第16話 霧湧神社
霧湧神社。
昔話を聞いていた姫星は、怯えているが崇めてもいる。村人たちの神様への畏怖を込めた祭りなのだと思った。
「そして、降臨してくださった神様を、昔の人はウテマガミ様と呼んでいたそうじゃ」
力丸爺さんによると、神様が山から下りて来ると信じられていた時代に、修験道者が神卸の儀式のやり方を伝え、村は豊穣に恵まれる様になったと聞いていると話した。
「そのウテマガミ様を奉納していたのが、霧湧神社だったんですね」
感心したように雅史がうなづいた。
そんな事を話している内に、三人は霧湧神社に到着した。本殿は平屋の一階建で、泥棒たちに荒らされた為なのか、雑然とした印象を受けた。忍び込むために扉は壊されており、窓に至っては中から外されて外に転がっていた。
「あっこに監視カメラとやらを付けたそうじゃ」
力丸爺さんが指差した方に、真新しい監視カメラが付けられている。本殿の扉の上あたりだ。姫星は監視カメラに手を振って見た。
『はーい、見えてますよー 姫星さん』
笑い声を堪えているような、山形誠の声が聞こえて聞こえて来た。
「にゃっ!」
姫星はビックリしたらしく、その場でピョンと跳ねている。
(しっぽがあったら膨らんでそうな位にビックリしてるな……)
雅史はクスリと笑って監視カメラに手を振っている。誠が用があると言っていたのはこれだったのかとも思った。恐らく役場の人間が当番制でカメラの前に座って居るのであろう。
『泥棒が入っても誰かが駆けつけるまでに、時間が掛かり過ぎるんで、盗みをする前に声をかけて、退散させる事にしたんですよ』
泥棒をするような人種は、監視カメラで記録されるのを嫌う習性がある。それを利用する為に監視カメラにスピーカーを付加させているらしい。
『それでは後程お会いしましょう。 失礼します ―ブチッ―』
スイッチを切る音が聞こえて監視カメラが沈黙した。確かに手軽に出来る防犯方法だなと雅史は思った。
本殿の中に入ると、そこはガランとしていて、一番奥には壊された祭壇があった。祭壇の扉は無理矢理こじ開けられた為、蝶番が外れて斜めになっていた。もちろん祭壇の中は何も無くぽっかりと空間が出来ているだけだ。
「結局、御神体は見つかっていないのですか?」
雅史は祭壇の中を見ながら力丸爺さんに尋ねた。
「御神体の石は見つかってはおらんかったんじゃ、催事に使う器はあったんじゃがのう」
力丸爺さんは残念そうに語った。御神体と言っても、儀式が行われるまでは普通の石だ。その辺に、無造作に投げ捨てられたら、見つける事は敵わないだろう。
「何も無さそうですね……」
雅史は室内を見回して残念そうに呟いた。
キィー…… キィーー……
突然、音がし始めた。それと同時に頭痛が襲ってくる。姫星は顔をしかめてしまった。
「ねぇ、先生…… この音は何?」
姫星が訊ねても雅史はキョトンとするばかりだった。
「え…… 何も聞こえないよ?」
雅史は自分の周りを首を回してキョロキョロしている。しかし、何も怪しい物は見えない。ガランとした本堂があるだけだ。耳を澄ませても、風が樹を撫でる音が聞こえるだけで静かなままだ。力丸爺さんも雅史と一緒に辺りを見回している。
しかし、姫星には無数の虫が室内を飛んでいるのが見え始めていた。
「きゃっ!」
姫星の目の前に虫が飛んで来た。大きさは二センチ位の黄金色をした虫だ。それを姫星は右手で思わず払いのけてしまった。
(ご、ゴキブリ?!)
一瞬であろうと姫星にはそう見えていた。しかし、払いのけたと思った虫は、姫星の右手に引っ付いたままで、ブンブンと手を降っても離れなかった。
「ちょ、 何これっ?」
それどころか姫星が見ている目の前で、右手に同化し始めた。最初は手足の部分が手の皮膚に溶けて、次に胴体が溶け始めた所で姫星が悲鳴を上げた。
「ちょっと取って! 取って! この虫、取ってよぉーーーーー」
姫星は手を振り回してベソを掻き始めた。
「え! えっ?! 何も付いていないよ?」
だが、雅史の目には何も見えておらず、力丸爺さんに至ってはオロオロするばかりだ。
「手に付いてる! 手に付いてるっ!」
姫星が左手で右手をパシパシと叩き始めた。
「取り敢えず、外に出よう!」
このままでは混乱するばかりだと、雅史は泣きべそを掻いてる姫星を抱える様にして、本堂の外に連れ出した。そして、明るい日差しの下で、改めて姫星のメイド服に、虫が付いてないか見てみたが何もいない。
「ねぇ、姫星ちゃん…… 虫なんかいないよ?」
それを聞いた姫星は自分の手を見てみると虫は居なくなっていた。手を振って見たが何とも無い。
「あれ?」
自分のメイド服をパタパタとしてみたが、虫はおろか何も落ちてなど来ない。
「…… ? ……」
姫星は首を傾げてしまった。確かにゴキブリに似ている黄金色をした虫だったはずだ。
「疲れが出てるのかもしれないね…… 一旦、休憩しに山形さんの家に行こうか?」
そんな様子を見ていた雅史は、姫星の体調が悪くなり始めているのでは無いかと、心配になって来ていた。
「また、熱中症になりかかっておるかも知れんからのぉ、休んだ方がええじゃろ……」
力丸爺さんが心配そうに姫星を覗き込みながら言った。
「ううん、大丈夫。 宝来兄さん…… 次のお寺に行きましょう」
姫星は腑に落ちない様子だったが、先を急ぐ事にしたのだ。何しろ昨日・今日と探索をしているのに、美良の行方を探す手掛かりが何も見つかっていない。
「でも……」
雅史は心配顔で言いかけた。
「大丈夫だってばっ!」
狼狽えた自分が恥ずかしかったのか、姫星は顔を赤らめて先に歩いて行ってしまった。
雅史は何がなんだか意味が分からず首をひねりながら、姫星の後を慌てて後を追いかけた。
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