特定有害生物駆除隊

東遊

救援の顛末

 深夜、東京の街は終電を逃すまいと苦心する人々が増え、やがて喧騒が消えていく。人影もまばらな大都会の片隅で、望まれない命がひとつ、産声をあげた。

 ザザ、と通信機にノイズが入り、若い男の声が吐き出される。

 『Aブロック担当哨戒機、及び当該地区担当隊員より報告有り。ランクSの《寄生体》と遭遇。駆除を行うものの、一個小隊規模が死亡。至急応援を請う。以上。』

 「了解。アルファ、及びブラボー小隊が当該地区へ応援に向かう。」

 応じる声は凛と響き、柔らかい。若い女性の声がビルとビルの間に反響する。こつこつと軍靴を鳴らしながら、声の主━━蛇目栞ジャノメシオリは自らの指揮する小隊への司令を通信機に吹きこむ。

 「小隊各位。通信は聞こえていたな?久々に食いでのある獲物のお出ましだ。せいぜい丁寧に“歓迎”してやれ。」

 ノータイムで返る了承に口の端が吊り上がる。鼻歌を歌いながら、更に通信を繋ぐ。

 「もしもーし、直樹?」

 『…なんだよ。』

 これもまたノータイムで返された、ぶすくれた声に思わず苦笑いを零す。

 「ごめんて、勝手に決めて。でもほら、隊の展開状況的に、直樹のとこが一番でしょ。…行けない、なんて」

 『言うわけねぇだろ。とっくに急行中だよ。狙撃組に車使わせてっから、近接組が多少遅れるが…』

 「どんな手段使ってでも急行して。必要な許可はなんでも出すから。」

 やれやれまったく。そう言うように栞は肩をすくめる。

 『てッめ、後で覚えてろ、レポート押しつけてやっから。』

 「はいはい、今はとにかく急ぐよ。隊員の命と、国民の命もかかってる。」

 言いつつ、ベランダの手すりを蹴って宙へ飛ぶ。タン、トンとリズム良く響くその音の隙間を縫うように、通信機から再び声が吐き出される。

 『こちらブラボー小隊狙撃A班。ポイントαーⅡにて展開完了。…目標を視認。民間人への被害は認められず。』

 「了解。こちらアルファ・リーダー。キルポイントβに現着、目標を視認。狙撃A班、十秒後に狙撃開始。目標をキルポイントに固定せよ。」

 『狙撃A班、了解。』

 「アルファ・リーダーよりアルファ小隊各位。目標の《種》は首筋から心臓部のいずれかに形成されていると推定。いつも通りだ。やれるやつがやれ。いいな?━━━━━━━━総員、抜刀。喰らいつくせ。」

 ビルのあちらこちらから、冴え冴えとした刃の煌きが声の代わりに返る。その煌きに、栞はひとつ頷き、眼前の敵をひたと睨みすえる。ソレの背からは六枚の羽が生え、頭上には黒々と光る輪が浮かぶ。その姿はさながら天使のようではあるが、反してそれは禍々しい印象をもたらす。それもそのはず、六枚羽は黒く、ドロリとした液体がそこから零れ落ち、足のあるべき場所にはおよそ地球上の生物が有さないような奇怪な触手が生え、ことごとくがケラケラと笑う声を発していた。辛うじて顔と分かる部分も、パーツは全て腐り、片方の目は既にない。

 ━━ソレの名を《寄生体》と言い、《ヘドロ》に呑まれた人間の成れの果てである。

 栞たち《特定有害生物駆除隊》に課された使命は、この寄生体が民間人を害する前に排除することであり、その作業を《駆除》と称する。寄生体は、寄生した人間の体内のどこかに、寄生体の心臓ともいえる《種》を形成し、それを完全に破壊することで活動を停止する。種が形成される場所の特定は難しい為、広範囲の斬撃が可能な日本刀が栞たちの主な武器として扱われる。しかし、支援として狙撃班が編成され、寄生体の足留めや、キルポイントへの固定が行われる。

 …これは、一筋縄ではいかないかもしれない。路傍に転がる仲間だったモノに目をやり、そうひとりごちる。仲間の死体は、全て胴体を腹部から両断されていた。おそらくは、その触手によって。心の中で罵詈雑言を並べたてつつ、目前に迫っていた触手を斬り伏せ、駆けだす。どうやら触手は伸縮が自在らしい。狙撃班の固定射撃から逃れた触手が追ってくる。その全てを斬りながら、必死に頭を回転させる。ほぼ三六〇度、全方位からの攻撃にも関わらず、寄生体は傷一つない。いくら斬ろうと触手はすぐに再生し、こちらへと凶手を伸ばす。真面目に全てを対処していてはキリがない。故に、とれる行動は一つ。

 「ッ、全員、一時離脱!」

 『おい、栞?!なんでッ』

 「このまま真っ向勝負なんてしていたら、朝になる。…総員、傾注。作戦がある。…………」

 物陰で全てを聞き終え、ブラボー小隊小隊長の牛若直樹はハン、と鼻を鳴らす。

 「つまり、アルファ・ワン以下の全力攻撃を囮に、お前が俺の支援を受けつつ目標に肉薄、一撃で確実に撃破するってこったな。」

 そう言うと、通信機の向こうから少し慌てたような声が返る。

 『誰も、私が、とは言っていないじゃ』

 「だが、お前が適任だ。能力を加味してもな。そもそも、だからてめぇは今その席に座ってんだろ。ま、仲間を頼るようになったのは先輩として褒めてやるよ。……覚悟は決まったな?」

 『…言われなくても。』

 そう言うわりに声はちっせえなと思ったが、心の内に留めておいた。下手なことを言うと何が起こるか分からないのはお互い様だ。

 「よし。小隊各位、聞いていたな。合図が出たら攻撃しろ。三十秒保たせれば良い。そんだけありゃ、あいつが━━俺らの中隊長がなんとかしてくれる。いいな、生きて帰るぞ。」

 「「了解」」

 短く、されど決然と。力強く返される声に、直樹は満足そうに頷き、刀を鞘から抜き放つ。

 『アルファ・リーダーより、戦友諸君へ。作戦詳細は前述の通り。カウントを開始する。……五。』

 通信機の声は硬い。こいつが緊張するのは珍しい。

 『四。』

 心臓が煩い。刀を握る手が滑る。

 『三。』

 …Sランクは久しぶりだったから、ゾクゾクしている。倒せるか、よりも楽しく戦う、方に意識が傾く。大丈夫。隊長がトドメを刺してくれる。

 「『二。』」

 貴女にかかる火の粉は私が全てはらってみせる。あの男に隣を預けるのは少し癪だけど、私よりも、あいつと組む方が正解だから。

 「一。」

 私が適任だというなら、やるしかない。下ろした髪がざわめく。瞳が幻の熱をおびる。君たちを出すのは久しぶりだもんね。いいよ、存分に暴れよう。

 「零。」

 闇を切り裂いて銃弾が飛ぶ。過たず寄生体の触手に突き刺さるそれらを皮切りに、四方八方から斬撃が襲いかかる。ビルの非常階段から、薄暗く細い路地から、電柱を足場に空中から、地も、天も関係なく、容赦なく隊員達は斬りかかる。斬撃の隙を縫って間断なく鉛が疾駆する。時折炎の赤が視界を横切るのは、アルファ小隊に所属する能力者の攻撃か。

 決死の攻撃の下、飛び交う斬撃と銃弾の只中を、栞と直樹が全速力で駆け抜けていく。

 突如として栞の頭上が翳る。寄生体から振り下ろされた触手が栞の胴体を寸断するより速く、直樹の斬撃が下から触手を斬り飛ばす。次いで襲いかかる二本の触手も反動を利用して斜め上から、左下から、それぞれ斬って落とす。その全ては、“彼女”を寄生体の喉元へと送り届け、寄生体を仕留める為に。

 栞はきつく、きつく目を閉じていた。それでも、“蛇”に成ってしまった髪がそれぞれの視覚から淡々と情報を共有するから、今、外がどうなっているのかきちんと知ることが出来る。何もかも、一撃で、確実に寄生体を葬るため。その為ならば、能力を使うことだって厭わない。

 十五秒経過。寄生体までの距離、残り十。

 どこか冷静な脳がそう言い放つ。なおも襲いくる触手を、直樹は淡々と処理していく。隣の目を閉じた彼女は迷いなく真っ直ぐに進む。

 二十秒経過。距離は残り━━零。

 ここだと、脳に直接響く声のまま、目を開く。下ろした髪の蛇たちが、鎌首をもたげ、空中から、寄生体を凝視する。寄生体の目前で高く跳躍した私を寄生体の隻眼は追っている。だから、寄生体は嫌でも私と目が合う。合わせてしまう。そして、私の能力が容赦なく発動する。

 蛇目栞。神話の生物、ゴルゴンと人間の間に生まれ、石化の能力を母から継いだ。

 故に、寄生体は硬直する。脳からじわじわと石になっていく。

 目を見開き凍りつく寄生体が、無様に広げた口から、何か言葉を発する、その寸前。

 落下の速度をエネルギーに変えた、叩きつけるような斬撃が、寄生体の首から胸部にかけて、斜めに斬り裂いた。

 その斬撃は、確実に《種》を破壊していた。己の心臓が壊れた瞬間、隊員に襲いかかっていた触手は全て地に落ち、端から灰になって消えていく。

 残心からゆっくりと戻り、刀を鞘から収めた栞は、大きく息を吸い、長く、細く息を吐いて振り返る。

 アルファ小隊も、ブラボー小隊も、誰一人として欠けていないことを確かめ、無線を本部へと繋いだ。

 「任務終了。これより本部へ帰還する。」



 寄生体が無辜の民に襲いかかり、殺めてしまう以上、誰も死なない為に、誰かを殺させない為に、寄生体を殺さなければならない。

 それはある種の優しさで、その為に《特定有害生物駆除隊》は存在し、その刃を振るう。

 ━━━━月の見下ろす闇の中で。

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特定有害生物駆除隊 東遊 @Hituji-701

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