譲歩の案



「うっ……!?」


 武神刀を振るうどころか鞘から引き抜くこともなく男子生徒を制圧し、こちらを睨む燈の威圧感に残りの生徒たちが呻き声を上げて後退る。

 瞬く間に仲間が倒される様を目にした彼らは完全に戦意を失っているのだが、一度前のめりになった手前、このままだと引っ込みが付かない状況に陥っているようだ。


 次に燈に挑めば斬り捨てられると理解している脱走者たちはその場で視線を泳がせ、どうすればいいのかが判らずにおろおろしていたが……そんな彼らに助け船を出すようにして、グライドが口を開く。


「皆さん、刀を収めなさい。これ以上の争いは無意味です。蒼天武士団の方々が手加減してくださっている間に、矛を収めて冷静になるのです」


「………」


 その言葉でようやく引き際を見出した生徒たちが一斉に武神刀を鞘へと仕舞う。

 彼らが完全に戦闘態勢を解除したことを確認した後、グライドはこの集落を統治する長として、彼らの凶行を詫びるために燈たちへと床に額を擦り付けるほどの土下座をしながら謝罪の言葉を口にした。


「申し訳ありません。彼らの不始末を、代表として私が詫びさせていただきます。どうか、お許しになってください……」


「……別に、気にしちゃいないっすよ。ただ、これでこいつらの本性が透けて見えた。こいつらはいざとなったら人の命を簡単に奪うような連中だ。やっぱり、俺はこいつらを放置しておくわけにはいかないと思う」


「……グライドさん、申し訳ないが、僕も燈と同じ意見です。彼らは危険だ。このままこの集落に置いておくことは出来ません。あなたの気持ちは理解していますが、やはりここは彼らを我々に明け渡していただけませんでしょうか?」


「……致し方ないことだと、思います。ですが、ですが……あともう少しだけ、時間を頂けないでしょうか?」


 土下座の体勢のまま、顔だけを上げたグライドが蒼へと懇願する。

 その願いを斬って捨てようとした蒼であったが、彼が口を開くよりも早くグライドは自分なりの意見を述べてみせた。


「これは決して彼らを見逃してほしいと言っているのではありません。せめてあと少しの間、彼らに気持ちを固めるだけの時間を与えてやってほしいのです。あなた方が彼らの存在と居場所を報告すれば、数日もしない内に幕府の兵がこの集落を訪れるでしょう。それまでの間だけでいいんです。彼らに、心を落ち着かせるための猶予をくださりませんか?」


「……グライドさん、それは――」


「無論、ただでとは言いません。幕府の使者が訪れるまでの間に彼らが脱走しないよう、今日の時点であなた方に彼らの武神刀をお渡ししておきます。いくら彼らが強い気力を持つ者たちとはいえ、武器も無しにこの大和国を流浪するのは危険極まりない。仮にそれを承知で逃げ出したとしても、無手の彼らならば武神刀を持つ幕府兵でも十分に捕縛出来るはず」


 生徒たちがこの集落から逃げ出さないための保険として、彼らの武神刀を蒼天武士団へと渡すと述べるグライド。

 確かにそれは多少の効果はあるであろうが、彼らが再び逃亡を図らない絶対的な保障にはならないと理解している蒼は、ただ黙って相手の意見を聞き続けている。


「ほんの数日、それだけでいいのです。全ての責任は私が負います。どうかほんの少しの猶予を、彼らに与えてやってください……!」


 再び土下座をし、懇願をするグライド。

 そんな彼の話を聞き続けた蒼は暫しの間、何かを考え込んだ後……ゆっくりと目を開き、言った。


「わかりました。全ての武神刀と引き換えにあなた方に数日間の猶予を差し上げます。ただし、万が一にも彼らが逃亡を図ろうとした場合は、その時点で問答無用で実力を行使させていただく……それで、よろしいでしょうか?」


「蒼くん、それは――!」


 ここまでした脱走者たちに対して、甘く生温い判断を下した団長へと意見を述べようとしたやよいを制し、彼女に口を挟む隙を与えなくした蒼がじっとグライドを見つめる。

 その眼差しを受けても一切表情を変化させることのない彼は、小さく息を吐いた後、絞り出すような声でこう答えた。


「それで構いません。我々に温情をかけてくださり、誠にありがとうございます」


「……では、約束通り彼らの武神刀を回収致します。それが終わりましたら我々は一度退散させてもらいますので、後のことはよろしくお願いいたします」


「はっ、畏まりました……」


 先程のような出来事が起きた以上、この集落に居続けることは危険だ。

 王毅への報告もあるし、契約を履行して武神刀を回収した後は、速やかに集落を出ることを告げた蒼へとグライドが恭しく頭を下げる。


「……というわけです。あなた方の武神刀を渡していただきましょう。抵抗すれば……わかっていますね?」


 長であるグライドと話をつけた蒼が燈にも負けない威圧感を放ちながら生徒たちへと言う。

 そんな彼の言葉と雰囲気に圧された生徒たちは、渋々といった様子で自分たちの愛刀を手放すと、それを蒼天武士団へと明け渡し、代わりに数日間の猶予を得るのであった。

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