第30話 茶碗の欠片
日村の自宅
村の中心付近にある日村の自宅。
宝来雅史と月野姫星は応接間に通されて日村の説明を待っていた。
応接間には対面式の応接セットがあり、日村が一人掛けに座って居る。二人掛けのソファーには、雅史と姫星、山形誠と伊藤力丸爺さんという組み合わせで、座って居た。
そして日村の後ろには村人が十人程来ている。本当は祭りに来ていた村の全員が、来ると言っていたが日村が止めたのだ。
「恐らく村長の家に匿われていると思う。 僕が村長たちを引きつける。 その隙に美良を見つけるんだ」
雅史は小さな声で、姫星に美良の探索を頼んだ。
「うん、分かった。 まさにぃも気を付けてね」
姫星は頷きながらそっと答えた。
「実際に連れ出すのは僕がやるから無茶はしないでくれ」
雅史は暴走気味な姫星の性格を心配していた。
「だーいじょぉーぶよぉー…… たぶん」
クスクスと姫星が笑った。
すると『ヴォォォ~~~ン』と狼のような遠吠えがまた聞こえた。それと共に机の上に在った湯呑みが震える。震えると言っても、湯呑みに入っているお茶に、僅かな水紋が丸く広がるだけだ。普段なら見過ごしているだろう。
だが、室内にいた誰もが、その兆候に気がついた。
しかし、今は村長に真実を告白させるべく対峙している時だ。
「ウテマガミ様の観印かもしれんな……」
「お怒りのようじゃ」
「『神御神輿』も失敗してもうたしな……」
「どうするんじゃ」
老人たちがそうヒソヒソと話をしていた。日村の家にやって来てから三十分近く経過してしまっている。
「そろそろ話して貰えないですかね?」
村長は両手を握りあわせたまま、押し黙っている。その眉間に刻まれた深い皺が苦悩を物語っていた。
「あの娘は選ばれたんじゃ」
不意に伊藤力丸爺さんが口を開いた。
「何にですか?」
美良が日村の家に居るのは分かっている。しかし、相手が素直に逢わせないのも分かっていた。
「ウテマガミ様にじゃ」
力丸爺さんは事も無げに言った。
「何、馬鹿な事言ってるんですか、単なる拉致・監禁でしょうがっ!」
雅史は努めて冷静になろうとしていた。
「待ってください。 私たちは美良さんを拉致・監禁などしていないですよ?」
日村が雅史を制するように手を広げて答えた。
「長老の力丸爺さんがある日突然、コケシ塚の蓋を開けろと言って来たんだ。 それで開けて見たら美良さんが居たんだよ」
山形がコケシ塚で美良を見つけた経緯を説明した。先週の美良が行方不明になった日付あたりの出来事だったらしい。蓋を開けた時には美良は気を失っていたのだという。
「それで、開けても無駄だと言っていたのか……」
当事者たちが自白した事で、姫星の推測が正しかった事が証明される。力丸爺さんが開けてみても誰も居ないと言った意味も正しかった。美良をすでに出した後だったからだ。
「見つけた後に村長の家で保護してると、彼女が自分から巫女になる事を言って来たんです」
誠が話をつなげた。美良が言うには霧湧神社に勤めて、ウテマガミ様の巫女になるという事らしい。
そう、お告げがあったんだそうだ。
「くっ…… なぜ、後だしで話を進めるんですか?」
雅史が来た時には美良は居ないと言っていたのに、今度は自分から来たと言い出す。
雅史は『何を話してるんだこの人たちは?』と思い始めていた。
よそ者の自分たちに『異様』に親切だった訳が分かった気がする。
折角、手に入れたウテマガミ様の巫女を村人は返したくなかったのだ。村人の親切は自分たちを監視する為もあった。
「それなら、まず彼女の自宅に連絡を入れるなりするべきでしょう?」
雅史は家族にすら連絡を入れない日村に腹が立ち始めた。
「いえ、私たちが知っていたのは、大学の名前と月野美良という名前だけなんですよ」
初めて訪問した時に、事前に連絡していたのだそうだ。しかし、名前と大学以外は教えていなかったらしい。元より取材の為だったので、村としても気にしていなかったというのもある。
「住所や電話番号を教えてくれと言っても、彼女はニコニコしているだけで教えてくれなかったんです」
美良は目が覚めてからは、普通に生活は送れているが、どうやら会話が上手くいかないらしい。
「バックの中に免許証とかあるはずですが……」
雅史は尋ねた。
「年頃の娘さんのバックを探れと言うのですか?」
日村は自嘲気味に笑いながら返事をしてきた。
「そ、それは…… 不味いですね……」
女性のバッグの中は宇宙の深淵よりも深い。決して男が立入ってはならない領域だ。
「ですから、大学の方に手紙を出して『ご家族と連絡を取りたい』と、仲介の依頼をしようとしている所に、宝来先生がお見えになったんです」
今の学校は、個人情報の取り扱いに非常に慎重なっている。警察ですら中々信用して貰えないと言われている。その為に郵便を使って連絡を付けようとしていたみたいだ。
「電話すれば済む事ではないでしょうか?」
今は、山奥の霧湧村ですら携帯電話が使える時代だ。美良が事前に大学名を言っているのなら、大学のHPなどで調べる事が可能だったはずだと雅史は言いたかった。
「片田舎の村の村長がいきなり大学に電話して、個人情報を教えろと言って教えてくれますか?」
日村の言い分も的得ている。大学は女子学生の個人情報は第三者に漏らさない。
「…… んー、無理ですね」
雅史は同意した。さすがに自分の大学の事は良く知っている。公的な書面でなければ応じないはずだった。
「それで宝来さんがお見えになったと、月野さんのお姉さんに言ったのですが『追い返せ』と仰ったんで……」
郵便使って信用してもらえるかは不明だが、家族へ連絡はしてもらえると日村は考えていたらしい。
「…… 言うとおりにしたと?」
雅史は、美良がどうして自分を追い返そうとしたのか理解に苦しんだ。
「…… はい」
日村が頷いた。
(折角、巫女になってくれると言うのに逆らって心変わりされたら困るって事か……)
村人たちも一緒になって騙す事に加わった理由もそこなのだろう。
だが、『何、説得されてるの?』というような顔付きで雅史を姫星は睨み始めた。
「どちらにしろ、彼女は一旦連れて帰ります」
姫星の視線に気が付いた雅史は、美良を連れて帰る事を告げた。
「あ、あんたらは居なくなるから、気楽に言えるんだ」
一緒に来ていた青年が言い出した。
「この村を出ていけない俺らには他に道なんか無いんだよ」
もう一人の中年の男性も同意して言い出した。
「彼女が巫女をやりたいのなら、彼女の口から御両親を説得するべきなんですよ」
雅史は美良が巫女をやる事に反対では無かった。ただ、何も相談せずに勝手に巫女になると決めた事には腹を立てている。
ヴォォォ~~~ン
また、遠吠えが聞こえた。
「近づいている? いや、違うな…… 探しているのかっ!?」
「あんた達が来たからだろう、それからずぅっと変な事ばかり起こっている」
部屋に居た村人が口々に言い出した。
「村の異変と僕らは無関係だ」
雅史は話が妙な方向に行こうとしているので牽制の意味で言った。
「なんだと!」
激昂した一番若そうな村人が顔を赤くして立ち上がった。
(まずい、村人を怒らせてしまったらしい)
余裕の無い人たちだなと雅史は思った。
(こりゃ、拳での話し合いになるな……)
などと、雅史が思った時に姫星が立ち上がった。
「ちょっと、お手洗いをお借りします」
姫星はそういうと中座した。行き成りの行動で勢いを削がれた村人たちは落ち着き始めた。
ヴォォォ~~~ン
部屋が揺れ、振動で机に載せた湯飲み茶わんが床に落ちてしまった。雅史の置き方が悪かったらしい。
「ああ、すいません……」
雅史は割れた茶碗の欠片を拾い机の上に置いた。その時、雅史は唐突に思い出した。
「欠片…… そうか、欠片だ!」
神楽神輿の祭りの間に感じていた違和感の正体に気が付いたのだ。
「ああ、どこかで見た事があると思った。 彼女が取材から帰って大学に来た時に、陶器は何のゴミになるのかと聞いてきたんだ」
雅史は事前に大学で見ていた。美良はコンビニのビニール袋から出して聞いてきたのだ。
「その時に見かけたのが、あの欠片だったんだ」
誰に聞かせるわけでもないのにしゃべっていた。自分の記憶が繋がった殊に興奮しているようだ。
「美良は器とは知らずに拾っていたんだ」
そして美良は神様に魅入られてしまったのだと雅史は確信した。
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