帰還後、武神刀の違和感

 それから暫くして、なんとか日が沈む前に漁村へと帰還した蒼天武士団一行は、改めて蒼の話を聞くべく拠点としている宿屋の一室に集まっていた。

 回収したばかりの武神刀を数本並べ、自分と仲間たちの間に置いた彼は、軽く息を吸ってから自身の目的について話を始める。


「さて……それじゃあ、取引を飲んだ理由についての話を続けさせてもらうよ。武神刀を回収したかったっていう僕の目的については話したよね?」


「ああ。だけどよ蒼、どうしてそんなことを考えたんだ? っていうか、いったいいつから武神刀を回収しようって思い始めたんだよ?」


「……君を襲った男の子が持ってた武神刀を見た時、からかな」


 燈からの質問に答えながら、並べた刀の中から件の男子生徒の武神刀を手に取った蒼がそれを鞘から引き抜く。

 その刃を仲間たちに見せつけるようにしながら、彼は武神刀を見つめる面々へとこう言った。


「見てくれ。この武神刀は所々刃毀れしていて、血の跡と思わしき黒ずみまで付いている。どう見ても、暫く手入れがされていないのは間違いない」


「そうね……武士にとって刀は自分の命よりも大切なもの。その手入れを怠るだなんて、その時点で底が知れるわね」


「そういう意見も勿論だけど、よくよく考えてみるとこれっておかしくないかな? 今、この状況で、学校から脱走した彼らが、自分の武神刀の手入れを怠ることは自然だと思うかい?」


「えっ……?」


 汚れと損傷が目立つ武神刀を目にした涼音が武士としての心構えに繋がる意見を口にする中、それは置いておいてといった形で蒼が自身の考えを述べる。

 その言葉を受け、改めて脱走者たちが置かれた状況を振り返った燈たちは、言われてみればといった様子で蒼の意見に納得するように頷いてみせた。


「確かにそうだな……あいつらは脱走者、いつ追手が現れてもおかしくねえ。そんな時に絶対に必要になる武神刀を、こんな乱雑に扱うか?」


「それに、この近辺では幽霊船をはじめとした妖の被害が続出している。仮にあの集落が襲われた時にも武神刀は必要になるだろうし、いざという時に備えて手入れをしておくのが自然な考えのはずだ」


「そう、そうなんだよ。今、彼らは明らかに武力を必要としている状況だ。新天地を目指して逃亡するのにも、腰を落ち着けた集落に押し寄せる敵を打ち払うのにも、自分の身を守るためにも武神刀という力は必要不可欠……なのに、彼らはその武神刀の手入れを碌にしていない。何故だ?」


 自分たちの戦闘力を何倍にも高めてくれる武神刀の存在は、武士にとってなくてはならないものだ。

 涼音が言ったような心構えとしての部分もあるが、実際にその力を行使するためにもその手入れは絶対にしなくてはならないし、燈たちだって定期たちに自分で確認したり、刀匠である自分の師匠たちにメンテナンスを行ってもらっている。


 だが、間違いなく力を必要としている脱走者たちは、自分たちが十全に力を発揮するために必要なその手入れを全く行っていない。

 大幅な修繕が必要な損傷ならばともかく、軽く研いで刃毀れを誤魔化したり、こびり付いた血を拭ったりといった簡単な手入れすら行っていないというのは、今の彼らの状況に照らし合わせて考えてみると、おかしいということに気が付くはずだ。


「……彼だけが武神刀の手入れを怠っていたって可能性は?」


「既に他の武神刀も確認したよ。結果、程度の差はあれど手入れがされていないってことに違いはなかった。全員がそうなんだ。彼らは、自分たちの命綱とでもいうべき武神刀を、何故か粗末に扱っていたということになる」


 やよいの質問に回答しつつ、また別の武神刀を鞘から引き抜いて彼女へと見せる蒼。

 そこにもまた刃毀れや血の跡といった傷や汚れがあることを仲間たちに確認させた後、蒼が口を開く。


「僕があの取引に乗った理由の一つが、全ての刀の状況を確認したかったという部分にある。今、やよいさんが指摘した通り、燈に襲い掛かった彼だけが特別武神刀の手入れをサボっていたのか? それとも全員がそうだったのか? それを自分の目で見て確かめたかったんだ」

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