第5話 月野姫星(つきのきら)

雅史の車の中。


(到着が夜中になっちまうな……)

(起きててくれるかな……)

(田舎の人って早く寝てしまうイメージだし……)


 そんな事をつらつらと考えながら。雅史は車を霧湧村に向けて走らせていた。途中の高速のサービスエリアに立ち寄る事にした。喉が渇いたので飲み物を買おうかと思ったのだ。

 エンジンを止めたところ妙に車の後ろが騒がしい。もちろん、一人で来ているので後部座席には誰も座っていない。


『ドンドンドン…… ドン…… みゃぁみゃぁみゃぁ……』


 どうやら車のトランクの中から何かが聞こえる。猫か何かがトランクの内側で鳴いている感じだ。だが、トランクの中には交換用のタイヤぐらいしか入ってないはずだ。


(ん…… ま・さ・か……)


 だが雅史は嫌な予感がした。

 雅史はトランクを恐る恐る開けてみると、『ポンッ』という感じで姫星が飛び出て来た。そして目に涙を浮かべながら言った。


「お…… お…… おトイレぇ~~~」

「あぁぁ、やっぱり…… 」


 雅史は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。そして、そのままサービスエリアのトイレの方角を指差した。姫星はそのままパタパタとサービスエリアのトイレに走って行った。姫星は車のトランクに隠れて、美良の捜索に加わる事にしたのだった。


「今から…… 姫星ちゃんを家に届ける訳には行かないか……」


 腕時計を見ると夜中を回っている。一旦、送り届けてもう一度来るとなると朝方になってしまう。

 美良の探索に休日を充てたかった雅史は、無理をして徹夜で仕事を片付けていてヘトヘトになっていた。


(どうしたもんだか……)


 どうやって車のトランクに入ったのかとか、質問は色々とあったが姫星を連れて行く事にするべく月野家に連絡する事にしたのだった。


(取り敢えずは連絡が先だな)


 雅史は携帯電話で月野恭三に電話をかけた。家族が心配していると拙いし、知らなかったとは言え、未成年者を連れまわすのは色々とうるさいご時世だ。


『家に居ないのでまさかと思ったが…… やはり、付いて行ったのか……』


 月野恭三は予測していたように電話口で呟いていた。どうやら居ない事に気が付いて探し回っていたらしい。


「はい。 車のトランクの中に入っていました」


 そう、雅史が言った。


『…… はぁ ……』


 恭三は深いため息を付いた。すぐそばに母親もいるらしく、同じようにため息を付いている。夫婦で脱力している様は目に浮かぶようだった。


「これから迎えに来られますか?」


 雅史は電話で聞いてみた。出来れば迎えに来てほしいとも願っていたのだ。


『私は生徒の成績表を付けなければならないから無理だ。 家内は残念ながら免許を持っていないんだよ』


 雅史の儚い願いは打ち砕かれた。


「自分も仕事の都合がありますので、これから戻るのでは時間が掛かり過ぎてしまいます」


 美良が心配なのは変わりないが、日常の生活が優先されしまうのは致し方ない事だ。仕事をしないとご飯が食べられない。


「それでは明日にでも、村までお母さんに迎えに来ていただく、と言うのはどうでしょうか?」


 そこで雅史は代案を出してみた。


『そうだな、その辺が落としどころか、それまでは済まないが姫星の事を宜しく頼むよ』


 雅史の事を信頼してくれているのか、それとも行方不明の娘が心配なのか、姫星の外泊になってしまうのに気にしていない様な返答だった。


「はい、分かりました」


 姫星の事が嫌いなのでは無いが、余計な気遣いをする事になるので、面倒事が増えてしまったと雅史は嘆きたかった。


『くれぐれも間違いを起こさないように…… いいね?』


 大魔神が喋っているような余韻を残しつつ恭三は言った。


「あ、はい。 それは大丈夫です。 ご安心ください」


 もちろん、雅史には間違いを起こすつもりはない。美良にバレたら自分の身が危ない。そっちの方がとても怖いからだ。


『帰って来たら姫星は叱っておく、姉妹で迷惑を掛けてしまって気が引けるが宜しくお願いします』

「はい……」


 なんだかんだ言いながらも恭三は雅史の事は信用しているらしい。雅史は通話を切った。そこにパタパタと姫星が戻って来た。


「お父さんに電話したよ……」


 姫星が雅史の顔をジッと見ている。連れ戻されるかも知れないと不安になっているのだ。


「時間が惜しいので、取り敢えず村まで連れて行くけど、お母さんが明日迎えに来てくださるそうだ」


 電話でのやり取りを姫星に伝えた。


「そ・れ・と…… 後で説教が待ってるそうだ」


 雅史は父親に渋々と捜索の旅への同行を許されたと姫星告げた。姫星はホッとひと息を付いて車の助手席に収まった。


「三ツ星の高級ホテルがいいなあ~」


 雅史の気疲れを他所に、姫星は呑気に喋っていた。車の助手席で髪を弄りながら足をパタパタさせている。


「あの村は観光地じゃないんだから民宿すらないよ。 今回も村の役場の人の好意で泊めて貰えるんだから、我儘は言っては駄目だからね」


 そう言うと雅史はカーナビをチェックして車を走らせ始めた。



 こうして、姫星は雅史の旅に同行する事に成功したのだった。




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