閑話① 職業・地上最強生物VS山賊
男は王都の商人の庶子――つまりはやらかしの子――であった。王国の法律は嫡子優先を基調としており、いかに優秀であろうと庶子である限り世に出る目はない。貴族に生まれたならば養子縁組などでわずかながらに機会はあるが、商人となればそれも難しい。
だから男は、己を鍛えることに注力した。常より冒険者志望を公言し、野心のないことをアピールし続けた。父の後ろ盾により、周囲もそれを許していた。
そもそも軍人や冒険者というのはある意味で博打な職業である。身分上下を問わず、後々の見込みが少ない次男や三男、そして庶子が逆転を狙って飛び込む。そんな稼業であった。なにを隠そう王国大将軍ゴルニーゼも、とある貴族の四男坊から今の地位にまで上り詰めたのだ。
男のことに話を戻そう。男が十二の歳、彼の父が急死した。それなりの家であったがために、後ろ暗い話はチラホラと町奴の噂に上った。しかし確たる証拠もない以上、跡目を継ぐのは嫡出の長子であった。父のみが後ろ盾だった男は、ここで身の置き場を失った。鍛錬よりも下働きの時間が増え、やがて半ば叩き出されるように、彼は実家を去った。冒険者になるためにはあと三年の時が必要だった。
その後、彼がどのようにして過ごしたのかは不明である。事実としてあるのは三年後、彼が王都よりはるか南の港町で冒険者ギルドへの参加を望んだこと。ギルドは望み通りに彼へ神託を下し……結果神官が卒倒するはめになった。未知の
またギルド自体も上へ下への大騒ぎとなった。そもそも港町にあったギルドの支部はあまり大きいものではない。レアジョブが出てしまった以上、上への報告は義務となる。しかし、そもそも男にいかなるクエストをしてもらえばいいのか分からなかった。結果として彼はギルドの保護から外れ、行方知れずとなってしまった。また、同時にレアジョブの情報も証拠不十分となり、聖教側でも報告が大幅に遅れることとなった。
以上が、彼の存在発覚が遅れた顛末である。
***
それから数年。男はのんきに山道を歩いていた。旅人然とした格好で、極めて安穏としていた。身体は日に焼けて浅黒く、そこらの人間では太刀打ちできないと思わせるほどの体格をしていた。とはいえ醸し出す空気は穏やかで、団子っ鼻や各所の大きなパーツが人懐っこさをうかがわせていた。時折虫が躍り出し、彼の血を貪っていた。今は酷暑期。虫も元気な時季であった。
「しっかし、『地上最強の生物』ってのは真面目に恐ろしいもんなんだなあ」
男は、先の街で聞き出した話を思い出していた。悪党集団によって二つに割れた街を、誤解と疑心暗鬼の結果とはいえ粉砕せしめた男の伝説だ。荒事で稼いだ資金を投じただけあって、なかなかに濃ゆい情報だった。
「拳で火球を跳ね返し、人間の群れに人間を投げ込んで動きを止めるとか。ありえないよ」
『汝もその手のことができるのだがな。我々に対して素直になれば』
「ちょ、出て来ないでくれよ。街道から外れちゃいるけど、いつ人と出くわすかわからないんだから」
独り言に答える声が頭に響いて、男はたしなめた。男はいつも、この「声」との付き合いに困っていた。「地上最強生物」というジョブを手に入れた、その日からだ。
『構わぬ。そもそも汝はなぜ我々を積極的に使わぬ。至高竜に亜竜、魔王に剣豪。その他にも地上最強の生物が多種多様、揃いも揃って汝の中に住んでおるのだぞ』
「使う技ぐらい選ばせてほしいし、そもそもいくら皆がいたって、肝心の俺の地力がなければ弱いまんまだろ」
男は道端の木に体を預けた。この問答が始まると、もうどうにもならぬし時間がかかる。経験則で覚えてしまった。
『ならば十の試練を成し得た半神の技を使えばよかろう。パンプアップはおろか、威圧的巨体化さえ駆使できるのだぞ』
「俺が強くないと駄目だって言ってるんだ。わかってくれよ。俺が強くなることで、皆の技を借りた時により威力が増す。わかるだろ?」
『汝はもう十分に強いと言っているのだが』
止まることのない言葉の応酬に夢中になって、男は周囲の不穏な気配に気づけなかった。山を駆け下りる足音。ガサガサという草ズレの音。気づけば男は、二十人からの集団に取り囲まれていた。
「オウ、兄ちゃん。ここがサンゾーグ一家の縄張りと知ってるのかい? ってか、話聞いてるか? お?」
手に斧を持った頭領らしき人物が、粘っこい声を携えて男にガンをくれる。しかし男は全体を見回してのんきに返す。
「聞いたことないなあ。別に下でもなにも言われなかったし……」
実際には注意されているのだが、彼が粛々と無視しただけである。
「それにしても、旅人一人に対して人数多くない?」
「うるせえ! 数と武器揃えて脅せばなあ! 荷物が楽に手に入るって寸法だぁ!」
あまりにのんきな男の言葉に、頭領はあっさり青筋を立ててしまう。目配せで全員に指示を飛ばし、今にも男から身ぐるみふんだくろうと構えたものの。
「ん? 襲われるのかな? なら」
気配を感じ取ったのか、男は腰を落とした。途端に空気が変わる。男から瘴気にも似た気迫が立ち上り、山賊たちを揺るがしていく。
「手早く済ませればいいのに」
次の瞬間に男は消えた。のんきさの欠片もない動きだった。木を背にしていたために三方を囲まれていたのだが、その内の一方、七人ほどが一瞬で吹っ飛ばされた。早業というよりは、タックル一つで吹き飛ばしたというのが正しい。
「や、野郎! やっちまえ!」
頭領が斧をかざして指示すれば、残りの十数名が一斉に襲いかかる。男は冷静に、脳内存在へ命令を下す。
「まだ黙っててくれよ」
『仕方あるまい。力は貸す』
「ん」
男は悠然と立つ。襲い掛かる者の手には剣や槍。ひとたまりもないと思われたが。
「か、硬え!?」
槍で男を突いたはずの盗賊。その手が震え、槍を落とした。
剣で男に切りかかったはずの盗賊。しかし剣は折れ、刃渡りは半分に成り果てていた。
「手早く済ませないから」
男はゆっくりと頭領へと進んだ。もはや子分たちに気力はない。頭領がいくらけしかけても応じず、武器を捨てて逃げてしまった。
「たった一人にだらしがねぇ~ッ! どんな術式か知らねえが、俺の斧に勝てると思うなよ! これでも元は軍人様だ!」
斧を振り回し、男が間合いに入れぬよう牽制する頭領。太った肉体に筋肉を備え、裸の上に甲冑を直で付けていた。男よりも頭一つ大きく、横も太い。振り回される斧には、術式のほのかな光があった。
『アレに突っ込めばさすがに死ぬぞ』
「ですよね」
口には出さずに、思考を交わす。脳内の声が、低さを帯びていた。
『ここまでは半神の技が一つ【鋼肌】で間にあったが……。出るか。剣豪の技を使う。手刀を作り、腕を振れ』
「ん」
男は右手を正眼に構える。そこには、刀の如き清冽さがあった。
「ん? おいおい。腕をぶった切るぞ? お?」
頭領は餌を見つけたかのように笑みを浮かべ、斧の速度を上げた。目の前でのんきに立っている男は癪にさわるが、腕の一つもたたっ斬ればあとは大人しくなるだろう。そう値踏みしていた。が、突如斧の感覚が消えた。否、肘から先の感覚が消えていた。
「……お?」
頭領があたりを見回すと、腕と斧が一体となり、地面に落ちていた。
「おーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
頭領の脳が事態を認知した次の瞬間、腕から血が噴き出した。痛みに膝をつき、転げ回る。もはや男は視界に入っていなかった。
「いでええええええええ! いでえよおおおおおおおお!」
目の前で無様に転げ回る頭領に、男はもう興味を示していなかった。しばらく頭領を見ていた後、静かに踵を返した。
『手当は』
「いらないよ。今まで暴れてた報いだから」
『戻るのだな』
「ケチが付いたから。獣道でも行くよ。『
男は淡々と来た道を戻る。そんなふうに歩いていれば逃げ出した山賊に行き当たりそうだが、そのあたりは彼も調節していた。
『刀でなき物を刃とする。儂が最後に至った境地だ……。若き身体で振るえるとは、神のご高配に感謝せねばなるまい』
『おや、剣豪。君も出てくるのだな』
『普段は至高竜殿にお任せしておりますが、技の解き明かしぐらいは己で果たすのが礼節でありましょう』
「俺の中で何人も喋らないでいただきたいのですが」
頭を蝕む「声」に辟易しつつも、男は山道を歩む。「もう一人の地上最強生物」カバキ・オーカクの旅路の行く先は、まだまだ遠かった。
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