第15話 VS王国軍技術部・技術結晶魔導甲冑

 王国の建造物には珍しい、四方を煉瓦の壁に囲まれた空間。とにかく広く、戦には向いていそうな場所だとユージオ・バールは思った。しかし出てきた言葉は、皮肉めいた一言だった。


「王国軍技術部とは、随分と羽振りがいいのだな」

「ええ。その通りです。貴方様に通用した例はいまだ少数ですが、逆賊匪賊相手には成果を上げておりますゆえ」


 しかし案内役の、くすんだ白衣に身を包んだ男は冷静だった。ユージオの皮肉を解し、無礼にも反撃の牙を剥いた。とはいえ、ユージオはその程度で不機嫌になるような心理構造は持ち合わせていない。彼が不機嫌になるのは、基本的に戦絡みだった。


竜殺しドラゴンスレイヤーたる貴方には不躾と存じますが、貴方様相手での試験運用が最適と判断を下しました」


 ユージオに浴びせられる、隣からの言葉。どうにも慇懃無礼という言葉がよく似合う。それでも彼は、前方を見ていた。その優れた視力が、ある確信を抱かせる。彼が怒りをあらわにするのは――。


「さあ、試験用の甲冑が出てまいります。いつぞやは大将軍閣下が自ら試験運用されましたが……此度は今少し強化されてますゆえ、お覚悟めされよ」

「おい、俺の見たものが正しいのなら……。本気か? キサマ、俺をナメているのか?」


 広い空間の向こうから出て来た相手たる騎士。そのシルエットに、ユージオは凶相の渋面を色濃くした。通例、男女別け隔てなく暴力を差し向けるのが彼だが、こうもあからさまでは疑問符を浮かべざるを得ない。


「我々技術部は、いつでも本気ですよ? 彼女は我が部局で一番の魔導戦闘者です。何より我々は、常に貴方への勝利を志している。こう言ってはなんですが、大将軍とは違いますよ、質が」

「キサマ……!」


 ユージオの歯が剥き出しになる。彼が怒りを露骨に見せるのは、己が不甲斐ない時。過度の挑発を受けた時。そして。戦において、舐めた真似をされた時。彼の怒り。その対象は、彼方に立つ麗しき女騎士ではなく、隣に立つ不遜な白衣の男であった。


 ***


 ユージオの怒りとは裏腹に、彼と戦う女騎士の表情は涼やかであった。一対一とはいえ、戦ができる。軍人を志した者にとって、これは誉れであった。


 貴族の令嬢たる彼女は、女の身でありながら騎士団を進路にした。かつて口さがない男どもは、当然のごとく女をあざ笑った。そして当然のごとく女に叩き伏せられた。


 女――子爵令嬢――が騎士団への加入を希望したのには、当たり前のことではあるが、並々ならぬ理由があった。時折屋敷へ招かれ、英雄譚などを披露していく吟遊詩人。彼らの奏でる騎士物語の、主役たちに魅せられたからである。ただし、従来とは異なる形で。


「きしさま、かっこいい!」


 これが彼女の原初の記憶であり、原点だった。幸い彼女には、先祖返りにも似た多量の魔力があった。彼女の先祖にして子爵家の初代は、冒険者として現在の子爵領、その突端を拓いたという。幸いにして、彼女にはその血が流れていた。己を鍛え上げ、日々を鍛錬に費やして、彼女はあざ笑う者を蹴散らした。


 騎士団の訓練校に入ってからも、彼女はそうした。男と同じ量の訓練を課せられ、時にはそれ以上に厳しい鍛錬を行った。周囲からの対応は冷たく、彼女への圧力として機能した。しかし彼女は、その程度で引き下がるような人間でもなかった。そして三年後には、同期でも随一の術式戦闘者となっていた。


 こうして訓練校を卒業した彼女は、噂によれば王国近衛騎士団からの招請も検討されていたという。ところが、彼女に真っ先に目をつけ、大将軍を使い、搦手をもって掻っ攫った集団がいた。王国軍技術部である。


 当然彼女は反発した。当たり前だ。同期随一の能力を持ちながら、なぜ騎士としての働きが許されないのか? 彼女は抜刀も辞さない覚悟で大将軍――ゴルニーゼ・ベルンディー――の元へと赴き、直談判に打って出た。

 女だからと軽く見ているのか。戦場へ出せば、男以上の功績を挙げられる。冷静ながらも、熱情をもって大将軍を説得せんとした。しかし、そこで掛けられた言葉が、彼女の運命を変えた。


 大将軍はなにも彼女を軽んじたわけでも、子爵家におもねったわけでもなかった。むしろ彼女の才覚を知った上で、軍全体の向上に役立てようとしていたのである。それこそが『魔導甲冑を中心にした、数年がかりでの魔導戦闘強化計画』だった。


「……わかりました。王国軍技術部からの招請を受託いたします」


 二刻ほど説得されたのち、彼女は深く頭を下げた。心からの納得であった。俸給は前線に比して少ないが、代わりに安全と十全な魔力発揮環境があった。たとえ男どもにからかわれようと、歯を食いしばることができたし、反論もできた。そうして彼女は魔導戦闘の教導者として尽力し、今日この場に立ったのだ。


 ***


「……率直に言いますれば、ここ数年の魔導兵装研究には、全て彼女が関わっております。術式簡易発動用・魔導札。魔導甲冑。ああ、甲冑の方は大将軍にお貸ししたそれとは、全く別に調整されております。ユージオ様の相手に、不足はございませぬ」

「ほざくか、キサマ」


 ユージオの声が、怒りを帯びる。もはやユージオの中で敵は切り替わっていた。目の前の女を粉砕する。そのうえで隣の慇懃無礼な男の心を叩き折る。ついでに魔導甲冑の戦闘データを、ある程度は提供する。三つ同時は骨が折れるが、やりがいがあった。


「技術部、魔導部署の長なれば。己の技術に自信を持たねばなりますまい」

「そうかい」


 だが怒りを察知してさえも、長を名乗った男は冷静だった。揺るがず騒がず、平然とその場に立っていた。言動通り、絶対なる自信を保持しているのだ。


「しかし俺も、魔導甲冑とは三度目だ」


 ユージオはマントを脱いで上半身をあらわにし、腰を落とした。

 一度目は魔界。もっと滑らかなフォルムをしており、手強い相手だった。魔力量次第では、己が喰われる可能性もあったろう。

 二度目は大将軍と。あの友はユージオとの決定的な差を埋めるべく、技術に頼った。振り回されていたから勝てたが、然るべき人物が使えば、どうなっていたことか。


「どこからでも向かってくるがいい」


 ユージオにしては、珍しい言葉。それでも彼なりに、三つの要件を勘案した結果の判断だった。


「稼働試験、運用実験だからな? 私の時のように、いきなり叩き壊されては困ってしまう」


 大将軍からの言葉を思い返す。今回の戦は、常とは優先順位が異なるのだ。記録が一義、粉砕が二義。ユージオなりに、大将軍と技術部の目的には見当をつけていた。


「要はアレか。俺の『餌』を減らしたい」

「そう一直線に言ってくれるな。国にとっては恥でしかない」

「悪くはないだろう。常の戦なら、どうにでもなるのだからな」


 会話を思い起こす。国際情勢には疎いが、連合帝国には思うところがあった。過日のあの男は、恐るべき強さだった。たとえ標準がその四割程度だとしても、数が集まれば圧倒的なものとなる。


「仮に主目的が俺だとしても、対外的にも大公家にも言い訳は立つ。元よりそういう狙いだろう? まったく、姑息なことだ」

「貴様のように全て暴力とはいかぬのだよ。今やユージオ・バールの存在は国全体に知られてしまった。ならば堂々と手の内を明かすに限るよ」

「なるほどな」


 ユージオは息を吐き、回想を打ち切る。血気盛んな女騎士が、目の前に突っ込んで来ていた。顔は鋼鉄のヘルムに覆われ、詳しい容姿はついぞ分からなかった。


「覇ッ!」


 加速術式に強化術式を乗せた右の殴打が、ユージオの左頬を襲う。ユージオはこれに対して左のカウンターをもって追い返さんとした。雷による加速はなくとも、ヘルム越しに頬を捉えられる。そう踏んでいたが。


 バァン!


 小規模ながらも鋭い爆発音が耳を叩いた。殴打によるダメージと、爆発の状況確認。二つの意志が、ユージオを数歩だけ下げさせた。左拳は無事に引っ付いていたが、それでも血に塗れていた。


「反応爆発術式。なるほど……」


 女騎士も、くぐもった声で感嘆を漏らしていた。どうやら効果を初めて目の当たりにしたと見える。ユージオも、改めて状況を推察した。


「ふん。『殴るという行為によって圧力を受けると、甲冑の装甲表面で爆発が起きる』、そういう術式か?」

「ご明察! そしてこの術式こそが今回最大の改装点でございます! いかに装甲を分厚くしたとて、殴られ続ければいつかは倒れる。ならば殴らせなければいい!」


 白衣の男が、甲高く吠えた。だがユージオは無視した。剣に切り替えた女騎士からの攻撃を、回避に徹しつつ甲冑を観察する。無論、生半可な人間では切り刻まれて死に至るのみ。卓越した強さを持つ、ユージオだからこその芸当だった。


「斬ッ!」

「ふんっ!」


 上段から凄まじい速さで斬り掛かって来る女騎士の剣を、ユージオは左半身ひだりはんみにねじって交わし、小さい一撃を再び左頬へ叩き込む。再び爆発。馬鹿な行為だとあざ笑う声。走る痛み。だがユージオに言わせれば、ちょっと深いかすり傷程度である。そして、彼には目算があった。


「邪ッッッ!」


 ユージオは珍しく足を飛ばす。左足による中段の蹴りと見せかけた、左頬への執拗な攻撃。女騎士はこれをかわす。白衣の男が吠える。「避ける必要はない」と。叱責だ。


 ユージオは男を内心であざ笑った。暴力を振るう者は、それ故に暴力の恐ろしさを知る。反応装甲の術式程度で、痛みへの恐怖からは逃れられぬのだ。ではユージオは?


「破ッ!」


 否。ユージオはとうにその程度の葛藤は踏み越えている。でなければ古竜に徒手で挑もうなどという愚挙には及ばない。空振りした左足を振り切って一回旋。右の後ろ回し蹴りが豪速で女を襲う。


 バァン!


 再びの爆音。女がわずかに下がる。だがユージオは凶相に陰をにじませ、右裏拳で左頬への追い打ちを浴びせた。装甲は反応せず。左頬部分の術式を、ユージオが力技で使い切らせたのだ。


「があっ!」


 鈍い音。転げる女。不協和音を奏でる甲冑。白衣の男が挙げる熱狂の声も、あっという間に静まり返った。ユージオは獣の如き笑いを浮かべ、白衣の男に向き直る。


「悪くねえ発想だが……俺を凡百の『餌』どもと一緒にするな」


 唇の右端を吊り上げた凶相が、容貌魁偉から放たれる狂気と闘気が、白衣の男の心臓を撃ち抜く。彼は恐怖し、崩れ落ちた。その股ぐらから、水音が滴る。目は光を失い、ただただ天を仰いでいた。


「長になにをしたッッッ!」


 そして背後から声。その声色だけで、ユージオには女騎士の怒りが見て取れた。


(次回へ続く)

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