。女魔王からの拳を、頬へとモロに食らった。だがユージオの思考は止まらなかった。乱戦への
「っ!」
まずユージオは殴られるままに距離を取った。吹っ飛ばされたのが半分、跳躍したのが半分だったが、とにかく距離を取った。結果から言えば、この一手目が鬼手であった。違和感の正体――光芒――が、ユージオを追いかけ軌道を変えたのだ。それだけで、ユージオは一つ悟った。追尾、あるいは必中術式が使われている。ユージオは更に跳躍し、距離を取った。矢弾にせよ、術式弾にせよ、厄介な相手であることには間違いない。彼は小さく舌を打った。
「クソッタレがぁ……!」
腰を落とす。いずれにせよ、ユージオのやることは一つだった。目前に迫る光芒――おそらくは必殺の志を持っている――を迎撃し、撃ち落とす。必中にせよ追尾にせよ、当たってしまえばどうということはないのだ。無論、その先にもいくつかのやるべきことはある。あるが、今行うことはそれだけだった。
「痴れ者がッ!!!」
少し離れた場所から、高い叫びが耳を打った。女魔王の激昂だった。肉弾戦の最中にまとっていた鎧が解け、彼女の魔力へと返っていく。美しきバトルドレスが姿を現し、幾発もの魔力砲弾が『神々の大地』を薙ぎ払っていく。ユージオとの戦を止められた怒りが、辺り一面を焼き尽くしていた。
「すぅ……」
炎が、魔力光が照らす中にあって、ユージオは深く呼吸をした。とうに魔素も、四肢の稲光もフルに活用している。背中の
「はぁ……」
迫る光芒。ユージオの主観時間が、集中力によって歪められていく。本来なら凄まじい速さを持っているはずの光芒が、今の彼には牛の歩みにも似て見えていた。これならば。彼は、吠えた。
「オオオッ!」
右腕を引く。大振りで突き出す。殴りつける。これでまず、追尾、もしくは必中術式は役目を終える。後は己の腕と光芒の威力の勝負だった。肉の焼ける音と臭いに、ユージオの顔がわずかに歪む。しかし。
「オンルアアアッッッ!!!」
奇っ怪な雄叫びとともに、彼の拳は光芒を撃ち落とした。荒れた地面に光芒が突き刺さり、爆ぜる。砂礫が飛ぶが、彼はその只中にあって二本の足で立っていた。この程度で傷を負うほど、彼の肉体は弱くない。
「術式弾……おそらく必中術式。良い射手だぁ」
彼の口角が、明らかに上がった。焼き尽くされた大地が、燃える大地が目前に広がる。術式弾と魔法攻撃が、十重二十重に応酬を重ねていた。ユージオの野性的な顔が、怒りを湛えた双眸が、朱色に染まる。しかし彼の足は、前進を選択していた。
「ユージオ・バール、なにを!?」
女魔王の高音が、彼の耳を叩く。だが男は、振り向きさえもせずに言った。
「不埒な輩のおかげで、貴様と戦う気概が萎えた。十年後とやらで待っていろ」
「なんだと!」
女魔王が、再度叫ぶ。だがユージオは、なお顔を向けない。前を見たままに、言ってのけた。それは彼の、彼たるがゆえの真実。
「俺は約定を違えない」
「なんだと……」
女魔王の耳を揺るがした言葉は、確信に満ちていた。だが同時に、女魔王を激昂させるにも足る言葉だった。女魔王は知っている。彼女の世界に、ユージオ・バールはいないのだ。故に、吼えた。
「それは貴様の論理だっ! 私は待った、待っていたのだぞ! 十年! なにも知らず! 貴様はこの後!」
「この世界から消える、とでも抜かすか」
「なっ!?」
女魔王の手が止まる。その間隙を縫って、光芒が飛んで来た。射線は女魔王。必中免れ得ぬ完璧な一撃。だが影が一つ、そこへ割り込んだ。
「こんの無粋がッッッ!!!」
雷光一閃。四肢の稲光を駆使した男は、一撃をもって光芒を見事に撃ち返した。ユージオはすでに、術式弾を弾く術を会得したようだった。光芒はやがて大地に落ちたが、射手を黙らせるには足りたらしい。荒れ果てた神々の大地に、あり得なかったはずの静寂が訪れたのだ。
「知ったことか」
ユージオは仁王立ちのままに言葉を継いだ。背中の奇っ怪な絵が、女魔王の視界を占めていた。
「仮に俺がここで消えたとしよう。だがそれは貴様には関係ない。誰にも関係ない。俺が俺のやり方を貫いた結果に、文句は言わせねえ。そしてそもそも俺は消えん。仮にこの世の神とやらがそれを決めたとしても、楯突いてくれる」
背中の
「されど」
それでも女魔王は口を開いた。ここで抗弁せねば、彼は遠く、
「先のことなど、分からぬではないか。私にも、貴様にも。そこな魔弾の射手にも、彼方に立つ大賢者にも、もう一人の男にも。そうせぬためにも、私が止める!」
女魔王は大地を蹴った。無論、常人には捉えられぬ疾さであった。だがユージオは、無造作に腕を振った。背後を取ったはずの一撃は叶うことなく、次の瞬間には女魔王の背中が大地に打ち付けられていた。
「く……」
わずかに意識を削り取られた彼女が、うめきとともに目を開けた時。そこにユージオ・バールの姿はなかった。遥か彼方で、燻る炎の向こうに、二つの影が相争うさまがかすかに見えた。
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