第31話 微笑む者

日村の自宅。


 日村にトイレは部屋を出て左手にあると言われた。しかし、姫星はそんな事には構わずに家の奥に行こうとした。


「お手洗いは反対側ですよ」


 ところが、日村家のお手伝いさんに行く手を阻まれてしまった。二階に行こうかと思ったが、階段の上にもお手伝いさんが居る。どうやら家の中を探られると不都合な事があるらしい。

 行動を制限されてしまった姫星は、仕方なしにトイレに行った。何気なく見たトイレの窓から、裏庭に不釣り合いな青いビニールシートが見える。ピンと来た姫星は、玄関からそっと抜け出して裏庭に周り。青いビニールシートをめくってみた。


「おねぇの車だ…… 買ってあげた刀人形がぶら下がっている」


 日村の家に居るのを確信した姫星は、きっと家の奥に居るのだろう目星を付けた。日村家のお手伝いが見張っていたのが証拠だ。後はどうやって、美良の元に行くかを考えるだけだ。


ヴォォォ~~~ン


 今度は遠吠えがはっきりと聞こえる。地面を揺らしながら近づいてくるような音だった。


「近付いてくる?!」


 誰もがそう思った。

 次の瞬間。凄い地鳴りがして村長の家が揺れた。大体二秒ぐらい続いて振動して急に静かになった。


「ウ、ウテマガミ様がお怒りだ……」


 室内に居た誰かが怯えたように声を出した。室内をホコリが舞い降りて電灯が少しだけ揺れていた。


「あ、あんたらが無理に連れて行こうとしているからだっ!」


 先程の若者が怒った口調で怒鳴っている。

 怪音は地面から聞こえて来ている感じだ。豪華客船の汽笛が鳴っているような感じで、時々音源が地面の中を移動しているかのようだ。


(地割れが起きるんじゃないか? この村全体の地面の下で、なにか地下水の流れが変わったとか、心霊現象より現実的に大変なことが起きるかもしれない)


 雅史は現実的にあり得る可能性を考え始める。


「兎に角。 彼女のご両親が心配しております。 一度、連れ帰らせていただきます」


 雅史は日村に宣言した。


「それは困ると言っているでは無いか!」


 村長の横には村の若い衆が何人か一緒に来ていた。その中の一人がいきり立っているのだ。


「彼女が巫女をやるということに反対してるのでは無いのですよ。 彼女がそうしたいと言うのであれば、僕は全面的に協力すると言っておきます」


 これは嘘では無い。雅史は美良が巫女をやるために、村に移住するというのであれば付いてくるつもりだった。


「判らない人だな……」


 先ほどの若い者が怨嗟を込めて呟いている。


「判らないのはそちらでしょう」

「……」


 雅史はここは畳み掛けて相手を説得する場面であると判断した。今の異音のせいで相手が浮足立っている気がしたからだ。


「最初は村には居ないと言っていたのに、今は村に居て巫女にすると言っている」

「……」

「彼女の意思を確認させろと言っているの出来ないと言う」

「……」

「自分たちの主張を通したいのなら、筋を通せと言ってるんですよ」

「……」


 雅史は正論で押し通すことにしていた。村人たちは雅史の正論に反論できないで居る。そこに長いお手洗いから戻ってきた姫星が合流した。


「おねぇの車を見つけた…… 裏手のビニールシートの下にあった。 車のキーはおねぇのセカンドバックの中に在る筈……」


 姫星が小声で雅史に告げた。雅史は頷き返した。

 後、不明なのは美良の居場所だけだ。雅史が居場所を聞き出そうと言いかけた時。


「私。 おねぇちゃんの処に行きます」


 姫星はいきなり立ち上がってそう言った。前触れも話の脈略にも関係無しにだ。室内に居た人は口をポカンと開けていた。


「おねぇちゃんの所に案内してください。 出来ないと言うのなら自分で行きます」


 姫星は自分の隣に居た日村の奥さんに、姉の所まで案内してくれるように頼んだ。

 日村の奥さんは困った顔をして日村を見返した。日村は仕方が無いと言う感じで頷く。


「こちらへどうぞ……」


 色々と不慣れな悪巧みはしているが、所詮は人の良い村人だ。姫星の希望はすんなりと案内されていった。



 やはり、美良は日村の家に居たのだ。



 月野美良(つきのみら)は日村宅の奥の部屋に居た。そこは客間らしく広さは十畳はあろうかという洋間である。姫星が案内されて室内に入ると、美良は窓から外を見ている所だった。


「おねぇっ!」


 姫星は美良に向かって抗議するように叫んだ。姫星に気が付いた美良はニッコリと微笑んでいる。


「……」


 姫星は泣きながら美良の胸に飛び込んでいった。


「…… ずっと、ずっと心配してたんだよ……」


 いつもそうしてくれるように、美良は姫星の髪を優しく撫でてくれている。

 優しい姉は、久々に会った妹の頭を撫でながらニコニコしていた。


「…… ? ……おねぇ? ……ちゃん??」


 姫星は美良の顔を覗き込んで小首を傾げた。何かが違うのだ。


 雅史は日村を追求したい気がしたが、今は堪える事にした。三人で無事に帰宅する事を最優先にしているのだ。犯人や動機の追及は雅史の仕事では無いし興味も無い事だった。


ヴォォォ~~~ン


 心なしか音の間隔が狭まっているような気がする。先程のような大きな揺れは無いが、小刻みな揺れならばある。

 そして、怪音は日村の自宅を中心にぐるぐる回ってる様な気がしてきた。


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