第14話 闇に潜む者

山形誠の自宅。


 その日の夜中。午前二時くらいだろうか。姫星はなんとなく目が覚めてしまった。

 姫星は生来寝付きが良い方で一度寝てしまうと朝まで目が覚めることは無い。毎朝、姫星ママは姫星を起こすのに苦労しているくらいだ。


 室内には月明かりがカーテンを通して漏れて来ている。屋内には物音一つしない。全員、眠っているのであろう。

 壁時計の秒針が刻む音が僅かに聞こえているような気がしていた。


「?」


 別段トイレに行きたいわけでは無い。喉が乾いているわけでも無かった。


「……」


 誰かがスマートフォンにメッセージを寄越したのかと、端末を覗き込んでみたけどそんな事は無かったようだ。

 何故か目が覚めたのだ。


「ふー……」


 少し溜息を付き、もう一度寝なおそうと布団を被りかけた。


 その時。


ジャッ…… ジャッ……


 窓の外からの聞こえて来る物音に気が付いた。それは砂利をゆっくりと踏む音だ。

 誠の家の庭には、防犯用に敷き詰められている玉石がある。それが踏まれる音なのだろうと推測した。


「…………」


 姫星は目が覚めた理由が解った気がした。この不審な音に呼び覚まされたのだ。

 それは、窓の外を誰かが歩き回っている気配だったのだ。


(どうしよ……)


 不審者が自分の部屋の外をうろついている。その事実に気がついた姫星は蒲団の中で固まってしまっていた。

 いくら、活発だと言っても所詮は女の子だ。当然、不審者と体重計は恐い。


(宝来さんは隣の部屋だし……)


 宝来は遅くまで何かの資料を読んでいる音が聞こえていた。恐らく、今頃は夢の中に居るに違いない。

 姫星は布団の隙間から部屋にある唯一の窓の方を見た。窓には薄緑色のカーテンが懸かっているはずだ。そのカーテン越しに人影が動いているのが見えていた。


(どうする…… どうする……)


 村に来てから常に誰かに見られている気配を感じていた。窓の外を移動する気配。不審者はカーテンの隙間が空いている事に気がついたらしく近づいていくのが見えた。不審者はカーテンにある細い隙間から中を覗こうとしているようだ。


 姫星は手元にあった化粧ポーチを手に持って布団をそっと抜け出した。そのまま、忍び足でカーテンの脇にある壁に張り付いた。


「……」


 そして、ポーチの中を弄って携帯電話を取り出した…… はずだったが手にしたのは手鏡だった。


(あっ、スベッターをしてたんだ…… って事は携帯電話は枕のところだ……)


 一人焦っている姫星を余所に、外をうろつく影は窓に近づいて来るのが分かった。影は窓に掛けられたカーテンの隙間に張り付いた。すると室内灯に照らされたのかギョロツと目が覗きこんできた。白目の部分が多く血ばしった大きな目だった。


 姫星は口を片手で抑えて声を押し殺すようにしている。自分のすぐ横にいる目玉の持ち主に、気が付かれないようにするのが精一杯だ。薄い壁一枚隔てて、不審者と対峙しているのかと思うと、姫星は自分の心臓の鼓動すら止めたかった。

 不審者は部屋の様子を伺っているのか、不審者の影はしばらくの間、カーテンの隙間から動かなかった。


『ちっ……』


 やがて、外から覗き込む不審者の舌打ちが聞こえた。恐らく、室内灯だけでは暗すぎて姫星の様子が見えなかったのだろう。なにより当の姫星は窓の傍の壁に張り付くようにしている。不審者の死角にいるのだから見えるはずが無い。


ジャッ…… ジャッ……


 再び、玉石を踏みしめる音が聞こえてはじめた。もっと中の様子を伺う事が出来るところを探しているのだろうか。


(…… やばい、やばい ……)


 姫星は焦ってしまった。今のうちに隣の雅史の部屋に逃げ込もうかと考えていた。その為には部屋を横切らないといけない。

 しかし、黒い影は窓の前を行きつ戻りつしながらうろついている。何かを探しているようだ。


(くっ……)


 これでは見つかってしまうのは明白だ。まあ、見つかったからと言って何かされるとは思えないが、焦っていた姫星には気持ちの余裕が無かったのだ。


「……」


 そして、黒い影が再びカーテンの隙間から中を伺おうとする気配を感じた。窓の外を歩く足音が近づいて来たのだ。姫星は思わず持っていた手鏡を、不審者の目玉の高さ位置にそぉーっと差し出してみた。


「 ! 」


 覗き込んできた黒い影は相当にビックリしたらしい。部屋の中を盗み見ようとしたら、いきなり目玉(自分のだが……)が現れたのだ。『ひょぇっ!』と小さく叫び声を上げ、同時に『ガタンッ!』と何かがひっくり返る音が聞こえた。


「…… んーーー?…… やっぱり人間??」


 幽霊だったらどうしようかと怯えていた姫星は、カーテンを少し開けて外の様子を伺ってみた。

 すると、その不審な影は転びつつ、庭を横切って走り去っていくのが見える。片足を引きずっているのも見えた。先程の何かが倒れる音が原因だったに違いない。

 やはり足のある人間だったのだ。そして、一安心した姫星は確信した。


「やっぱり…… 監視されている……」


 この村に来た時から感じていたことだった。

 姫星と雅史は何者かに監視されているのが明確になったのだった。


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