帰り道に、いつものお尻

 脱走者たちが身を寄せている集落から程離れた平原を多くの武神刀を携えた一団が進む。

 グライドの提案を飲み、学校から逃げ出した生徒たちが所持していた武神刀を回収し、その対価として数日の猶予を与えるという契約を結んだ蒼天武士団一行は、余計な騒動を避けるために日も暮れ始めた時間帯ながらも集落には泊まらず、元居た漁村への道を戻っていた。


 数時間の滞在ながらも、あまりにも多くの出来事が起き過ぎた集落でのひと時を振り返る彼らは、会話をすることなく無言で帰路を歩んでいる。

 特にずっと何か考え込んでいる栞桜とやり切れない感情をどうにか処理しようとして苛立っている燈の雰囲気は異常で、他の面々もそんな二人には声を掛けられないようだ。


 ……いや、正確にはもう一人、彼らと同じように苛立ちを露にしている人間がいる。

 納得がいかないといった雰囲気のその人物は、自分の前を歩く青年の背中を小走りで追い越すと、諸々の怒りを込めたお馴染みの一発を彼の顔面目掛けて繰り出した。


「お尻、ど~んっ!!」


「ふげぐっ!?」


 なんとなくそうなる気はしていたが、自分がこの一撃を絶対に避けられないことを悟っていた蒼が甘んじてやよいの大きなお尻での突き飛ばしを顔面に喰らってくぐもった呻きを漏らす。

 団長の面子を保つために部外者がいない場所でおしおきの一撃を繰り出したやよいの気遣い(?)に感謝する蒼であったが、彼女は一発では物足りないとばかりに苛立ちをお尻に込めて倒れた蒼の顔面へと連発でヒップドロップを繰り出していった。


「お尻、ど~んっ! どか~んっ! ちゅど~んっ!! どどどど~んっ!!」


「ふぐっ!? ぶげっ!? ぶふっ!? あの、そろそろ止め、ひぶっ!?」


 普段の数倍激しい彼女の主張に、流石の蒼も限界を迎えて助けを求める。

 仲間たちのそんなやよいの態度にびっくり仰天すると、半ば暴走しているように見える彼女を止めるべく大慌てでその小さな体を羽交い絞めにした。


「や、やよい、なんだかわからないがやり過ぎだ! 蒼の顔がお前の尻のせいで平べったくなるぞ!?」


「蒼、大丈夫か!? 栞桜の言う通り、顔が潰れてたりしないだろうな!?」


「へ、平気だよ、大丈夫……いや、結構危なかったかも。あともう少し遅れてたら、どうなってたかわからないよ……」


 一見幸せそうに見えるが、割と本気で洒落にならないくらいに痛いやよいのお尻どーんのダメージに呻きながら、自分を助けてくれた仲間たちに感謝する蒼。

 栞桜に羽交い絞めにされているやよいは、そんな彼を真っ直ぐに見つめながら頬をぷくっと膨らませ、言う。


「納得がいかない! っていうか、甘過ぎるっ!!」


「ははは……絶対、そう言われると思った」


 やよいの激怒の理由に心当たりがある蒼が、乾いた笑いを口にしながら反応を見せる。

 そんな彼の態度にも若干苛立ちつつも、蒼を色んな意味で尻に敷く存在であるやよいは、彼の美点であり弱点でもある甘さについて糾弾し始めた。


「ま~た蒼くんの悪い癖が出たよ! どうせあの先生とか集落の人たちが可哀想だから、ちょっと情けをかけてあげたくなっちゃったんでしょ? これだから甘々のお人よしは……!!」


「い、いや、僕だってきちんと色んなことを考えた上でああしたんだよ。決して、彼らの境遇に同情したとかそういう理由でこの取引に臨んだわけじゃあないって」


「ふぅん……? じゃあ、説明してよ。蒼くんが何を考えて、この甘々な取引に応じたのかをさ」


 信じてないぞ、と目で語りながら蒼を睨むやよいの態度に気圧されつつ、気を取り直すようにして咳払いをする蒼。

 他の仲間たちからもそれぞれの感情が籠った視線を向けられる中、彼は自身の考えについて説明をし始めた。


「まあ、まずは単純に人数差の問題だよね。僕たちは六人、しかも一人は戦力にならない椿さん。実質五人で三十名以上の人間を監視しつつ、彼らが逃亡しないように目を光らせ続けるっていうのは結構難しい。それならば時が来るまでの間は何処か一か所に彼らを留めておいて、正式な部隊に輸送してもらった方が確実かなって」


「……まあ、それはそうかもしれないけどさ。だからといって武神刀を回収しただけでほぼほぼ拘束なしであの子らを放置っていうのは流石によろしくないと思うよ?」


「ああ、うん……確かにそう言われても仕方がないとは思うんだけどさ……でも、僕はどっちかっていうと、彼らのかったんだ」


「ふぇ? どういうこと?」


 彼らに猶予を与える対価として武神刀を回収したのではなく、そもそもの目的が脱走者たちの武神刀であったと述べる蒼の言葉に、やよいも他の仲間たちも驚きを露にする。

 再び逃げ出す可能性がある危険な生徒たちを放置してまで彼らの武神刀を回収することを選択した蒼の真意が判らない一同が困惑する中、冷静に暗くなっていく空を見上げた蒼はそこで話を区切ると、仲間たちを急かすようにしてこう言った。


「取り合えず、今は急いで漁村に戻ろう。話は落ち着いてからさせてもらうよ」

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