集落の不審点・蒼とやよい
「さて、自由に見て回っていいって言われたわけだけどさ、蒼くん的にはあの先生さんをどう思ってる?」
「……なんとも言えない、かな。あそこまで堂々されると怪しく見えるが、本当になんの隠し事も負い目もない人間だって可能性も十分にある。まずは色眼鏡を外して、ただあるがままに事実を見ようと思う」
グライドが治める集落を二人で見て回っている蒼とやよいは、そんな会話をしながら周囲の様子を観察していた。
住まう人々や家屋の状況、食料の備蓄や入手方法などをしっかりと観察し、それらに不審な点がないかを確認する作業は、蒼天武士団の頭脳労働担当である二人に相応しい仕事だろう。
グライドに関しては明確に敵だとも、一般人だとも判断出来る状況ではない。
一旦は彼のことを考えるのは止めにして、まずはこの集落を調べ上げるべきだと……そう考える蒼は、自分が目にしたものに関してやよいと考察を深めていった。
「住民は思っていたよりも多いね。外に出て作業をしている者が数十人。家屋の中にも人がいるだろうし、ざっと百人近い人たちがここに住んでいると考えてよさそうだ」
「それだけの人たちを食べさせていくだけの食糧をどこから確保してるんだろうね? 農業をやってたとしても収穫までは時間がかかるし、それほど広大な土地じゃあないから収穫量だって左程多くないはずだよね?」
人が生きていくために必要な衣食住のうち、食の部分に不審点を見つけた二人がそれについて話し合う。
ざっと数えても百名は居そうな集落の食をどう賄うのか? という疑問の答えを探す彼らであったが、その答えは不意に近付いてきたグライドの口から語られた。
「食料に関しては、正直な話、慢性的に不足していますよ。海が近いので魚を獲ったり、野草や山菜などを収獲してなんとか飢えを凌いでいますが……人数がここまで膨れ上がってしまうと、どうしても常に満腹とはいかないものです」
「……それで大丈夫なのですか? 食事を取れなければ体力が落ちる。体力が落ちれば食料を確保するための行動が取れなくなり、最終的には飢え死にに繋がってしまうのでは?」
「そうですねぇ……ですが、自分たちだけがいいという考えに支配されて、我々を頼ってこの集落を訪れた人々を見捨てるということだけはしたくありません。お互いに譲り合い、助け合うことこそが、同じ想いを抱いて浮世から離れた我々の使命のようなものだと、私は思うのです」
「……立派な志ですね」
「ええ、そうでしょう?」
にこりと柔和な笑みを浮かべて、蒼との会話を終えたグライドがこの場を立ち去っていく。
その背をじっと見つめながら、蒼は彼が食糧問題に対する明確な答えを出さずに綺麗事を口にすることでお茶を濁したことに不信感を強めていた。
質素に慎ましく生きるといっても、生き死にに関わる食事という部分は重要だ。
段々と人数が膨れ上がっていった結果、この規模になったとしても、初期の頃はどうやって生活してきたのかという疑問がある。
どうにかして食料を調達しているか、あるいはどこかに備蓄が存在しているのか。
その火をぎりぎり乗り越えるくらいの口振りで自分に語ったグライドの言動に警戒心を募らせる蒼へと、やよいが言う。
「綺麗事ばっかり言う人っていうのも、なんだか不気味でしょ? やっぱり多少は現実を見て、冷たいかもしれないけど正しい判断を下せる人が信用出来るんだよね~」
「……それ、もしかして僕にお説教してる? ああはなるなって、そう言いたいの?」
「うんにゃ、まっさか~! いつからそんな風に疑り深い人になっちゃったのさ~! あたし、悲しいな~!」
絶対に自分に対する忠告だろうと思いつつ、からからと笑うやよいを睨む蒼。
そんな彼からの視線も意に介さず、いつも通りの雰囲気で楽しく蒼をからかったやよいは、改めて真面目な顔になると周囲を見回し、言った。
「……ぎりぎりの生活をしているって割には、ここに住む人たちの血色はいいね。どうにも胡散臭くない?」
「最初からずっと胡散臭いよ、この集落は。絶対に、何か秘密がある。食料問題はその秘密の一端だと考えて、調査を進めよう」
疑問点も、不思議な点も、最初から山ほど存在している。
心の天秤を不安と不信の方向へと傾かせながら、疑いの気持ちを抱き続ける二人は、改めてグライドたちが隠しているであろうこの集落の秘密を探るべく、調査を再開するのであった。
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