第13話 神様との距離

 霧湧村村長の話。


 村長の日村幸一は話し終えると温くなった麦茶を飲んだ。

 泥棒の頭目金田は、いつまで経っても木下が戻ってこないので、動かない車を捨てて徒歩で逃げだした。そして、逃げている最中に駐在所の警察官に発見され、不審尋問されるとあっさりと白状して捕まったらしい。

 自供した内容では逃げた仲間がいるとの事なので、警察と村の自警団で山の中を捜索したが、木下の行方は分からなかったらしいのだ。きっと山伝いに逃げ出したのかもしれないので、念の為に手配をかけているそうだ。


「話の時系列から考えますと、美良が来た時には木下以外とは出会いの可能性が無さそうですね」


 宝来雅史は月野美良の行方不明の原因が、泥棒一味との関係が薄そうだと思い始めていた。


「はい、月野さんのお姉さまがいらした時には金田は捕まっていましたし、木下は行方不明のまま、尾栗に至っては死んでおりました」


 日村はそう答えた。月野姫星は考え込んでしまった。泥棒の自供した内容が突拍子も無いことであるが、それと姉の行方不明が関係するのが分からなかったからだ。


「尾栗が死んでいた?」


 意外な結末に驚いた雅史が尋ねた。


「はい、高い木に逆さまにされた状態で吊るされておりました……」


 日村は神社に近い森の中で見つかったといっていた。木下を探している最中に、森の中に血だまりが有り、何だろうと上を見上げたら見つけたらしい。最初は木下かと思ったが、左手の特徴を金田に伝えた所、『そいつは尾栗だ』と言われたのだそうだ。


「左手の特徴…… って、なんですか?」


 雅史が尋ねた。


「他に目立った特徴が無かったですからね。 尾栗はかつて暴力団の構成員だったらしく、左手の小指が無かったんですよ」


 日村が笑いながら答えた。何でもドジを踏んで”エンコ詰め”をやらされた後に破門になったそうだ。それで食い詰めた尾栗は泥棒の下っ端をやらせれていたらしい。


「仲間割れでもしたのでしょうか?」


 雅史は泥棒の仲間割れではと考えたのだ。収奪した盗品の分け方で揉めるのはよくある事だろう。


「それは無いと思いますよ。 第一に時間が合わないです」


 日村はにべも無く答えた。


「いえ、足場も何もない木ですよ? 十メートル以上の高さで吊るされていたんです。 それに……」


 日村は現場を知っているし、死体を降ろすのを手伝ったりもしていたのだ。


「それに?」


 雅史は言い澱んだ日村に先を促す。


「全身の皮膚が剥がされていたんです」



 日村の一言で聞いていた一同は黙りこくってしまった。


「まさか、美良が殺したとか?」


 突然、雅史が突拍子も無いことを言い出した。


「いや、それは無いですわ。 十メートル以上の高さに吊るされていたんですよ。 女の子の力では無理ですわ」


 日村が首を振って否定した。雅史は自分でもそう思っている。僅かな可能性でも潰しておくのが、人探しのセオリーだと聞いていたので、あえて質問したのだ。

 日村の話では死んだ尾栗の死体を検視した結果、盗みをした当日に死んでいたのだという。そして、信じられないことに尾栗は生きたまま皮をはがされているらしい。検死した結果には、生活反応が有ったのだそうだ。


「一番の分からないのは…… 吊るされていた尾栗が微笑みながら死んでいた事なんですよ」


 警察の話では自殺の線で落ち着くのではないかとも言っていた。死体の表情が不可解でも他に考えようが無いのだそうだ。


「え? それでも殺した犯人がいるんでしょう?」


 雅史が驚いて尋ね返した。木にぶら下がっていただけなら自殺の線もあるが、全身の皮が剥がされているのなら話は別のはずだ。しかし、警察はそこまで踏み込んで捜査はしないらしい。


「相手が人間ならねぇ…… 普通の人間にあれは無理でしょ、真実が常に正しいとは限らないんですよ」


 日村は事も無げに答える。この村は神様との距離が近いのかもしれないなと雅史は思った。



「じゃあ、泥棒一味は姉とは面識は無いんですよね?」


 泥棒一味の話の顛末を聞いた月野姫星は日村に尋ねた。


「日付も違うし出会う機会が無いと思いますよ」


 日村は姫星に答えた。


「木下に連れ去られたという可能性は無いですか?」


 姫星が一番気になる点を聞いてみた。村に来た時に偶然出会う可能性もあるからだ。


「それも無いと思います。 あんな不可解な目に逢ってるのに、いつまでも山の中を逃げ回るとは思えないので……」


 恐らく神社に向かうふりをして脇道に入って、金田の目を逃れたのではないかと警察は推測しているらしかった。それに美良は一度自宅に戻っている。泥棒の為に村に戻る可能性はゼロであろう。雅史はこっそりと胸をなでおろしていた。


「それでは夜も遅いですし、私はこれでお暇しますね」


 日村はそう挨拶して帰宅して行った。泥棒の事で疑問点が有れば、いつでも役場に訪ねてきてくれとも言っていた。


「お忙しい中、ご足労いただきまして有難うございます」


 雅史たちは村長に丁寧に礼を述べて見送った。話を聞いたばかりなのですぐには質問が出なかったのだ。


「じゃあ明日は、残りの霧湧神社と毛巽寺を回りましょうか?」


 誠が明日の予定の話をしはじめている。


「はい、お願いします」


 雅史は全工程にかかる時間を測りたいとも考えていた。一日で回りきれるのかが知りたかったのだ。


「お話は終わりましたか? じゃあ、何もありませんけど御夕飯にしましょうか」


 真の母親が居間に顔を出して言ってきた。村長が居たので話し出すきっかけが掴めなかったらしい。

 この日の夕食は伊藤力丸爺さんが山から採ってきてくれた山菜がメインだった。都会では滅多に口にできない採れたての食材で彩られていた。誠の母親お手製の料理に舌鼓を打ちつつ、雅史と誠は泥棒の話で盛り上がっていた。

 そんな中、姫星は一人考え事をして黙っていた。


(高い木に盗賊の死体を架けたのは誰なのか?)


 と、言うことだ。


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