第33話 辿り着いた答え

日村の自宅


 いつの間にか夜明けの時刻になっていた。宝来雅史は日村の自宅に居る。婚約者の月野美良も、日村の自宅に居る事が分かって、ひと安心したい所だ。だが、日村の自宅が崩れる危険が差し迫っていた。

 雅史は家の奥座敷に居る美良を迎えに来ていた。何の事はない、ずっと同じ村にいたのだ。

 部屋に入った時。美良は水色のワンピースを着てソファに腰掛けていた。


「美良っ!」


 雅史を見た美良はニッコリと微笑んだ。そして、美良の膝に頭を乗せて姫星がスヤスヤと寝ていた。美良は、そんな姫星の頭を優しくなでていた。


「美良…… 無事で良かった…… とにかく一旦、外に出よう。 この家が崩れそうなんだ」


 美良はニコニコしている。色々と聞きたい事があるが、今は逃げる事が優先だ。


「美良…… だよね?」


 雅史は一瞬見とれてしまった。見間違うはずが無い、どう見ても『月野美良』だ。


ギ、ギギィィィッ……


 日村の家が歪み始めた。天井から埃がパラパラと落ちてくる。天井を睨んだ雅史は焦った。


「姫星。 姫星っ! 起きてっ!」


 雅史が美良の膝で寝ている姫星の肩を揺すった。


「もう…… 朝ゴハンなの?」


 姫星は寝ぼけているようだ。美良はそんな姫星をニコニコしながら見ていた。


「逃げよう、この家に居ちゃ駄目だ」

「ふぁっ?!」


 雅史は美良の手を引いて立ち上がらせ、姫星を押し出すようにして部屋を出た。


ヴォォォ~~~ン


 雅史たちが家の玄関から出てきた時に地鳴りが一際大きくなった。地面も揺れている。そして、それが合図だったかのように、霧湧村を囲んでいる山々が震え始めた。

 やがて、ドロドロゴロゴロと重低音が鳴り始めた。山の崩壊が始まったのだ。


「山から煙が出てるぞ」

「なんだあ?!」

「山が動いている!!」


 みんなが山を指差している。山の木々の間から、煙がもうもうと立ち上り始めているのだ。火災の煙では無い、火災なら一箇所から立ち上がるが、その煙は森全体から立ち上り始めていた。しかも、森自体がゆっくりと横に動いている。


「土石流が発生しているんだっ!」


 誠が慌てて自分の車のエンジンを掛け始めた。村人を避難誘導させねばならないからだ。

 一番最後に雅史は美良の手を引いて家から出てきた。姫星は寝ぼけ眼で付いて来ている。

 雅史はどこを見ても森が動いているのを悟った。


「違う…… そんなかわいいものじゃない。 村を囲っている山全体が崩落しているんだ……」


 増妙山と美葉山に連なる峰も震え始めている。雅史はそれを見ながら山体崩壊が始まったのを悟った。


「早く逃げださないと谷が埋まってしまう」


 雅史は美良の手を引いて、日村の家の裏庭に向かった。ここに美良の車があるからだ。場所はブルーシートが目立っていたので直ぐに見つかった。しかし、奥まった所に止めてあるので、とりあえず後部座席に美良を押し込んで、美良の鞄から車のキーを取り出した。


「さあ、車に乗って…… 姫星っ! 早くっ!」


 エンジンを掛けて車を少し前に出し、助手席に姫星を招き入れた。雅史は後ろに美良が居る事を確認するとアクセルを踏み込んだ。


「にゃあっ!」


 急な発進で姫星が悲鳴を上げた。どうやらシートの頭部クッションに頭をぶつけてしまったらしい。


「まさにぃ…… どうしたの?」


 姫星が不思議そうな顔で聞いてきた。頭をぶつけて目が覚めたらしい。


「山が崩れ始めているっ!」

「グズグズしてると巻き込まれてしまうそうまなんだよ!」


 姫星は慌てて山を見て驚いた、どこを見ても黒い土煙りに覆われているのだ。一方、後部座席の美良はニコニコしていた。



 雅史は北のバイパスに向かうのは諦めていた。村人が殺到して渋滞するのが目に見えていたからだ。渋滞しているところに土砂崩れに襲い掛かられたら終わってしまう。

 そこで、雅史たちを載せた車は、霧湧トンネルを目指すことにしていたのだ。舗装していない道路を砂ぼこりを上げながら疾走させていた。すると走っている右手の森が動いているのが見えた。


「まずいっ こっちでも崩れ始めたっ!」


 一本の木が道の前に横たわっていた。しかし、バックミラーに後ろから土砂崩れが襲い掛かってくるのが見えている。

 雅史はやむなく直進を続けた。道路の端と森の際に、無理やり車体を押し込んで、抜けようと考えていたのだ。すると、倒れた木の根元に大きな石が乗り上げて木を跳ね上げた。

 シーソーのようだった。塞いでいた木が跳ね上がった隙に、雅史たちの乗った車は通り抜ける事が出来た。


(シーソー……… 均衡…… っ!!!)


 姫星はハタと気がつく。跳ね上がった木は車が通り過ぎると轟音を立てながら再び道を塞ぐように倒れてきた。


「そう言う事なのっ! やっと、今になって意味が分かったっ!」


 小型車並みの大きさの岩が目の前に転がり出てきた。雅史はハンドルを操りながら左によけ、今度は木にぶつかりそうになったので左によける。


「何が分かったんだ?」


 落ち来る石や枝を避けようと、雅史の運転する車は右に左にと揺られている。姫星の身体もそれに合わせて一緒に揺られていた。


「バランスが崩れたのよ」


 姫星は車に揺られながらも答える。


「え!? え!? え!? 何のバランス?」


 雅史は身を乗り出す様にハンドルにしがみ付いている。こうしないと不意な落石や倒木に迅速に対応出来なからだった。


「神社には御神体とされた石があった。 でも、それだけじゃ駄目なの。 あの神社を囲うように寺が配置されていたでしょ?」


 姫星は車に揺られながらも村の地図を思い出していた。


「ああっ!」


 雅史は『村の規模の割に神社仏閣が多いな……』と姫星に話した事を思い出した。


「あれは御神体に封じられた力が、必要以上に暴れて逃げ出さないようにしていたんだと思うの。 そして、その御霊の力を大地に向かわせる事で、五穀豊穣を成し遂げていたのよ」


 鬼門と裏鬼門に配置されていたお寺と、そこに奉納されていた仏像の事を言っているらしい。


「ところが、その内一体を泥棒が持ち去ってしまった。 だから、均衡が取れなくなってしまい、御霊の力を制御出来なくなってしまったのよ」

「力が暴走しているって事か!」


 姫星はシートベルトに両手で握ったまま言い放った。こうしていないと身体がドアに打ちつけられてしまうからだ。


「じゃあ、泥棒たちは……」

「かみさまのリセットアイテムを動かしてしまったの!」

「なんてこったい!」

「……キャハハハハハッ!」


 その話を聞いていた美良は後部座敷で唐突に笑い始めた。

 姫星たちが正解にたどり着いたのを楽しんでいるようだ。


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