第7話 郷土史
霧湧村。
到着した時は夜中過ぎだった。田舎なので当然寝ていると思っていたのだが、連絡して置いたお蔭か灯りを付けて待っていてくれた。
民宿と言っても正式な物では無く、美良が尋ねて来てた時に、村の中を案内してくれた山形誠の家に泊まるのだ。雅史が電話して一度訪ねたいと言った時に快く承諾してくれた。何しろ目玉になるような観光産業が無いのでホテルはおろか民宿すらないそうだ。
「ども、夜分遅くにすいません。 仕事をなるべく早く切り上げて来たんですが、伺う前に月野美良さんの実家に寄らなければいけなかった物ですから……」
雅史が頭を下げると、横に居た姫星も頭を下げた。
「いえいえ、事情は聞いておりますから一向に構いませんよ。 こちらが先日いらした方の妹さんですか、いやあ、お姉さんにそっくりのべっぴんさんですね」
誠はニコニコしながら挨拶した。べっぴんさんと言われて姫星も釣られてニコニコしていた。
「あいにくと客間はひとつしか無いんで、姫星さんは家の妹の部屋を使うと良いですよ。 東京の学校に行ってるんで、今は留守にしていますからね」
その家は誠の他には誠の父母しか居らず、広い割には部屋が空いているのだそうだ。
「はい、急に無理なお願いしてすいません」
その後、応接間に通された雅史は、山形の両親に挨拶して何日か泊まる事の御礼を言った。
「長旅でお疲れでしょうから、お風呂に入って疲れを癒してくださいね」
山形の母親がタオルを差し出してくれた。急な来訪にも関わらずに親切な一家だ。
「わーい」
姫星は喜んでタオルを受け取り、そのまま風呂場に直行して行った。着替えは雅史のスウェットだ。大きくてブカブカになるだろうが仕方があるまい。
雅史は姫星が風呂に入っている間に、美良が村に来てからの足取りを調査をする事にした。姫星に聞かせたくない事もあるので有難い配慮だった。
「当日の美良の足取りを教えていただけたら幸いです」
客間に案内された雅史は、誠を前にして早速本題に入った。
「あの日は朝の十時前後にいらしたと思います。 最初に神社に行ってからお寺を回って、そのままお帰りに為られました」
誠が簡単に答えた。村の中をあちらこちら見て回らなかったらしい。
「神社に泥棒が盗みに入ったと聞いていたのですが……」
雅史が尋ねる。
「ええ、美良さんがいらっしゃる三日程前ですけどね、でも泥棒は当日に警察が捕まえていますよ?」
誠が村の広報誌を取り出して来て答えた。窃盗事件など何年も起きていなかったので珍しかったらしい。広報誌に詳細に書かれていた。
「じゃあ、泥棒とは直接には接触はしていないのですね?」
一番の懸案だった質問だ。泥棒に脅迫されて連れ出された可能性を心配していたのだ。
「ええ、美良さんが尋ねていらした頃には、隣町の警察署に勾留されておりましたから無理ですね」
誠が広報誌を示しながら答えた。それでも尋問の時に質問にしてくれるように、警察に掛け合ってくれると約束した。
「そういえばインターネットで、この村の噂話を見たのですが……」
雅史はネットで読んだ、村にまつわる都市伝説の事を聞いてみた。
「あっはっはっは、そんな噂は村では見た事も聞いた事も無いですよ」
誠は笑いながら否定した。
「すいません。 まあ、インターネットの噂というのは、根も葉もない事が多いですからね」
雅史は無礼を詫びながら言い訳を言って見る。
「こちらが反論しないのをかさに着て、いい加減な話をしているんでしょ。 ほっといても良いですよ。 どうせ何も出来ない人達ですから」
いくら田舎とは言え、インターネットぐらい出来るので、噂話の事は知っていたらしい。しかし、下手に返答して炎上しても、益が無いので放置しているのだそうだ。
誠は一冊の冊子を取りだして来た。
「先生がいらっしゃる聞いて、村の長老から郷土史を借りてきました。 ご参考までにどうぞお読みください」
最初のページに粗筋みたいにまとめられている概略が載っていた。
それによると、霧湧村は江戸時代の初期に入植地とされたそうだ。それまでは猟人や修行僧ぐらいしか住み着いていなかったらしい。最初は酷い土地だったと、寺の人頭帖に書かれている。江戸の中頃まで碌に作物が育たず、村は極貧で飢饉に苦しめられていたとも書かれている。
そして、食べるのに困った親たちが、子供たちを連れて行く森があった。村から山に入って少し離れたところだ。そこで親たちは子供を手に掛ける。絶命したら山に遺体を埋めて村に帰り、村の者たちに子供が神隠しに遭ったと触れ回る。村の者も事情は似たようなものなので、何も知らぬふりをして神隠しの噂だけが残った。昔はそういう悲しい出来事があったとも書かれている。
ある時、旅の途中の坊さんにどうすれば良いのかを聞いた所。五穀豊穣を願うウテマガミ様を祀る儀式を教えられた。最初は旨くいったらしいのだが、ウテマガミ様の力が強すぎて村人が力に当てられてしまう…… つまり、発狂してしまう者が出てしまった。それで鬼門の方角に寺を建立して、力の強すぎる神様に対する結界としたらしい。
「中々、興味深い郷土史ですね…… これは、美良は読んでいるのでしょうか?」
冊子から顔を上げた雅史は誠に尋ねた。
「いえ、美良さんはお持ちじゃないです。 村の長老の所に尋ねた時に、東京から学生さんが来たと話したら、こういう冊子があるから大学に送ってやれと頂いたのです」
誠が冊子に付いている、村の地図を指差しながら答えた。
「村の長老と言うのは、何と言う方なのですか?」
雅史は地図を見ながら尋ねた。
「伊藤力丸という、ちょっと頑固な爺さんですよ。 明日、時間があるようなら尋ねてみますか?」
誠は欠伸をかみ殺す様に言っていた。もう、眠いらしい。
「はい、ぜひお願いします」
雅史は頭を下げて頼んだ。
「それでは手間をお掛けして申し訳ありませんが、美良の足跡を地図に示して貰えると助かります」
雅史は手元の地図を広げて見せた。
「それも良いですが、明日は一緒に回りましょう。 これも何かの縁ですから、何かお役に立てそうなことなら何でもどうぞ」
誠は意外な提案をしてきた。もちろん、勝手が分からない土地を自力で回るよりも、地元の人間が案内してくれた方が何倍も心強い。
「役場の方は大丈夫ですか?」
雅史は誠の仕事の心配をした。
「ええ、構いませんよ。 ただ朝は村役場に出なければなりませんので、午後から一緒に回りましょう」
村の役場は午前中が忙しく、午後は暇なのだそうだ。上司に頼めば多少の融通は利くと言っていた。
「急な話で役場に迷惑かけても大丈夫なのでしょうか?」
役所の仕組みは良く判らないが、急に人員が抜けても大丈夫なものだろうかと心配になったのだ。
「大学の先生を案内するといえば大丈夫。 田舎の人間は学者先生って単語に弱いもんですよ。 はっはっは」
誠は豪快に笑いながら答えた。それを聞いて安心した雅史は礼を言ってから、睡眠を取る為に宛がわれた部屋に引っ込んだ。
(とりあえず、何か手掛かりを見つけなきゃな…… ったく、美良の奴はどこに行ったんだか……)
先程の冊子を読みながらアレコレと思いを巡らした。
(村の人にも、少し話を聞けると良いんだが……)
そんな事を考えている内に雅史は眠りに付いてしまった。
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