第15話 ヒラヒラ系の服

 山形誠の自宅。


 朝だ。昨日の夕方に月野姫星の母親が、娘を迎えに来てくれる予定だった。だが、月野恭三がぎっくり腰で入院したため、迎えに来られないとの連絡があった。


「分りました、先生にはお大事にとお伝えください…… はい…… ええ、姫星さんはいつもの通りです」


 そんな挨拶を姫星の母親と電話口で交わしていると姫星がやってきた。


「おっはよー」


 姫星は昨日、ショッピングセンターで購入した服を着ていた。


「おっはよー…… って、何その服?」


 宝来雅史は起きて来た月野姫星の格好を見て目を丸くしている。

 頭にヒラヒラの付いたカチューシャ。スクエアネックの黒ワンピースに付け襟とカフス。付け襟とカチューシャには水色の可愛いリボンを付けている。身に着けているエプロンは小振りで腰で結ぶタイプだ。


「うん、可愛い…… じゃなくて、何でその服?」


 思わず本音が出てしまった雅氏であった。


「へ? メイド服だけど??」


 姫星は雅史の目の前でクルリと回って見せる。スカートの裾がふわりと舞った。


「いやいやいやいやいや、それは見てわかる。 しかし、何故にそのチョイスなんだ?」


 確か府前市から車に潜り込んだ時には、黒を基調にしたゴスロリ服だった。今着ているのはメイド服。大して違いがないように思えたからだ。


「ん? おねぇから宝来さんはヒラヒラ系の服が好きだと聞いてますが…… 何か?」


 スカートの腰の部分をつまんでお辞儀して見せた。確かにヒラヒラ系の服は好きだが、この村の風景にそぐわないような気がしたからだ。それに目立ってしまう。


「いえ、なんでも無いです……」


 雅史は他にどんな事を伝えられているのだろうかと考え込んでしまった。


「……」


 どうやら雅史に気にられたと思った姫星はニコニコしていた。

 姫星は未明の不審者の事は内緒にして置くことにした。雅史の性格上、姫星に危険が及びそうなら、中止して引き上げると言い出しかねないからだ。それでは肝心な月野美良の手掛かりが掴めない。


 雅史は伊藤力丸爺さんに頼んで霧湧神社に付いて来てもらった。山形誠は役所の仕事があるので案内を頼めなかったのだ。

 力丸爺さんは姫星の格好を見て『ほぉ、ほぉ、ほんにメンコイのぉ』と顔を綻ばせている。ほっとくと懐から小遣いを出しそうな勢いだ。

 雅史は神社に向かう道中に霧湧神社に纏わる話を力丸爺さんに聞いた。


 霧湧村は東に増妙山、西に美葉山、その峰と峰を繋ぐように稜線が伸びている。南側の稜線に繋がる小高い丘があり、その丘を村人たちは切り株山と呼んでいた。普通の山は尖がっているが、切り株山は頂上付近が平らに近く、見ため切り株に似ているので名付けられたそうだ。

 そこに霧湧神社があり、ウテマガミ様を奉っている。五穀豊穣・子宝祈願の神様だ。 神社の由来は寺よりも古く、古代の山岳信仰の名残りと考えられているそうだ。


 春先に神様の降臨を願う祭りを願う行い『神御神輿』がある。この時には村人総出で神さまを迎える踊りを行う。神御神輿には細かい規則があり、村人は代々受け継いできていた。

 儀式には御神体が入る石を持つ『石勿(いしもち)』と、神輿を担ぐ『神楽勿(かぐらもち)』、道を清める『錫杖歩(しゃくじょうぶ)』の三組が必要だ。


 美葉山からは美葉川が流れ出ている。その上流に蛭滝があり『石勿』が滝に打たれて禊を行う。禊を終えた『石勿』は目隠しをされて、『神楽勿』に美葉川の河原に連れてこられる。そして、自ずからの手で目隠しを外した『石勿』は最初に目についた河原の石を選ぶのだ。


 選んだ石は『石勿』の懐に入れられ、『神楽勿』に担がれた神輿で神社までやってくる。その道中の道を『錫杖歩』が錫杖(しゃくじょう・杖の先端に金属製の輪を作り、そこに数個の小いさい輪を付けて振らして鳴らすもの)を手に持ち、先行して地面を打ち清めるのだそうだ。


 そして、神社に着いた『石勿』の周りを松明で囲み、『錫杖歩』が『石勿』の周りを、神様の降臨を願って地面を叩いて回る。それでおしまい。他の祭りと違うのは雅楽は鳴らさないし、祝詞も唱えない処だろう。終始無音で執り行われる。

 後は本堂にある祭事箱に、石が収め奉納して祭りは終了となる。


 晩秋に御礼の祭り上げて御帰りを労う祭りがある。

 帰投祭の時には祭りの行列を見ては駄目とされている。歳時には春の祭りと同じ組が参加し、全身黒ずくめで行われる。服装が白いと目立ってしまって、神様が帰るときに一緒に連れて行かれるせいだ。


 『石勿』は顔に黒い頭巾を被り、神輿に乗せられて運ばれる。夜中に始まって、二時間くらいかかって、石を拾った河原に辿り着く。後は石を河原に戻しておしまい。


 『石勿』は後ろ向きに石を投げ捨てる。その石は見る事は禁止されている。『神楽勿』『杓条歩』たちも同様だ。全員そっぽを向いて、『石勿』の『お帰り頂いた』との掛け声を待っているのだ。そして、全員が振り返らずに神社まで戻ってきて、お清めの酒を飲んで家に帰り、祭は終了となる。


 要は川から石を運んで神社に祀り、前年の石を河原に捨てるだけなのだ。面倒な手順を踏んでいるみたいだが、要約するとそういう事らしい。


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