第11話 VS王国大将軍

 毎年一度命のやり取りを交わす。ただしゴルニーゼ側は直属の部隊を連れてきても構わない。

 それが、ユージオ・バールとゴルニーゼ・ベルンディーが友情――と言えるかは不明だが――を交わすにあたっての取り決めだった。


 だが今年の取り決めた日、取り決めた場所にて。ユージオの前に現れたのは。普段見せないほどに肩を怒らせ、顔以外のすべてを甲冑に包んだ隻眼髭面の男一人だけだった。


「ナメてるのか、キサマ」


 本来ならば自身がそう言われるはずだ。いつもの軽装にマントというスタイルを崩さない男は、友人――小間使い、同盟者――に向かって吠えた。だが、髭面の男も吠え返した。


「儂がおぬしをナメているとすれば、素っ裸でここに来る」


 髭面の男は、ユージオから目線を外そうとしなかった。刀傷に隠されていない方の目は、真剣そのものだった。ここに至りて、ユージオは彼が本気であることを理解した。


 ゴルニーゼの本気は第三の人物、すなわち彼の姪にしてユージオの同行者となっているニエラ・ベルンディーにも伝わっていた。距離の離れた木陰で二人を覗く娘は、叔父の決意をすでに聞かされている。


「つまり、ユージオ様にお伝えしたきことがあると。なのに、なぜ叔父上が、一人でユージオ様に挑むことになるのです!?」

「それほどの覚悟でなくては、これより奴に迫る危機を説明できぬからだ」


 前夜、叔父と姪は一夜を使って語り合った。姪は焦がれる人物に押し迫る闇を知り、泣き崩れた。叔父はたとえ己が斃れようとも、地上最強の男に全てを伝える覚悟を固めた。ならば姪としてできることは、見届けることのみだ。彼女の視線は、ただただ二人を無心に見つめていた。


「来い、ユージオ。儂は王国にできうる、最強の装備を取り揃えて来た。簡易発動術式を施した魔導甲冑に、最上級の鋼を使った刀。無論兜も魔導仕様で完全防御だ。ここ十年で間違いなく最良の……」

「で?」


 ゴルニーゼは高らかに吠える。虚勢は混じっているが、すべてが彼にとっての真実だった。だがユージオは音もなく目の前にいた。頭一つ低い己に、腰を折って目を合わせている。片耳を突き出して手を当て、「聞こえないなぁ?」と挑発している。ゴルニーゼは、最後の気合を振り絞った!


「儂一人とはいえ、最良の陣容と言っても過言ではない!」

「ッッッ……ッハッハッハッハッハ! なにを言うかと思えば、またいつもの口上か。去年はなんだった? ああ、『歴代で最上の仕上がり』だったなぁ。で、一昨年は『ここ数年で最も強い』ときた。毎年毎年美辞麗句が添えられる、どこぞの葡萄酒みたいだなぁ?」


 ユージオは顔を捻じ曲げ、ゴルニーゼを睨みつけた。しかしその目に揺らぎはなく、光を保つ目は異常なまでに透き通っていた。ユージオは背を向けると、そのまま右足を後ろに振った。鋼鉄の鎧などものともせず、ゴルニーゼを蹴り飛ばす。


「ごっ! ぶっ!」


 無様な悲鳴が二回響き、ゴルニーゼは地面に伏した。だが、男は立ち上がった。簡易式で用意された攻撃反応型防御術式リアクト・アーマーが、王国大将軍を守ったのだ。もっとも、兜をかぶっていなかったがために負傷はしていた。頭を押さえ、血を流している。


「今ので倒れてくれると思ったが……。なるほど、たしかにその甲冑はいい物のようだ。しかし手当を受けたほうがいいんじゃないか?」

「構わん。むしろ兵卒時代を思い出したわ」


 ユージオの心配を蹴ってゴルニーゼは立ち上がり、兜をかぶった。ふらつきこそすれ、その目線は未だ確かだった。能動的に甲冑の内部を精査する。レクチャーを受け、実戦もこなしたが、ユージオとの戦いはまた別だ。

 内部機能に異常はなく、ゴルニーゼは安心して己の持つ魔力を流し込んだ。その途端に、脚部の加速術式が唸りを上げる。早く動けと、叫んでいた。


「ぬおっ!」


 その叫びはどちらから溢れたか。いや、両者からかもしれない。そして発した両者はともに動揺していた。


「あ゛!」

「むう!」


 王国軍技術部がその粋を尽くして作り上げた試作魔導甲冑。それは大将軍の身体にまで命令を下せる暴力装置だった。加速術式、強化術式。およそ大将軍本人のそれではない機敏さを受けて、ユージオは一度距離を取る。続いて。


「邪ッッッ!」


 一吠えとともに、地面を穿つ。野原が砕け、つぶてが弾丸と化す。リアクトアーマーが弱点を守り、礫を跳ね返した。だがゴルニーゼ本人は圧力に押され、たたらを踏む。


「おおしゃあっ!」


 ユージオは跳んだ。一足で間合いを近づけると、雷雲竜から盗み取った技術――体内電力の活性化――を用いて雷をまとい、甲冑を殴りつけた。


「あああああ!」


 中から響く野太い悲鳴。ユージオは確信した。付き合いの長い王国、その技術部なだけあって、ユージオの物理攻撃には厳重に対処を試みたようだ。だが、物理攻撃以外への対処はほぼ皆無と見える。ならば!


 答えは一つだった。大将軍が捉え切れぬ速さで、三発の拳が彼の正中線に刺さった。稲妻が走り抜け、大将軍を灼く。中の人間からの魔力供給が途切れたことで魔導甲冑は強制停止し、大将軍を排出した。


「く、あ、お……」


 ビクビクと痙攣しつつも、大将軍の目はユージオを見つめていた。決着を悟ったニエラが駆け出し、ユージオを近くの駐屯地へいざなった。


 ***


 寒冷期が近づいているために、たとえ客人用の応接間であっても基地の中はそれなりに寒い。暖炉にくべられたマキが、バチバチと音を立てていた。


「……なるほど、大将軍は俺に伝えたいことがあったと」

「ええ。そのためにも、なに一つ邪魔されることのない環境を求めていました」

「だからってなにも……いや、密偵の術式があったか」


 ユージオの出した結論に、ニエラは小さくうなずいた。ゴルニーゼを運び込んだ駐屯地は、彼が子飼いにしている部隊の根拠地でもある。盗聴や諜報には十分に注意が払われていた。


「つまりアレか。大公家が小躍りでも始めそうな話っつーことか」

「ええ。私もまだ大筋しか知りませんが……。『このままだと奴は世界から排除されかねん』と」


 ユージオは首をひねった。ニエラの言うことが、飲み込めそうで飲み込めない。


「詳しく言え」

「教えてくれませんでした。『強くなりすぎたのだ』とはおっしゃっていましたが」

「……チッ!」


 まさか首根っこを掴み上げるわけにもいかず、ユージオは普段よりも強く舌を打った。これでは勝負に勝ってもなにかに負けた気分だ。全てに打ち勝ったにもかかわらず、一片の謎を残された。そんな不快感が渦巻いていたが……。


「失礼します!」


 空気を打ち破ったのは唐突なノック音だった。駆け込んで来た回復術士は、大将軍の無事を伝えた。そしてユージオをつかまえ、防諜処理の施された厳重医療室へと連行した。不機嫌ながらも、彼は珍しく素直に従った。


「すまなかった」


 連れ込まれ、さっそく二人きりにされた場にて。隻眼髭面の男はいきなり詫びを入れてきた。白一色の壁に、治療道具が置かれただけの部屋は、見た目よりもはるかに殺風景だった。


「……まあ機嫌も悪くなるか。意味もわからずにこの仕打ちではな」


 凶相を渋くしているユージオに対して、ゴルニーゼは未だ真剣な顔を崩してはいない。寝姿であろうとも、その顔はまっすぐにユージオを見ていた。


「当たり前だ。甲冑に振り回される程度でなければ、半殺しにしていただろうよ」


 ユージオは渋い顔をしたまま、言葉に応じた。正直な心境だった。仮に殺して王国を敵に回したとしても、勝てるだけの自信はある。それが、「地上最強の生物」ユージオ・バールだ。


「技術班に、別の意味で礼を言わねばなるまいな」

「ちげえねえ」


 とまで何気ない会話を続けたところで、白い壁に赤い光が浮いた。基地専従兵による、「盗聴ナシ」のサインだった。きっかり三秒ほどそれを確認したのち、ゴルニーゼはユージオに負けない程の渋い顔で切り出した。


「……ユージオ、笑わないでくれ。過日、聖教の地方支部からとんでもない報告が上がってきた。数年前、『職業ジョブ・地上最強生物』を持つ者が発見されていたらしい」

「……はぁ?」


 ユージオの顔が、再びねじ曲がった。本日二度目の顔芸だ。しかしゴルニーゼは、臆することなくもう一度言い放った。


「『神託による、ジョブの宣告』。その中に『地上最強生物』があったのだ」

「……噂に聞いたことがある。『レアジョブ』とやらか」

「そういうことになる。これまでもかつての英雄を思わせるもの、異なる世界の英雄と思しきものが見つかってきたが、まさか存命中のものを宣告するとは」


 ゴルニーゼの顔が、一気に暗いものへと変わった。神託の意味を、重く捉えているのか。ユージオは推察し、問うた。


「たしかに俺は『地上最強の生物』と呼ばれちゃいるが……。過去にも居なかったわけではないだろう。人類種でなくとも、地上最強はいくらでも……」

「……! それがあったか。いや、だからこそ危ない」


 ゴルニーゼは憔悴したままの顔で遮った。彼の目は、いまだに真剣さを失ってはいなかった。


「おぬしだけを模すのであれば、儂は恐れぬ。おぬしならば、複製品ごとき一蹴できるからだ」

「当然だ。俺の経験を持たない、蓄積のない強さなど許さん。壊して喰らう。いや、『餌』にすらしてやらん。野晒しだ」


 ユージオから吐き出された熱を帯びた言葉に、ゴルニーゼは目を細めた。儂の見込んだ通りだとでも言いたげだった。だがすぐに目は戻り、言葉を紡ぐ。今度は、危惧についての話だった


「やはりな。しかし可能性の話とはいえ、一つだけ恐れていることがある。『かつてからの地上最強、その集合体』である可能性だ」

「……未だ見つからぬ至高竜。十の試練を成し得たとされる半神の英雄。遠い昔、大地のすべてを制したといわれる亜竜族。強者ひしめく魔界を制し、人界に宣戦を布告した伝説の大魔王。人の身でありながら生涯不敗の領域にまで達したという大剣豪。……およそ古今東西、最強と呼ばれた連中の全てをか?」

「そういうことだ」

「フン、面白え」


 ゴルニーゼは、部屋の温度が高まるのを肌で感じた。見ればユージオの身体から、湯気が立ち上っていた。見慣れた凶相には笑みが浮かび、明らかに筋肉が弾んでいた。目の前に座る男が、脈動している。


「……おい、ここで暴れてくれるなよ? まだ確証は皆無なのだ。兵士を潰されてもこま」

「無理だな。キサマの手下、少し借りるぞ」


 わずかな望みで掛けられたゴルニーゼの制止。しかしそれはあっさりと拒絶された。ユージオは部屋を出て行き、しばらくしてから兵士たちの悲鳴が響き渡った。ゴルニーゼは頭を抱える。


「なぜ結局こうなるのだ……ッ!」


 直属部隊の再訓練が、すでに彼の脳内で確定事項へと昇格していた。

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