一方その頃、師匠たちは……



「百元、どうだ? 何かわかったか?」


「いや、駄目だ。文献を洗ってみたが、どこにも記載がない。完全にお手上げだよ」


 一方その頃、桔梗邸では、蒼から送られてきた妖の腕を前にして宗正と百元が唸りをあげていた。

 全く未知の妖と遭遇したという弟子からの手紙と、その正体について心当たりがあれば教えてほしいという要請を受けた二人は、知恵を貸すくらいならば構わないかと蒼の頼みを引き受けようとしたのだが……この二人を以てしても、謎の妖の正体が判明しないのである。


 長年、妖と切った張ったの戦いを繰り広げてきた宗正と、大和国でも有数の知識量を誇る百元。

 いわば、経験と頭脳の両方を兼ね備えた妖のプロフェッショナルとでもいうべき自分たちですら知り得ない謎の妖の存在に、二人は腕組みをしながら困惑の呟きを漏らした。


「蒼の奴がこんなことを聞くとは珍しいと思ったが、なるほど合点がいった。まさか、あいつらがわしらですら知らん妖と遭遇するとはな……」


「もしかすると……いや、もしかせずとも、こいつは新種の妖かもしれない。それも人の手が加えられて生み出された禁忌の生物ということになるかもしれないよ」


「お前もそう思うか? 蒼の奴も、その可能性を危惧しておった。尋常ならぬ生命力と再生能力を持つと手紙にも書いてあったし、そんな強力で奇怪な妖がこれまで一切発見されていないというのはどう考えてもおかしいだろう」


 蒼の手紙に書いてあった情報と、自分の意見をまとめて百元へと伝える宗正。

 弟子や親友同様にこの妖が人為的に作り出された存在なのではないかという可能性に思い至った彼は、顎に手を当ててじっくりと思考を深めていく。


 もしも、仮に、この考えが的中していた場合、幽霊船事件の裏側には自分たちですら計り知れない闇が存在していることになる。

 問題は、妖の製造という正気の沙汰とは思えない禁忌に手を出している存在が何者かということではあるが……と、そこまで考えたところで、部屋の襖が勢いよく開いた。


「桔梗、どうした? そんな血相を変えて……?」


 ばんっ、という音を響かせて襖を開いた桔梗は、尋常ならざる感情を表情に表していた。

 激情家な部分もある彼女であるが、それにしたってこれはどこかおかしいと勘付いた宗正と百元が訝し気な視線を向ける中、わなわなと唇を震わせた桔梗が憎悪を込めた声で言う。


「私は、とんだ馬鹿だよ……! あの子たちが向かった南の地に、なにがあるのかを今の今まで忘れてた」


「なにがあるのか、だと? 永戸の地に、何かマズいものでもあるのか?」


「……待て、永戸だって? 確か、あそこには――!?」


 桔梗の言葉を受けた百元が、何かを思い出したかのように呟く。

 その呟きを耳にした宗正もまた、はっとした表情を浮かべると二人の親友たちの顔を交互に見つめ、苦々し気な表情を浮かべた。


「そうか、そうだったな……! 何分、数十年もの間、顔を合わせてなかったもんで忘れてたが……永戸の近くには、あいつの領地があったか……!!」


 桔梗が何に対して激情を燃え上がらせているのか。彼女がなにを言わんとしているのか。

 そして、幽霊船事件の裏で手を引く黒幕が何者であるかという答えにまで辿り着いた宗正が、桔梗同様の憎悪と軽蔑を込めた声で唸る。


 完全に失念していた。弟子たちが向かったあの地には、自分たちとも因縁が浅からぬ男が住まう領地がある。

 自分たちを追放し、十傑刀匠の名を剥奪するために一役買ったその男の顔を、自分たちが最大の仇敵である幽仙よりも憎んでいるかつての仲間の顔を思い浮かべた宗正は、ありったけの軽蔑を声に乗せて彼の名を呼んだ。


宗獏そうばく……あの鬼畜め、未だにあの腐り切った性根は変わっておらんか!」


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