第6話 狭いトンネル

霧湧村(むわきむら)の入り口。


 北関東と言っても広い。場所としては群馬と新潟の県境辺り、赤城山よりも奥の方といった感じだ。地図を見た限りでは限界集落に近い感じだ。だが、不思議と若い人は村に残っているらしい。

 余程居心地が良いのか、集落の人達の結びつきが良いのだろうと宝来雅史は思っていた。


 車で進めて行くと道がどんどん狭くなってきて、舗装された道路が無くなり、やがて電信柱も無くなり、どんどん山奥の方に入っていく。 更に目的地の霧湧村に行く為には、狭いトンネルを抜けなければならないらしい。


 目指している霧湧村は東西南北を山に囲まれていた。

 東に増毛山、西に美葉山、その峰と峰を繋ぐように稜線が伸びている。増妙山からは増妙川、美葉山からは美葉川が流れ出ている。川といっても幅が一メートルしかない小川だ。その二つの小川は、村の中央付近で合流し、霧湧川となって北に流れている。

 川はやがて信濃川と合流するのだそうだ。その霧湧川には北側の稜線を分ける険しい渓谷があって、それに沿って遠鳴市まで延びるバイパスが、現在の村への出入り口だ。

 霧湧トンネルは村の南西側に有り、バイパスが出来るまでの唯一の出入り口だったらしい。他には獣道のような山道が在るだけだった。


(郵便配達とか新聞配達とか大変だったろうな……)


 雅史はそんな事を考えながら運転していた。車の場合はバイパスを通れば村に早く到着するのだが、今回は敢えて霧湧トンネルを通る事にしている。


 美良が何故にトンネルを通過する事にしたのかを確かめる為だ。カーナビのアップデートが間に合わず、バイパスが開通しているのを知らなかった可能性もある。あるいはパッと地図を見て、トンネルを通った方が早いと誤解していた可能性もある。


「それにして、よくもまあ…… こんな田舎の祭りを見つけたもんだな…… 美良は……」


 雅史はそんな独り言を呟きながら車を運転していた。車は大学生時代から使っているクラウンだ。もちろん中古で購入したもので、かなりの距離を乗り回してるが、まだまだ現役で十分使える。元々、車に拘りが有る訳では無い雅史には、動けばそれで良しとする考えが有る。


 夜中という事もあるが、ここ一時間程対向車とすれ違っていない。車のヘッドライトすら吸い込まれるような暗闇の中を走っていた。

 すると車のヘッドライトの中にトンネルの入り口が浮かび上がり、同時にトンネル入り口の横に古びた看板があるのに気が付いた。白地に黒で書かれていたらしい看板は、今は所々が剥げて灰色に変色していた。


 月野美良から来たメールでは何も書かれていなかったが、その看板には『白の信徒は迂回してください』と書かれていた。


「白の信徒ってなんだ?」


 雅史は車をトンネルの入り口に止めて考えた。こういう取材で気を付けなければならないのは宗教だった。

 うっかり対立する宗派の話題を出すと、相手がヘソを曲げて協力してくれなくなってしまうからだった。だから宗教がらみの話題は口にしないようにしている。


「どちらにしろ、他の信仰を受け入れないんじゃ、普通の信仰じゃ無さそうだな……」


 村社会において、自分たちが認知できない物を拒む習性が根強いのは良くある事だ。

 自分たちと同質の物だけを選別して多様性を拒む、そうしないと狭い村社会では平和を保てないのだろう。だが、それが村の閉鎖性を産みだし、その息苦しさに嫌気が差した若者は村を出て行く、村は益々多様性を失って新しい物を拒む…… 悪循環が終わらないのだ。


(なんだか、めんどくさそうな村だな……)


 いきなり暗雲が漂う気配を雅史は感じていた。とりあえず、気を付ける事にして車を先に進めた。日付が変わる前に宿泊先の村役場職員の自宅に辿り着きたかったからだ。


「あっ、たぬきが草の間から顔を出したぁー かわいー」


 雅史の心配をよそに、月野姫星は呑気に手を叩いてはしゃいでいた。



 雅史は動きやすいようにハンチング帽に上下カーキ色のジャケットとパンツを着ている。目立たないように行動したかったのだ。着替えなども三日分程持って来ている。


 一方の姫星の格好。黒を基調としたゴスロリ服だ。汚らしく茶色に染めて無い黒く長い髪に、黒に白のフレアを付けたカチューシャが似合っていて可愛いのは良いのだが、これから行く山間の村の風景とはかなり違和感がある。


「ねぇ、姫星ちゃんさあ…… 着替えとか他の服は持って来て無いの?」


 雅史はトランクに居た姫星を見つけた時に、荷物を一つも持ってなかったのを思い出した。


「ん? 無いよ??」


 聞かれた姫星はキョトンとして返事をした。どうやら、いきなり思いついての行動らしかった。


『あの娘は猪突猛進のタイプだから……』


 そう美良から聞いていた通りの彼女らしい行動力であった。


「いざとなったら宝来さんが、近場のショッピングセンターにでも連れて行ってね」


 姫星はニッコリと微笑んで雅史を見返した。


(荷物が無いという事は…… 財布も俺なのか?! そうなのかぁ!!)


 自分の財布の中身が、自分の物で無くなった瞬間を感じた雅史であった。



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